fc2ブログ
お施餓鬼の法要では、お寺の最大のお位牌を、棚の上にのせて安置します。

まつられるお位牌は、三界萬霊十方至聖等の位牌、十方檀那六親眷属の位牌、盡祠堂内各々霊位の位牌を、真ん中に安置し、読経いたします。

それぞれの檀信徒の家族の亡くなられた家族だけではなく、様々な亡くなられた方々です。

その方々に、お経を挙げるのですが、亡くなった人たちですから、身体がない。眼に見えない、言葉としても聞こえません。触れることもできません。

しかも、コロナ禍による感染を控えてのオンラインであり、こちらからは、オンラインの向こうは見えません。

先日のことです。ご主人が亡くなられて、お寺で新しいお位牌を作られたご婦人が墓参に来られました。

そのとき婦人は、「新しいお位牌を仏壇に安置しましたが、何だか、この新しいお位牌に主人が居るような、気分におおわれます」と話していました。

お施餓鬼は、多くの亡くなられた多くの方々を、見えない依り代として、この三つのお位牌をかかげて、お経をお読みいたします。

お位牌は、依り代です。施餓鬼棚も依り代、12枚の旗も依り代です。幕も依り代です。

依り代とは、融合という、現実の姿形をした時間の記憶が、依り代である位牌に、氷が融けるように融合していくと考えられます。

お釈迦さまは、「依りて起こること」、と伝ています。

また、「縁にして起こる」とも言われています。

縁にして起きるは、意識と無意識との関係のように、意識を縁として無意識が現れる。

もっとも現れてみれば、無意識は意識になってしまうのですが、無意識を縁として、意識が現れる。

どちらにしろ現れるのですが、「依り代」とは、こういう不思議なものです。

この依り代に対して、ちょっと不思議な言葉を作ってみました。

神が神の中で、神を探すかい。これは神が、神を縁として、神を探すかい。

神は絶対とするならば、神を探せば限定されるわけですから、絶対でなくなることになりますよね。

仏が仏の中で、仏を探すかい。

私が私の中で、私を探すかい。

これは、私という自己が、自己の中で、自己を探すかいと。

では、空が空の中で、空を探すかい。

空を私としたら、宇宙を私とした。山を私としたら、海を私とした。

一本の大きな木を私としたら、大地を私とした。

雲が雲の中で、雲を探すかい。

世界は物語ばかりだ。

というのは、私が、地域が、国が、国の中で、物語を探している。

学校が学校の中で、学校を探している。

家庭が家庭の中で、家庭を探している。

日本が日本の中で、日本を探している。

地域が地域の中で、地域を探している。

私とは、世界とは、国とは、学校とは、地域とは、物語を作ることで除かれて、削られ、塗られて疎外されたモノがあるはずなのです。

器の中は、もともと、在るがままです。

私から私へと、貴方から貴方へ、その器も、もしかして私にとって、貴方にとって、依り代なのかもしれない。

その器に浮かぶ意識は、限定するもの、疎外するもの、排除するもの、好ましいもの、そしてそれぞれ相対する、相反するモノです。

考えてみれば、物語は理想をかかげる志向が強いが為に、排除するモノによって支えられているという矛盾によって成り立っているともいえます。

考えてみれば、世界が開かれれば開かれるほどに、矛盾が増して、その矛盾に的確に答えが生まれなくなっています。

器だし、器の中の私という次々と生まれてくる私の意識は、一体いつの私なのかと問いを出しながら、生まれてくる私だ。

私の身体全体は、依り代とも言えるものです。

人も年齢を加えてくると、依り代の衰えに、嘆くこともあるのですが、依り代の衰えと共に、私は考えながら歩んでいます。

お施餓鬼のお経の冒頭は、「若し人、三世一切の、仏を知らんと欲せなば、まさに、世界の一切は、おのれ自身の心が造ると、観ずべし」です。

「若し私が、過去・現在・未来の仏を知ろうと望むならば、世界の一切は、私自身の心が造ると、観察すべし」と言っています。

三界萬霊十方至聖等の位牌、十方檀那六親眷属の位牌、盡祠堂内各々霊位の位牌は、さまざまな器を入れられる位牌です。

だからこそ、こうして一年に一度、その器の中の世界の意識を、日本の意識を、地域の意識を、家族の意識を、故人の意識に、お経を唱えるのです。
2022.05.01 Sun l こころ l コメント (0) トラックバック (0) l top
グローバル化により、世界は豊かになったと思っていたら、とんでもないことが起きてしまった。

コロナウィルスの発生と世界中の国々への蔓延と、ウクライナとロシアの戦争と、自由主義圏とロシアとの、これも戦争なのだろう経済封鎖は‥‥。

その影響は、石油や石炭の、鉱物資源、穀物の価格値上げ、海上輸送や航空輸送の混乱の影響として続いている。多くの人たちが亡くなっていることだ。

しかも、アフリカや中東、東南アジア、南米などのニュースも届かなくなっている。

専制国家と自由主義国家との対立など、世界は対立ばかりだ。多様性とも言っていたのに!

でも忘れてならないことは、やはり、人間が生きるということの最小単位は、個というものです。

個が夫婦という単位を作り、家族を作る。この作るというところに、物語性を創造していくのでしょうね、意味を作り始めるとも。

原則は、あくまでも個ですが、個には夢もあるし、希望もある。どうしても意味を作り上げていく。

しかも個こそ、境目を自由に作り上げていくものです。

男女、夫婦に家族、肌の色、民族、宗教、主義主張、ジェンダー、味方と敵、世界は境目ばかりで成り立っています。

個を見つめたいと思うが、個は他の個と比較して成り立っているともいえます。

夢を見るのは誰ですか?国家元首に言いたいのです。その私って、意味として作り上げられた自分ではないですか?

個が、他に及ぼさない最小の意味を持つとしたら、どんな哲学がよいのだろうか?

貧に徹した豊かさ、豊かさにともなった倹約の生き方にのっとった生活ではないだろうか。


しかも豊と、倹約の倹という中味に、幸と福を見出したいと思うのです。

各個の精神性の自由闊達さ、そして他の個を尊重する、そんな世界に導かれると善いなと思うのです。
2022.04.24 Sun l 未分類 l top
2500年前のことです。お釈迦さまと、インドのコーサラ国を治めていた、パセナーディ王との会話です。

古いお話しですが、いつの時代にも、新しい内容です。

 王様がお釈迦さまにに、問いかけます。「ブッダよ、あなたが人々に『愛するなかれ』と教えていると主張する人たちがいます。愛すれば愛するほど人は、苦しみ、絶望すると語られたとか。

そこに、いくばくかの真実はありますが、その教えを聞いても、わたしの心は安らがない。

愛がなければ人生はむなしく、無意味なものとなりましょう。

どうか、この疑問を説く手がかりをお教えください」と、バセナーディ王の心に、もやもやと燃えつづける、質問をしました。

 ブッダは、王様を暖かく見つめます。

「王様、愛にもいろいろあります。私たちはそれぞれの愛のありようを、深く観察しなければなりません。

人は愛を必要としておりますが、それは欲望や情熱、あるいは、執着や差別や偏見にもとづいた愛ではありません。

 王様、私たちには、本当に必要な愛があるのです。それは、慈しみと悲しみからなる、慈悲という愛です。

 普通、人々が愛というとき、その愛は親子、夫婦、家族、あるいはその国に住む人々のあいだに存在する愛のことをさしています。

 このような愛には、私とか、私のものという観念がつきまといます。

そこに、執着や差別というとらわれが、見て取れます。自分の両親、配偶者、子、孫、親戚や同国人だけを愛そうとするからです。

愛する対象に強く執着するあまり、愛する者たちの身に不幸が降りかかるのではないかと、何か起こる前からあれこれ思い悩み、実際に起こったら、ひどく苦しみます。

 また差別にもとづく愛は偏見を生みます。自分の愛する対象の輪の外にいる人々には無関心になり、ときには憎悪さえ抱くのです。

 執着と差別は自分も他人も同じように苦しめます。王様、すべての命あるものが真に希う愛とは、慈悲という愛です。

 慈悲の慈は他者に幸福をもたらす力をもつ愛、慈悲の悲は他者の苦しみを取り去る力をもつ愛です。

 慈と悲はいかなる見返りも求めません。

慈悲は、両親、配偶者、子どもも、親戚、同じ階級、同国人にかぎられるものではなく、すべての人、すべての命あるものにおよぶ愛です。

 慈と悲においては、いかなる差別、いかなる私のものとか、私のもではないという区別もないのです。

 よいですか、差別がないゆえに執着がない。

慈と悲は幸福をもたらし苦しみを和らげて、苦しみや絶望を遠ざけます。

王様がおっしゃったように、慈悲なくしての人生は無意味であり虚しいものです。

慈悲があれば、人の世は平和と喜びと満足であふれます。

王様はこの国を治める方でいらっしゃいます。王様の国民も、隣の国々も、王様の慈悲によって利益を得るのです」と。

 王様は、王様としての愛についてじっと思いをめぐらせていました。そこでブッダに訊ねます。

「私にも、国民と同じように、養うべき家族がある。そして、統治する国がある。

我が家族や国民を愛さずして、いったいどうして彼らの面倒をみることができるのでしょうか。どうお考えになりますか」と訊ねました。

 ブッダは、「王様が家族や国民を愛されるのは当然のこと。ただ王様は、愛をご自身の家族や国民を超えて、もっとひろげていくこともおできになるはずです。

王子や王女を愛し慈しむことは、王国の他の若者たちを慈しむことを妨げるものではありません。

国王がこの国すべての人々を愛することができれば国王の限られた愛はすべての人々を抱きしめる愛に変わり、王国のすべての人々が国王の御子となるでしょう。

これが慈悲の心をもって愛するということなのです。

これはただの理想論ではなく、本当に実現できるのです。

国家権力を掌握されている王様のお立場をもってすれば、なおのことです。」

 王様は、「では、他国の人々はどうすればよいのでしょうか」とブッダに訊ねました。

 ブッダは、「王様が他国の人々を、ご自身の息子や娘のように、愛することを妨げるものは何一つございません。

王様の統治下にいなくても、愛することはできるはずです。

自国の民を愛するからといって、他国の者を愛せない理由はないのですから」。

 王様は、さらに「しかし、わが統治下にないものに、どうして慈悲の愛を注ぐことができるのでしょうか」と、ブッダに質問しました。

 ブッダは、「一国の繁栄と安全は、他国の貧困と危険の上に成り立ってはならないのです。

王様、すべての人々の幸福を求めるという共通の使命のもとに国々がひとつになるときのみ、長き平和と繁栄は可能になります。

 もし王様がコーサラ国の平和を祈念され、王国の人々が戦場で命を落とす事態を避けたいと心からお思いになるならば、王様は他国の平和にも手を貸さなくてはなりません。

真の平和を実現するためには、慈悲の道にのっとった外交や財政を実現しなければなりません。

自国の民を愛し慈しむと同時に、他の国々も、そしてコーリヤの人々をも愛し、慈しまなければならないのです。

 王様、私は昨年、釈迦王国の家族を訪ね、ヒマラヤのふもとの町に、数日ですが訪れました。

そこは故郷の地で、私は非暴力に基づく政治について考える時間を持ち、投獄や処刑などの暴力的な手段に訴えなくても、国の平和と安全は保証できると気づきました。

父のスッドーダナ王ともこのように、国を治めることについて、語り合いました。

そして今、あなたとこの考えをわかちあう機会を得ました。慈悲をはぐくみ育てる当事者は、暴力的手段に頼る必要はないのです」と、語りました。

 ブッダの言葉を聞いて、王様は、最後に、もうひとつ訊ねることをお許しいただきたいとブッダに告げました。

 「ブッダがお話しになったように、通常の愛には差別や欲望や執着が含まれていますね。

そして、そういう愛は心配や苦しみや絶望を生みだすと、あなたは言われる。

それでは、欲望や執着をもたずに愛するためには、どうしたらよいのでしょうか。

自分の子どもへの愛に不安や苦しみの種を蒔かないようにするには、どうすればよいのでしょうか」と。

 ブッダは、微笑みながら、答えました。

「愛の本質を見つめることです。私たちの愛は、愛する者に平和と幸福をもたらさなければなりません。

もし相手を所有したいという利己的な所有欲に基づいている愛ならば、平和や幸福もたらすどころか、相手を、とらわれに身に、あるいは、殺人と、心を縛ることに、してしまうでしょう。

そのような愛は、残酷で執拗な排除となって、牢獄以外のなにものでもありません。

愛ゆえに不幸になれば、人は愛から逃げだそうとします。愛という牢獄を受け入れてもらえなければ、あなたの愛は徐々に怒りや憎しみへと変わってしまいます。

 王様、利己的な愛ゆえに、悲劇を招いた親子の話をお聞きですか。

 数日前、実際にサーヴァッティーで起こったことです。

 ある母親は、息子が恋に落ちて結婚すると、母親は息子から見捨てられたと感じました。

新しく娘を得たと喜ぶのではなく、息子を失い、息子に裏切られたと感じたのです。

母親の息子への愛は憎しみに変わり、若い夫婦の食べものに毒を入れて、ふたりとも殺害してしまいました。この母親と息子を、国々に例えられますね。

 王様、愛は理解なしに存在できないと考えます。愛は理解です。

理解できなければ愛することもできません。

理解し合えない夫と妻、兄弟姉妹、親子は、あるいは国々、たがいを愛することができません。

愛する人を幸せにしたければ、その苦しみや願いを理解しなければならない。

相手を理解してはじめて、相手の苦しみを取り除き、願いが叶うよう手を貸すことができるのです。それが真の愛です。

 愛する人を従わせ、相手の求めに無知であれば、それは真の愛ではありません。相手を所有して欲望を叶えただけなのです。

しかし、あなたが求めているものは、それでは決して手に入らないのです。

 王様、コーサラ国の国民も苦しみや願いを持っています。もし王様が国民の苦しみや願いを理解できれば、国民を真に愛せましょう。

宮廷に遣える人にも苦しみや願いがあります。彼らの苦しみや願いを理解すれば、彼らを幸福にすることができ、そうすれば彼らは、終生王様に忠誠を誓うでありましょう。

王妃さま、王女さまにも、それぞれの苦しみや願いがございましょう。その苦しみや願いに気づき、理解すれば、みなさまを幸福にできます。

国王のまわりのすべての人が幸福と平和と喜びを享受すれば、国王ご自身も幸福と平和と喜びになる。これが悟りの道における愛の意味なのです」

 王はブッダを見あげていった。「あなたは私の抱いていた疑問に明快に答えてくださった。お礼の申しようもないくらいです。

しかし、利己心や所有欲を持たない慈悲にもとづく愛をもってしても、この世から苦痛や苦悩は消え去りますまい。

どれだけ私が国民を慈しんだところで、台風や洪水のような自然災害が国民を苦しめれば、私もまた苦しむことになる。それはあなたも同じでしょう。

病で死にゆく者を見れば、あなたも同じように苦しまれるに違いない」

 「王様、その問いによって、慈悲の理解はさらに深められましょう。

 第一に、慈悲から生まれる苦しみよりも、欲望や執着にもとづく愛が引き起こす苦しみのほうが、何千倍も大きなものだとお気づきください。

 苦しみにも二つの種類があります。私たちの心や体をかみ乱すだけの苦しみと、いたわりと責任をはぐくむ力をもつ苦しみです。

 慈悲にもとづく愛は、他者の苦しみに関わっていく力を生みだし、執着や欲望にもとづく愛は、不安やさらに大きな苦しみを生みだします。

 慈悲は、苦しみを減らす行動を促進するための燃料となるのです。王様、慈悲こそこの世でもっとも大切なものです。

慈悲から生まれる苦しみは、有用な苦しみなのです。他者の痛みを感じられぬ者は、真の人間とはいえますまい。

 理解によって慈悲が生まれます。気づくことです。わたしたちは生の真実を悟るのです。

無常こそが私たちの生の真実です。この世のすべては無常であり、独立した実体をもちません。すべてはいつか必ず消えていく。

あなたの肉体も滅びるのです。

すべての無常を深く見つめることができれば、あなたはもっと平静に穏やかに世界を見ることができるでしょう。

慈悲から生じる苦は、欲望や執着から生じる痛みや苦悩と異なり、わたしたちに大きな力を与えてくれるのです。

偉大なる王様よ!日をあらためて、共に学ぶこと、これを精進とします」。
2022.04.22 Fri l こころ l コメント (0) トラックバック (0) l top
中国の古典を読んでいて、罔象(もうしょう)という言葉に引きつけられました。日本では、罔象女神と書いて、「むずはめのかみ」と読みます。

下記を読んでもらえればお判りになると思うのですが、弁財天の別名で、水の神様です。

また、弁才天と弁財天は同じなのですが、才能が財を産むことから、弁財天となったと聞いていますが、何千年の歴史の中から、人々の願いや思いが、名を変えて、歴史が作られてきっました。

冬木辨戝天は、江東区深川の四ヶ町で運営している冬木弁天の祭神です。江東区にも弁天様を祭った神社は、数多くあります。

なかでもお隣の、八幡宮のきっかけを作ったのが、境内に入り、本殿に向かって右側にあります。

七渡神社です。池に囲まれているのは、深川が多くの島で成り立っていたことを表現しているのだと想像するのです。

深川という東京湾の奥座敷として、海と島を陸地にして発祥した神社です。

また、以前ですが深川の地に田んぼがあって、石高を書いた資料に出会ったことがありました。

多くの石高ではありませんでしたが、深川の江戸時代初期には、この町で、お米が取れたのですが、その頃は、弁財天も農耕の神様でもありました。

さて、富岡八幡宮の七渡神社の祭神は、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)というお名前です。

この神様が弁天様と呼ばれるには歴史があります。もっとも、どの神様も歴史はあるのですが。

九州は宗像(むなかた)大社に祀られる、三女神の中で、一番美しかったと言われているのが市杵島姫神です。

美しさだけではなく、金運に財運、学問の外にも、所作に優れて、舞や芸能面に優れていました神です。

天照大神が、荒くれだった弟の須佐之男の命の剣をかみ砕き、息を吹きかけた縁で、誕生したのが、この三女神です。

因みに須佐之男命が、天照大神の勾玉をかみ砕いて息を吹きかけ、五男神が誕生しています。

宗形大社では、市杵島姫神は沖津宮に、中津宮には次女の田心姫神(たごりひめのかみ)、辺津宮には、本殿に三女の湍津姫神(たぎつひめのかみ)の三女神が祭られています。

それぞれお宮には津の字が刻まれていますが、海と関係する名前だとわかります。

この宗像大社は、世界遺産「神宿る島」、宗形沖ノ島と関連遺産群として、平成29年7月9日に世界文化遺産に登録されています。

あらためて、七渡神社の祭神として市杵島姫神の資質は、海上の航海、海の安寧、深川という地の除災、安寧でしょうか、例祭日は、6月17日です。

広島の厳島神社も、6月17日が例祭日で、祭神は三女神です。この神社も、平成8年>12月に世界文化遺産に登録されています。

そして市杵島姫神が弁天様になるには、歴史から観てみたいと思います。

さて、日本が奈良時代に入りますと、仏教が入っていきます。神仏習合という歴史です。

平安時代には更に、本地垂迹説という天台宗や真言宗によって説かれて、弁天様と市杵島姫神が同一視され、弁天様と呼ばれるようになりました。

冬木弁天の弁天様は滋賀県の竹生島神社から分祀されたものですが、祭神は市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)です。

なお竹生島神社には、宇賀福神も祀られています。鎌倉の銭洗い弁天の祭神は、宇賀福神が神様です。

この宇賀福神は、体がヘビで頭が人の形をしているという。

冬木弁天には、二匹の蛇がとぐろを巻いて厨子に鎮座して、参拝の方々に、福が訪れますようにと対峙しています。

奉納社が誰なのか、北町会の古老青柳氏に聞いていませんでしたが、宇賀福神も市杵島比売命も、弁財天としては同体と見られているのが一般です。


さても前置きが長くなりました。

衆罔あるいは罔衆の罔という字、罔は、糸偏に罔で、網となり、網の象形文字で、網でおおって隠すです。

そこから、無理強いするや、事実にそぐわない、人を縛るものから法律になったり、見えなくする、暗い、事実を曲げる、根こそぎ取る、無かったことにする、あなどると、多様な意味を持ちます。

そして罔象という熟語の意味となって、①ただよう、一説に虚無、何もないこと。衆罔。②水中にいる妖怪と、大漢語林には記しています。

象は、形あるもの形象です、記し、などなどの意味を持つ漢字です。


荘子の天地篇に「衆罔の話」があります。

中国の神話に黄帝がいます。三皇五帝の最初の皇帝です。

中国で黄帝と言えば、神話の時代で、紀元前2510から2448年の時代です。

愛知大学名誉教授の中島敏夫氏が書かれた、

「黄帝」には、『中国の現河北省張家口市の涿鹿・阪泉の地で「黄帝故城址」及び「蚩尤城址」と称される城址と堡塁址が見つかって発掘された。』

と記されていました。

その黄帝が赤水の北方に遊び、崑崙(こんろん)の丘に登って南方を望み見てから帰ってきました。

宮殿に戻ってきたのですが、貴重な玄珠(げんしゅ)忘れたことに気がつきました。

そこで、皇帝は、最初、眼が良くて、賢明で、知識もある、もの知りの離朱(りしゅ)を遣わして、珠を探させたのですが探すことが出来ませんでしたし。

次に、弁が立ち聡明な男、喫逅(かいこう)という人を遣わせ探させましたが、彼も探し出すことができませんでした。

そこで次は、形なき世界に道と遊ぶ、あるいは、うすぼんやりものの象罔(人物としての名前)を遣わしたところ、象罔が玄珠を、見つけてきたという故事です。

ここに象罔という人が出てくるのですが、この故事で判るように、すでに、紀元前の世紀には水神伝説があったことが判ります。

また、虚堂録という漢文の本に、「离婁極力。白浪滔天。罔象無心。神珠歴掌」とあります。

訳して、「离婁(りろう)力を極む、白浪滔天、罔象、無心にして、神珠掌(たなごころ)に得る」というのです。

罔象という人物を、形なき世界に道と遊ぶ、あるいは、うすぼんやりものの象罔と辞書より記しましたが、虚堂録には、無心と書かれていました。

神珠は、玄珠とも書かれていましたので、もともと備わっているものと理解できるのですが、無心とは、理解しがたいものです。

自由で無心な象罔、水神の正体だったようです。

ところ荘子には、「罔」という言葉が出てきます。

「罔両(うすかげ)と影との問答では、罔両が影に向かって「お前さんは先ほど動いていたかと思うと、いまはとまってじっとしている。

さっきすわっていたかと思うと、いまは立っている。あまりに節操がなさすぎるではないか」と。

「罔両」が「影」に対して文句をつけるが、「影」にしても「時の変化」のままに従う「形」に従っている」

「ウィキペディア」では、罔象を、「弥都波能売神(みづはのめのかみ)」と記し、日本書紀には「罔象女神(みつはのめのかみ)」となって、水波能売命などとも表記される。

淤加美神とともに、日本における代表的な水の神(水神)であると記していました。

ちなみに、江東区亀戸に、水神宮があるのですが、その神様は、「弥都波能売神(罔象女神)」で、「みつはのめのかみ」とお読みし、古事記の世界がかいま見えます。
2022.04.01 Fri l つぶやき l コメント (0) トラックバック (0) l top
臨済録という書物には、

「天地創造の神とは、ただ今と共に生きる人が、天地を創造し、天地を改革していくのでる。

世界を天国にするも地獄にするも、人間のすることである。

もっとも、人だけを説くことは人間の都合で、地球に生きるすべての生命も、同じことだ」と、

説いていました。

これは真理です。
2022.03.03 Thu l つぶやき l コメント (0) トラックバック (0) l top
1月という月は、12月から1月に変わることに、こだわりがあります。

1月から2月に変わっても、1月のような多くの行事があるわけでもなく、却って12月から1月へと続く月の方が、行事が多い。

どの年も、良かろう悪かろう筈も無く、どの月もどの日も、悪かろう良かろうという月も日もない。

しかも、1月になれば、新旧という言葉が似合うのです。

古人は、年々是れ好年、日々是れ好日と言っているのにです。

しかも、古人は、「何としてか新あり、旧あり?」と申しています。

十方璧璧落無し、四面また無門とも。

「野火(枯れ草を)焼き尽くすも、春風吹いてまた生ず」。
2022.01.17 Mon l うつつ l コメント (0) トラックバック (0) l top
禅は、旧年から新年に切り替わるときに、浮かぶ言葉があります。
去年の貧は、未だ是れ貧ならず。
今年の貧は、始めて是れ貧なり。
去年の貧は、猶お卓錐の地有り。
今年の貧は、錐子も也た無し。

香厳禅師の詩です。我々は、頌と詠んでいます。

去年の貧は、未だ是れ貧ならず。

この語に対する著語は、 守株待兎(株を守ってウサギを待つ)。

この著語の話は、中国は春秋時代に、「ある日、農夫が、ウサギが切り株で躓いて死んだのを見ました。農夫にとっては、苦労せずにウサギの肉がが飛び込んできたのですから、答えられません。そこで毎日ウサギを狙って見張っていたというのです。やがて、畑は荒れ果ててしまったというお話しです。

今年の貧は、始めて是れ貧なり。

この語に対する著語は、認賊爲子(賊を認めて子とする)。

この著語の話しには、うってつけの下記に話があります。
道元禅師の大悟の巻です。「しかあれば、認賊爲子を却迷とするにあらず、大悟は認賊爲賊なるべし、却迷は認子爲子なり。

多處添些子を大悟とす。少處減些子、これ却迷なり。

しかあれば、却迷者を摸著して把定了に大悟底人に相逢すべし。而今の自己、これ却迷なるか、不迷なるか、撿點將來すべし。これを參見佛祖とす。」

大悟は、賊を認めて子とすることを却迷とするのことではない。大悟は子を認めて賊とすることでも無い。

大悟は煩悩という賊を認めて賊とすることだと。迷客という悟りの子を悟りの子となすことである。

そのようなわけで、却迷者を探って捉えてみれば、中味空っぽ、而今の自己であったと。

迷っているのか、迷っていないか、点検すべしと、参見仏祖は仏祖参見と。

さて、去年の貧は、猶お卓錐の地無し。

ここの貧という意味が、字面を見れば貧しさ・貧乏を想像するのですが、ここは禅ですので、中味空っぽで、空っぽの中に、何か入っているのか?

まだ何かがあるか?問うています。

錐が残っている。刻まれた傷跡が残っているというのです。

その著語は、癩狗繋枯椿。

(癩(らい)狗(く)枯椿(ことう)に 繋ぐなのです。

禅語字彙によれば、癩狗繋枯椿とは、技倆すでに窮まるの意だそうです。枯椿は枯れた木杭となっています。よたよた犬を木杭に繋ぐ意味がるのか?

と、まだ、貧乏が完成されていません。


そこで、今年の貧は、錐子も也た無し。

この語に対する著語は、和贓納欵。贓(ぞう)に和して欵(あい)を納(い)る。

贓(ぞう)とは、盗んだ品物のこと、欵(あい)は、叱る、歎く意があるが、アイアイと相応じる声ともなります。

そこで、贓(ぞう)に和して欵(あい)を納(い)る、盗品と一緒に盗品目録を差し出した。

これは、本来自分のものでないものを所有することの、虚しい空しいことの意味です。

さて、今年の貧は錐子も也た無し。

錐はキリのようなもので、貧をキリに刺された貧の痛みとすれば良いのでしょうか。

錐子はキリそのものですから、キリもないと、古人は、これに法財をつかんで、法財に触れていると言っています。
2022.01.11 Tue l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
この文章は、2008年8月31日に投稿されたものです。しかし、このブログにはなかった。
この文章は、ある特養のスローガンに、文章を後付けしたものです。

私の知っている福祉施設の理念に、際限のない優しさに一歩でも近づけるように……という言葉があります。

生活者である利用者への援助が、「際限のない優しさ」を土台とすることを目標とし、私たち法人・職員がその理想に一歩でも近づくことができるよう務め、結果として、利用者が「安全」・「安心」・「希望」の中に生活できますように。

この美しい響きを持つ言葉は、サービス精神としてこれ以上のふさわしい言葉はないと思うのですが、実はとても怖い内容でもあると気づきます。

なぜなら、人の持っている優しさとは、際限のないものだと定義されているからです。

限りのないものほど困ってしまうものはありません。

際限なくとは、人が一生かかっても限りはないのですから。

しかも戸惑ってしまうことは、人は誰でも、この際限のない優しさを持っていると宣言しているではないですか。

これは、際限のない優しさを、本来、自らの中に刻まれていることを自覚せよと強要しているようにも思えます。

何でそんなことを言うのか、この私にそんなものがあるのか、今まで、考えることもなかったし、見つけようとも思わなかった私。
今まで優しさとは縁遠い所にばかりいた私。

今さら、この虐げられ、差別され、貧しさに、寂しさに、悲しみに、人生の悲哀をなめ尽くした私のどこに、優しさがあるというのか。

今さら、努力せよというのか。

今さら、今さら、今さらと……。

でも振り返ってみれば、勝った負けた、得た失った世界に生きて、今までの私は、得ることばかりを考えていたから、勝つことばかり考えていたから、思いもつかなかった。

限りないとは、届かないということなのか。限りないとは、満ちあふれた優しさの私という意味なのではないか。

でも、少し、楽なことは、一歩でも近づくように……と、何故か近づけないことを承知しているみたいにも感じもします。

また、たびたび出くわすことですが、他者にたいする優しさとは、他者にとって、優しいかどうかは分からないことを私たちは知っているのです。

だから、過度の優しさは、迷惑と感じたり、鬱陶(うっと)しく、お節介に思ったり、仇(あだ)になったりと、発信する優しさは別の言葉が似合うことが多々あるものです。

それでも、福祉にたずさわる人々は、この「際限のない優しさ」を土台とすることを目標として、その理想に一歩でも近づくことができるように努めることが使命とされています。

このことが達成されれば、そこに安全、安心、希望が芽生えて、包まれていると。でも考えてみると、本来、私たちの生活自体が、このような世界でなければならないでしょう。

でも、せめて、福祉の場だけでも、際限のない優しさに包まれてもらいたい。

福祉のマニュアルニ書かれている、一つ一つの行為、手を差し伸べる、笑顔で接する、静かさを気づかう、身体をふくと、実はすべての行為が、際限のない優しさです。

同時に、福祉を受けることも、この優しさです。差しのべられた手を受ける、笑顔をかえす、気づかいに感謝する、きれいになった身体を喜ぶことも、際限のない優しさです。

さて、際限ない優しさとは、共に、幸せであることでしょう。

福祉にたずさわる人も、福祉を受ける人も、共に、今に安らぎがえられれば、それはすべてを受け容れながらも、しかも、それぞれが個としての私が保たれている状態だと思います。

そのとき、際限のない優しさの一歩がそれぞれの個に現れるのだと思います。その一歩こそ、満ち足りた一歩であり、もはや近づくこともない、際限のないやさしさなのだと信じます。

トルストイの『人生論』に次の言葉があります。

「お前は、みながお前のために生きることを望んでいるのか、みんなが自分よりお前を愛するようになってもらいたいのか。

お前のその望みがかなえられる状態は、一つだけある。

それは、あらゆる存在が自分よりも他を愛するようになる時だけだとしたら、お前も、一個の生ある存在として、自分自身よりも他の存在を愛さなければいけない。

この条件のもとでのみ、人間の幸福と生命は可能となり、この条件のもとでのみ、人間の生命を毒してきたものが消滅する。
存在同士の闘争も、苦痛の切なさも、死の恐怖も消滅するのである。

他の存在の幸福のうちに自分の生命を認めさえすれば、死の恐怖も永久に消え去ってくれる。」


2022.01.10 Mon l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
古い本を読んでいると、思いがけずにハッとすることがある。

この言葉は、次の言葉に続くことだ。

「金は石をもって試み、人は言をもって試む」そして、「古人自ら念(おも)えり、璧を全うして帰ると、知らず身の草裏に在る‥‥」

黄金を採掘するには、試金石をもって、金と認めることなのですが、石英質の石という。また金の純度を調べるためともいう。

人の真価も、その人の発する言葉で、人物を知るということというが、今の時代にも、様々な人にも通用することです。

璧(へき)という字は、普通の生活では扱われることはないでしょう。

古い時代の中国で使われたものです。実物は見たことはないのですが、環状にして扁平の玉で、穴が開いていて腕輪や首輪に使われたものです。

中国の漢の時代には、埋葬用に副葬品として埋められたそうです。

ここで使われている璧は、人の真価として、信頼できる人物、立派な人として、試を修めた人として使われています。

「身の草裏(そうり)」は、身体の中に、あるいは、心の中に草が生えているというのですが、どんなくさなのでしょうか?

ところで、この古文には、前半の言葉があります。


あるとき、踈山(そざん)という老和尚に、僧が質問しました。その内容は、「冬がやってきました、さあどう過ごしますか?」。

あるいは「冬がやってきたら、どうしましょうか?」という質問でした。

そこで踈山老和尚は、「都では大黄が採れる」と答えたのです。大黄は、漢方薬で根を煎じて下剤や胃腸薬です???

何でこうなるのか?

禅の問答では、「冬という誰にでも訪れる季節にたいして、大黄という個別なもので答えていったのですが、ここで問答は完結しています。

私たちにとっては、「草裏に在り」との説明をもって、理解するのですが、理屈っぽい!説明を聞いても自分のものにならない!この問答の問いを却って紛らわしいものとする。
2022.01.05 Wed l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
冬至小參、釋迦已滅。彌勒未生。

恁麼時節。東去也得。西去也得。

無端少林壁觀雪庭墮臂。引得一地裡人。如荷一百二十斤重擔。上羊額嶺一般。

及乎詰其端由。依舊不出箇仲冬嚴寒布裩赫赤。

報恩久默斯要。不務速説。

今年の寒さは、こたえます。

「七二歳を過ぎて、そんなことでは、いけない」と、お叱りを受ける気がいたします。

禅の説くことは、どんな年齢の人にとっても、誰でも、日常を出ることはありませんし、特別なことはなにもありません。

東に行くにも、西に行くのも、何処に行くのも、自由です。

この季節に、寒さに、どう処すのか、問いかけがあります。

コロナ禍に、どう処すか、これも問いかけです

本年が良い年でありますよう、祈念いたします。
2022.01.01 Sat l つぶやき l コメント (0) トラックバック (0) l top
修行とは自利であるけれど、利他を学ぶ基本を行(ぎょう)として学ぶのが基本なのでしょう。
そういえば子供たちが学校で学ぶことは、自利であることです。でもいつか学ぶ場所を卒業するのですけれど、卒業した場所での仕事は利他です。
自利は利他を学び、利他は自利を学ぶ、こんな簡単なことでも、人にとっては難しいことです。

2021.12.11 Sat l 未分類 l コメント (1) トラックバック (0) l top
孜孜は汲汲、矻矻は身体を動かしてヘタヘタという意味になるそうです。


何か年末をの忙しさを想像できる言葉です。


ところが、別の角度からいえば、これぞ日常三昧という意味にとれるから不思議です。


コロナ禍で、私達の日常は、ガラッと変わりました。


見えないモノの存在に用心しながら暮らす生活には、日常三昧は遠く及ばないことです。


日常三昧は、見えないモノにとっても、恐ろしい暮らし方になるでしょう。


この三昧に入れば、日常は格別な意味を持ちます。


2021.12.10 Fri l うつつ l コメント (0) トラックバック (0) l top
人の日常生活とは、常に居場所から居場所へ、移り変わっていくものです。このことを否定する人はいないでしょう。

その居場所という意味を、立場、根拠、依って立つ、相対するものに対しての位置、時間や出来事に出会いによって変化しながら立つ自分の姿です。

その姿を見つめてみれば、何も考えなければないほどに、見事に実に適合して、立ち位置を変えていくものです。
今の季節からすれば、「秋という実りの季節が終わろうとする時期です。木々の緑は葉の色を様々に変えながら散っていくものです。

その散る直前の紅葉を見るために、人は動きます。

毎年のことですが、日本には四季があり、その四季に、人はどう動かされて行くのでしょうか

1月は睦月です。春には梅の花が咲き、松の葉だけが緑を色濃くしています。

お正月には親類縁者が集まるという月なのですが、そういえば賀状や新年挨拶がありますが、その中味は、睦まじさだったようです。見直してみたいものです。

2月は如月(きさらぎ)または衣更着。寒さがまだ続いて更に羽織るものを身につけるというのです。

それだけでなく、何か春の予感を待ちながら著重ねして過ごすような気持ちはどうでしょうか。

3月は弥生、草木が早花の新芽をだす季節を告げる月です。この時期、桜で日本国中が大賑わいなのですが、このような月は珍しいのではないでしょうか?

4月は卯月(うづき)、卯はウツギという木ですが、これは中々、特に都会では見受けられない低木です。

夏は来ぬという唱歌がありますが、そこに「卯の花の 匂う垣根に時鳥(ほととぎす) 早も来鳴きて 忍(しのび)音(ね)もらす 夏は来ぬ」とあります。

5月は皐月(さつき)で、早月とも書きます。お米の早苗(さなえ)植える月なのですね。5月新緑の季節が始まります。

6月は水無月(みなづき)で、水の月とも言われ、田んぼに水を引く月です。あじさいの花が咲きます。

7月は文月で、稲の穂が実る月です。これは、穂(ほ)含(ふみ)月(づき)と書き、穂含む月で、文となりました。

水辺では睡蓮や蓮が花を咲かせ、陸地では入道雲に夕涼み、夕立に夕凪、海の日に土用の丑となります。

8月は葉月(はづき)で、木々の葉落ちる月です。旧盆という季節は、新盆という7月盆により成り立っているのですが、どちらにしろ盆暮れは、人もご先祖様も帰省がテーマです。

残暑見舞い、入道雲、スイカに桃や梨、葡萄の季節でしょうか。

9月は長月(ながづき)で、夜が長く感じる月です。七草、コスモス、ススキに収穫、野分(のわけ)といって台風の季節でもあります。

10月は神無月(かんなづき)で、全国の神々が出雲大社に集まる月です。

無は、「の」を意味するのですが、出雲以外に神様はいなくなることも、意味しています。

実りの秋という言葉から言えば、冬ごもり前の収穫祭でしょうか、新嘗祭もあります。

海には鰹や伊勢エビ鰹に鮭、果物では柿に栗イチジクゆずりんごとなりますか。

11月は霜月(しもつき)で、寒くなって霜の降りる月です。寒くなって寒暖差が、紅葉のシーズンです。特殊なのはインフルエンザもありますが、乾燥を意味してそろそろ暖房が必要になってきますので、冬になえて厚着の支度でしょうね。

12月は師走(しわす)で、クリスマスに年の暮れ行事でしょうか。食べ物ではタラバガニ、ふぐ、ネギや白菜、春菊に鍋料理と。

師走の意味は、先生や師と言われる人までも、忙しく走るというのです。

各月の特徴を挙げてみたのですが、日本には古来から月々の名前があるとおりです。

禅の語録に、「日本という国の中で、季節が冬となってみれば、どの地方に行っても、山や街々の木々は葉を散り敷いて、空を飛ぶ鴈の鳴き声が寒々として身にしみます。

この景色こそ目の前の真実の姿なのですが、同時に、この景色に浸る姿こそ、色即是空・空即是色、万象即無一物・無一物即万象と、禅の現状公案、あるいは見成公案となるものです。

その公案を自分のものとしてみると、ただ毎日、塵一つないことを日掃除をしていると、その思うことが塵になっていることが唯一の欠点となることです。

季節は、優しく、私たちに無心となることを、季節の謳歌する姿と一体になることを教えてくれます。しかも月々の季節ごとにです。

無眼鼻舌身意が風に和し、日に照らされ和し、寒さに、その場その場で和しています。
2021.11.29 Mon l l コメント (0) l top
令和2年1月24日、東京都内で初めて新型コロナウィルスの感染者が確認された日でした。今から、1年5ヶ月前のことでした。ダイアモンド・プリンセス号の集団感染では、死者13人に感染者712人でした。

政府コロナの専門部会の尾身会長は、3月10日に、「三つの重なりを避けることが、感染を抑止する条件である」と、日本国民に発信致しました。

(1)換気の悪い密閉空間、(2)多くの人が密集、(3)近距離での会話や発声(密接)でした。

しかもこの1,2,3は3つの条件の重なり合いでもあることでした。

その後は、「不要不急の外出」は押さえるようにと、第一波から五波まで、幾度となく繰り返し語られています。

専門家会議は、「日本では、医療機関が高い医療水準を誇っており、地方公共団体や保健所の高度な調査力があります。

今後の感染拡大に備えて、これらの機関の体制を強化し、広域での連携や情報共有をすることは不可欠です。

そして、日本には、市民のみなさまの強い協力意識があります。

この戦略を確実に実行するためには、市民のみなさま一人一人が二次感染を防ぐための行動にご協力いただくことも欠かせません」と伝えてのことでした。

現状は今も同じの1年5ヶ月です。

しかも、三密と不要不急の外出を控えることはずっと続いています。

これは生活の活動を押さえたり、閉じこもったり、人と人が近くでふれ合ったり、親戚家族が大勢で集まることも、全ての人たちが守ることを、現実に強要されていることです。

目的は感染症を封じ込めるためです。

今までは個人の自由と、動かされること、従わされること、命令されること、束縛されること、これがコロナ禍を避ける、安全安心な生活様式であると告げられているからです。

コロナワクチンの摂取率が上がれば上がるほど、この生活様式に変化があると思うのですが、コロナウィルスも変異を繰り返して、ワクチンの攻防が続いていますので、先を見渡すこともできません。

考えてみれば、希望や願いが閉ざされたようなコロナ禍の未来の明るさを待つ意味さえ、今はまだ見えてきません。

8月に、青少年対策富岡地区委員会で、この深川エリア一帯を4班に分けて、夏休みの子ども達の夜の様子をパトロールに今年も参加しました。うろついている子ども達はいないか?

コンビニや公園で夜遊びしている子ども達はいないか?

商店街のゲームセンターなどに遊んでいないか?結果はまったくいませんでした。

ただお母さんと一緒に買いものをしての子ども達は何人も見かけました。昨年と同様に、コロナ禍の夜は、学習塾以外は自宅に過ごしている子ども達の姿でした。

子ども達、親たち、ペットに鉢や庭に植えた果物や野菜たちも一緒に暮らすことがコロナ禍のルールを守る生活なのでしょうが、反面、いざこざや、反発、制約があり、家に居ることが多くなり、家族の心に、葛藤が起きるものです。

お寺の生活をしていると、山中暦日なしと、一年365日休日と言えるものはありません。

一年中同じではないのですが、同じようにみえる一日を、コロナ禍以前から、生活に違いはないのではないかと、不思議に気づきました。

お寺の生活そのものが、多分400年近く、今日の一日は、それ以前の一日と違うのですが、日常生活の一つ一つが今までと違って新しいもの考え方や意味、価値などとおもうこともなく、塀の外と中では、コロナ禍以前と違わない様式で状態が続いていたことに気づきます。

もしかすると、コロナ禍で良いしきたりや生活があるとすれば、お寺の生活に近い。

修行道場では対面して食事はしないし、一年中默食です。洗濯物は一人一人別々で一緒に洗いません。坐禅堂に寝起きをすれば、トイレに行くに隣り同士でトイレには行けません。

隣りの人が帰ってきて行けるのです。普段でも大きな笑い声や大声での話し言葉は禁止です。歩く靴音も要注意です。

駆け足は、決められた場合以外はできません。

二人以上の歩みは、おおやけでは一列です。無駄な声は出しません。

一人一人が孤となることが修行生活の一般です。

これは禅の価値感といってもよいでしょうね。

その価値感を、中国は唐の時代、天台山国清寺に伝わる寒山と拾得、そして豊干禅師の漢詩を集めた寒山詩を通して、コロナ禍の人の生き方として、考えてみようと思いました。
寒山詩には、こう記されています。

「寒山に一つの屋敷がある。その屋敷のなかには、しきりがない。いちどそこに入ったが最後、永遠に終わりの日がない」と。

心というものには、もともと仕切りがない。湧きあがる意識によって、仕切りが出来るのでしょうが、もともと仕切りがないのが自分というものです。それを仏とも呼ぶから不思議です。

同じように、「まだ生まれる前の身は、心ゆくばかりの楽しいものだった。

それが、たのみもしないのに、一体だれに生まれぬ前の夢に穴を開けられたのか?おかげで毎日が生きることで精一杯だ」とも。

たしかに、コロナ禍に於いては、毎日毎日、ニュースでは、「今日の感染者は何人と」知らされては、一憂してため息をつくか、人数が多いなあと思う毎日。

寒山の道は、「笑うべし寒山の道。しかも人や車が通った跡なし。

今、この道に迷ったならば、身体はただおのれの影に向かって、「おまえはどの道を行くのか」と問いかけるのみであろう」と。

「お前はどの道を行くのか」と、歩きながら、歩くことを忘れ、走って走ることを忘れ、走って息が辛くなって、大きな息を吸い込み、吸い込んだ息を大きく吐くとき、生き返る自身の身体を、眼で見ることも、見ているという意識を忘れて見ていたことが、正しい認識です。そして、では誰がと問うことが禅宗の特色です。

普段、私の中で、誰が息をしているのでしょうか?逆に、息をしているから、息のことを忘れていると、全身眼になっているから、見ることを忘れている。全身耳になっているから、聞くことを忘れて聞いている。

不自由や束縛は比較することから生じますが、不自由であってもはく息吸う息に集中する、ただ大きく吸うだけで、自由と暮らせることが、禅の生き方、無心な生き方なのではないでしょうか。

ただ大きな息にまかせるというのも、自由さではないでしょうか。

無条件をもって条件とするその姿勢は、植物が春の暖かさに芽をだし、花が季節の風に揺られて落ちる姿を思うのです。
2021.10.01 Fri l ゆめ l コメント (0) トラックバック (0) l top
深川では、昔、皆、顔や家族を知っていたので、なんか知り合いの知り合いも、そのまた知り合いも、皆、知り合いだった。  

今はどうかというと、同じなのだなあ! 新しく住んだ人も、深川に知人ができれば、赤ちゃんが産まれれば!深川っ子です。

深川は、神輿の街といっても良いでしょう。 男性も女性も、年齢に関係なく、神輿に肩を入れます。

嫌いだからとか、好きだからなんて言ったら神輿は上がりません。

皆んな神輿を担いでいたと思ったら、深川を担いでいたということに気づかないけれど、身体で、心の奥にあるんだね!

深川という地域の言葉は、この地域に住んでいるという意味で、それは、この街に誇りを持っているからなのだろう。

わっしょい!ワッショイ!和背負い!

2021.08.15 Sun l つぶやき l コメント (0) l top
人には、というか自分にも通じるが、正しいと正しくない、よいことと悪いこと、そういうことを判断する意識が働く。

誰にでもだ!

正しいことが正しくないことによって行われていれば、不安を感ずる。逆に正しいことが正しく行われていれば、安心してまかせることもできる。

信頼というのか、望むことが行われ、望むようになっていれば、安らぐのだ。

それは先手先手なのだろうが、その先手が、後手と判断されれば、信頼を失う。

ということが起こっているのが、今ではないか?
2021.08.05 Thu l 未分類 l コメント (0) l top
鳥は空を高く飛び、眼下の大きな視界を自分のものといたします。

コウノトリの仕事は、子を授けながらも、真に授けたものは幸福であり、それは授かった人間の意識でもあります。

子供を授かったことは千年の栄えであり、幸せなのです。その1000年は10の3乗だから、3次元の自由とも考えられます。

10,000年は10の4乗だから、4次元を自由にすると言っていた人がいました。面白い発想です。

そして、地べたを見れば、亀もまた、時空を越えて、幸福を運ぶ存在ですが、時空を越える幸福は、単なる幸だけではありません。

浦島太郎の伝説はそのことを示します。亀こそ、ほんの一瞬が数年、数十年、数百年……の時の重みを担った動物ではないだろうか。

ミヒャエルエンデの『もも』も、時間を自由に行き来した亀がいたからこそ、この作品が成り立つ条件でした。

そのたかだか何十年の人間の命を、グリム童話は面白く語っています。

「神様が世界を創り、生き物たちの寿命を考えた。ロバには30年の命を上げた。

しかし、ロバは背中に重い荷物をのせての30年は辛すぎる、そこで神様は、18年引いて、12年としたそうです。

犬にも、年老いて餌を食べるにも、歯がなくなって、ただヨダレを垂らして唸っているのはかわいそうと、12年引いて、18年としました。

猿も道化となって30年は長すぎると、10年削って、20年としたのです。

人間だけが、長生きがしたいというので、30年にロバの辛抱の18年、年老いて横たわる犬の12年、そして、最後は猿の10年を足し70歳としました。

しかし、85歳を過ぎる寿命は、更に、15年を生き物から差し引くとすると、この生き物は何ものか。

私の次男坊が小さかった頃は、すぐに猫と答えました。子供の感性は直感的だ。

人が、天寿を全うすることは、誰でもが全うすることなのですが、長寿こそ、この上ない意味のものとして、人は作り上げていきます。

この物語は、人が自分の寿命と思うところの命は、実は、ロバ、犬、猿、猫から足された時間なのだと教えます。

大切な命であることの喩えですが、さらに、人の命は、植物や動物の命を得てのものです。

まして、人の命を奪ってまでもと考えれば、人間とは存在自体が哀れな生き物だと思えてきます。
2021.08.01 Sun l こころ l コメント (0) トラックバック (0) l top
丸い小石って、なんか興味に引かれる。


転がって転がって、何十年か?


それどころか、100年や1000年も経っているかもしれない。


地べたの中から出てきた石だけれど、もともと深川にあったのかなあ?


丸いにひかれるのは、長生きによって、原型を変えてきた証拠です。


しかも人間よりも、もっともっとずっと、形を変えながら今あることがすごい。


しかも、そんなこと考える意思を持たない。


このツヤは磨かれたもので、自然と自在に丸くなる。


人も同じかと思えば、時に頑固になるし、聞く耳も持たなくなる。


揉まれれば揉まれるほどに、


その原因は、イシにあるのでしょうね!
2021.07.01 Thu l 未分類 l コメント (0) l top
前を見ながら、もしかして目をつぶっていたかもしれない。

「達磨さんが転んだ!」と言い終わるや、とっさに後ろを見る。後ろにはこのゲームに参加した子供達がいて、じっと私の目を見ながら、じっと立っている。

そこで、そこで、もう一度「達磨さんが転んだ!」と、振り返る。あまりの早さに。友だちの何人かは、止まっても動いている。

友だちが、だんだんと少なくなって、ゼロになったら、鬼の勝ちという、単純なゲームだ。

「だるまさんがころんだ!」と、10数えるゲームとも言われている。

また、動くことと、動かないことが、特徴だが、派生して、「達磨さんが、寝た!」といって振り返って、後ろの子供の中に、寝るまねをしていたらセーフというものもあった。

寝る、食べる、背中をかくなどなど、日常のあらゆる行為をいうので、「おならをした」などと、ゲームを面白おかしくすることもできた。

ところで、「達磨さんが転んだ」と叫ぶ子供は、鬼と言われていた。

なぜ、鬼だったのか、ゲームは後ろに並んだ子供達の一人が、鬼にタッチすることで、ゲームは終わるのだが、鬼にタッチしたことで、鬼はどうなったのだろうか?
何故、鬼は、「達磨さんが転んだ」と言うのだろうか?

縁起物の赤達磨は、今回の衆議院選挙でも、始まりが達磨に片目を入れて、選挙に勝つと、二つ目に墨を入れる達磨が登場するのです。

でもその赤達磨は、転がしても転がしても、起き上がることに、人に意味を与えるのです。

もともと転がらない赤達磨に更に墨を入れて、縁起を担ぐとは、このことをいうのでしょう。

ところで、七転び八起きも、七回転んだら、七回起きるのではないのと疑問をもつこともあるのですが、赤ちゃん誕生から始めて立つことを考えれば、八回立つという理由を聞いたこともあります。

最後に、この「七の転び八起き」の人の生き方が無くなってしまったとしたら、もしかしたら、みな達磨さんになってしまうでしょうね。
2021.07.01 Thu l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top

この字読めますか?


ゾウ・ソウ、貝編に藏ですが、調べれば、贓汚は汚職し金品を隠す。


贓官は不正の管理。贓罪、贓品、贓物、贓賄などがあります。


しかも贓だけで盗品を隠すこと、「贓す」と使うそうです。


「普州の人、賊を追う、誰か贓を顕さん」と古文にありました。


普州に有名な盗賊がいた故事から、盗賊は普州の人と呼ぶようになって、この文では、盗賊が盗品を盗賊に託す。

盗賊が盗賊を追うことです。


盗品の中身も言うことはないですが、職業が違えば中身もかわるけれど年ですか?
2021.03.15 Mon l 未分類 l コメント (0) l top

佛涅槃上堂、釋迦老子二千年前に一箇の夢を

今に至るまで未だ醒めず。兒孫の夢中に向って夢を説いて、後人を
することを引き得たり。

恩寡衆に敵せず。

只だ手を換え胸を椎って蒼天蒼天と道うを得たり。

四月には、72歳という年齢になるのですが、まだ夢を見ているのか、南柯の夢として、でも夢ではなかったと!

2021.02.15 Mon l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
東北のあの地震に思ったことを、法事にした冒頭の文章です。

《 平成23年3月11日金曜日、午後2時46分に起きた千年ぶりといわれた巨大地震と、福島の原発の暴挙にも、いまだに希望が見えません。

人は誕生したとき、誰でも、気づかないけれど、自分の荷という歴史を背負っているものです。

まして、3・11以降には、その荷の重さはそれぞれ異なるものですが、未来に生まれるものにとっても、共通な重さを科してしまったことを、

日本人は、決して忘れてはいけないと思っています。

この困難な時代に、思いも掛けず亡くなってしまった多くの方々に代わって、自分が生きているという事実を見つめたい。

考えて見ると、頂いた命も、ほんの少しの間、しばし留まるだけの命に感謝し、

生きている間、他の頂いた命を持つ人たちと、あたたかい心を、ほんの少しの間だけれども分かち合わねばならない。

次々と訪れる、心配や苦しみは、むしろ人生の道しるべとしたいし、生きる糧としたい。

逃げてはならないことだし、見つめることは、引き受けることに通じる。

いったいどんな意味があるのか。なぜこんなことになったのかと考えることは、そのまま、背負って立つことになる。

すると、自分への励ましとなることで、新たな想像力として、意思の力となってみなぎり、自分自身を、養えるはずだ 》と。


この地震以降も、災害が絶えることはなく、今も続いています。

平成25年4月13日淡路島近海地震M6.3

平成25年9月16日台風16号による被害は、京都と滋賀の町を水害に遭遇し、囲んだ山々の倒木被害が多数発生しました。

平成26年8月20日広島線状降水帯豪雨による土砂災害

平成26年9月27日午前11時52分御岳山噴火

平成27年9月10日台風18号は、鬼怒川の氾濫で多くの被害が発生しました。

平成28年4月14日午後21時26分に起きた、熊本県熊本市を襲ったM6.5地震

平成29年7月九州北部豪雨災害

平成30年9月6日午前3時7分北海道胆振東部地震

平成30年6月18日午前7時58分に大阪北部地震M6.1

令和元年10月12日台風19号による関東から以北の太平洋沿岸地域の風水害

令和2年7月3日から8日にかけて梅雨前線による被害洪水が九州熊本に発生。
    
これは、日本で起こった災害の、ほんの一部です。


 一昨年の12月に中国武漢で発生したコロナ禍、昨年の3月4月5月のうねりが小さく見えて、まさかここまで脅威としてしまったことは残念です。

感染症という人類に襲いかかるものが、地域という世界への課題に対して、何でこう各国において、

個人も、年代も、バラバラのようになってしまった感があります。

まるで時間から見るとうねりのように、現在進行中のコロナ自身も姿を変えながら、人類に挑むかのような挑戦です。

世界は共に生きていたと思っていたら、コロナの猛威は人類に対する挑戦のように、世界にリーダーシップをとる国もありません。

人は内向きになれば外を見ないように、自分のことで精一杯なのでしょうが、せめて、トモに、共に、協(とも)にを忘れないで欲しいのです。

これがなくては、バラバラとなって、他者を思いやる心さえ忘れてしまいます。

世界も日本も、共存・共感・共生・共同・共和・共学・共通・共演の共と、ともにあることが理想です。

日本の地域も、「とも」にがあるから、独自の歩みがあってもよいのですが、共にがなければ、バラバラとなります。

そしてどんなときでも、この世の中に明るさを求めて歩み続けたいし、他者を限りなく愛さねばならない。

さらに動物や植物、地球や宇宙までも、命として交信したい。

共に歩き、共に探し、共に笑い、共に誓い、共に感じ、共に選び、共に泣き、共に背負い、共に抱き、共に迷い、共に築き、共に願い、

そんな日々を描きながら・・いつもの日も、どんなときも、共に歩めと。


命とは本来、世界と繋がったひとつものですが、私たちは大きなひとつの命の世界に生きていることに気がつけば、

そこには、俺が・私がと隔てるものは、何もありません。

それさえ気づけば、人の命を、そしてすべての生きとし生ける命を、今生きている、過去に生きた、未来に生きる命を、敬うことができます。

敬うこととは、手を合わせることですが、一つという命を表現するものです。また合掌は、あなたを尊しとするものと思うのです。

私たちの手は、自殺するために、あるのではないし、人を傷つけるために、あるのでもありません。

また人のものを奪うためにあるのでもなく、人を悲しませるためにあるものでもありません。

その手は、手を合わせるためにあり、支え合うためのものです。

「世の中の、苦しきことを、人が問うならば。

人をへだてる心と答えよ」とお釈迦さまは言いました、人をへだてる心。

これによって、一番苦しい思いをするのは、自分自身であることを忘れてはならないと思うのです。

そのために……、お釈迦さまは、慈悲を語ります。

いかなる生き物も、それは、動物であろうと、植物であろうとあますところなく、細長いものも、巨大なものも、中くらいのものも、小さなものも、

眼に見える大きさのものも、眼に見えないものも、今ここにいるものも、あるいはいないものも、遠くに、あるいは近くに住んでいるものも、

過去に存在したものも、あるいは未来に存在しようとするものも、あらゆる生きとし生けるものが、心から安楽であるように、穏やかなように、平安であるように!と。

人々よ!怒りを克服するためには、慈しみを学びなさい。

慈しみは、いっさい見返りを求めることなく、人々に幸せをもたらします。

残酷さを克服するには、あわれみを学びなさい。

あわれみは、他人と自分の心の境目をなくすことで、人々の苦しみを取り除きます。

憎しみを克服するためには、共に喜ぶ心を学びなさい。

共に喜ぶ心は、人々の幸せを喜び、人々の成功を望むときに生まれるものです。

偏見を克服するためには、とらわれのない心を、学びなさい。

とらわれのない心は、現実の有り様として、異なることばかり、違いのあるものばかりです。

    すべてを、ひらかれた心そのままに見ることができれば、平等に見る力となるでしょう。

人々よ、慈しみ、あわれみ、共に喜ぶ心、とらわれのない心、これら四つの学びは、美しく深い心の現れです。

人々が他の人たちのために、みずみずしい活力と幸せの源になれるようにと。

そんな自己であることが、共に輝くことを信じ、犀の角のようにただ独り、共に、歩めと。

コロナに打ち勝つ年でありますように!

2021.01.01 Fri l こころ l コメント (0) トラックバック (0) l top
禅の三密とは、身体、口、心の三蜜で、第1に身体の密で、身密とは、身体と行為です。

第2には口から飛び出すものですので、言葉だけではなく意味や、背景も含めてです。

第3は、心の密で、心密ですので、心を悟るですが、「自己を習う」お勉強のようになります。

コロナの三密は禁止事項でしたが、仏教の三密は、外に求めるではなく、自分自身を、探るです。

三密清浄などともいい、法句経には「身に、語に、意に、悪をなすことなく、この三つの処に、心ととのうるもの」とあります。

家事洗濯、全ての日常において三密を自学自習することになります。
2020.12.31 Thu l l コメント (0) トラックバック (0) l top


令和元年の暮れに発生した武漢のコロナ感染の衝撃からもう1年が経過しています。

コロナで外出を控えることも多くなっていることと推測します。毎日の午後の、感染者数発表も気になります。

テレビのワイドショウや新聞の記事を読むにつれて、コロナの性質から、抑制的な生活が自らを守ることだと、その状態は一人一人違いがあるものの、心の巣ごもりや閉じこもり性が有効であることは間違いがありません。

どんな場所にいても、接触に気をつけるのですから、人がいる場所であっても同じです。 そこで、「人と一緒にいるときが、最も孤独なときだ」と、キケロの言葉を思い出します。

さらに、キケロの言葉を、「人と一緒にいるときが、最も孤独なときだ。

私が孤独であるとき、私は最も孤独ではない」と繋げてみました。

マルクス・トゥッリウス・キケロ(紀元前106年1月3日 - 紀元前43年12月7日)は、共和政ローマ期の政治家、文筆家、哲学者です。

キケロの言葉は、「人はひとりでいる時が、もっとも精神的に多忙である」という言葉があるのですが、確かに、独り考え事をしているとき、活発に脳を動かしているときです。

「私が孤独なとき」と、「私は最も孤独ではない」は、矛盾しながら関係していたことに驚きます。

すると、「私は最も孤独ではない」の根拠は、「私は孤独である」だし、「私は孤独である」の根拠は、「私は最も孤独ではない」を根拠にして成り立っている関係となります。

巣ごもりや、閉じこもりを孤独と見立てれば、精神的作用が最も活発に働いて充実している時を過ごしていると考えてみたいのです。

私は孤独であるという心の在りようを、キャンバスに例えてみれば、真っ白な心に、あらゆるものを描くことができます。

臨済宗に仙厓禅師という大変有名な方がいらっしゃいます。

博多の仙厓さんと呼びますが、彼に「孤独な暮らしの歌」があります。

「生来独之 死去独之 中間之居 旦暮独之」、

私は独りでやってきて、私は独りで死ぬ時の間で、私は日夜ただ孤独だ。

独り生まれ、独り死ぬると思ふ我か むすへる庵に独りすむ也。

(この世に一人できて、この世から一人で去っていくのはこの私、この粗末な小屋に一人きりで暮らしているのも、この私。)

「独りでいる」事の意味を、別のところで仙厓さんが説明しています。

「私が独りと呼んでいるものは、独りと独りでないことを共に忘れるということだ。そしてまた忘れている者自身を忘れることだ。これが本当の独りだ」と。

わかりやすく、無心をこのように話していました。 原文は「予所謂独。忘独与非独、又忘其忘之者。是其独也。」、このとおりです。

その孤独だと語る仙厓さん自身に遺された短歌や俳句も多い。

だいたい孤独と語る人の残された文章、研究などの資料の多いことに驚きます。孤独と言われている人ほど、孤独ではないのが現状です。

さて、「臨済録のなかにある一節です。

「臨済上堂知して云く、一人は孤峰頂上にありて出身の路なし。

1人は十字街頭にありてまた向背なし。 那箇か前にあり、那箇か後方にある。

維摩詰となさざれ、傅大士となさざれ。珍重。」『臨済録』上堂 「一人は仏道の究極に登りつめて絶対的孤立の境地(孤独)に居る。

一方は人間社会という、人と人、人と物という関係性の中の情報の真っ只なか、是非憎愛、損得優劣に泥まみれになりながら、執わずに葛藤がない人。

この二人に前後・上下・貴賤の差があるか?」と、臨済和尚の禅問答です。

絶対的な孤独をものとした人と、人々の中にあって、あれかこれか、好きや嫌い、楽しいかつまらないか、

損か得か、病気か元気、上か下か、欲しいか入らないか、生か死かと。

これら相対する世界に泥まみれになりながらも、引きずらずに生きる人と、同じか別か?と臨済は投げかけています。

孤峰頂上と十字街頭においては、十字街頭にあって孤峰頂上、孤峰頂上にあって十字街頭を考えてみれば、孤峰頂上を孤独の本体としてよいでしょう。

十字街頭を孤独の用・働きとしてみれば、まったく矛盾をせずに一体として、本体と働きは、二は一によってあり、一は二となります。

つまり前も後ろもなく、孤峰頂上を悟ってみれば、泥まみれの中にあっても執われることはなかったと。

維摩は、いずれ後にして、傅大士の今に伝わる言葉です。

「あさなあさな、仏とともにおき、ゆうなゆうな、仏をいだきてふす。」、浄土真宗では、この仏を、阿弥陀様に置き換えています。

傅大士は、中国南北朝の人で、達磨と出会い禅を学びながらも、結婚し夫婦ともに生涯農業をして過ごした人です。

しかも梁の武帝(ダルマさんも見えています)は、傅大士に金剛般若経を講じていただいています。

その傅大士に、有名な小文があります。

「空手にして鋤頭をとり、歩行して水牛にる、人、橋上より過ぐれば、橋は流れて水は流れず」。

空手にして握るは、握るという思いを抱く自分なくスキやクワの柄を握り耕す行為です。

自分なくですのでスキやクワが耕すといえばよいでしょう。

すると歩きながらも水牛に乗るも、水牛を引いて田を耕す姿は、水牛に乗っているかのようです。

無心にしてクワやスキで田を耕し、歩きながら歩く自分を忘れたかのようです。

また、人が橋の上を歩いて渡ろうとすれば、橋は流れて水は流れず。

どんな橋なのでしょうか、中国は南北朝の時代で、橋といっても何か大きな橋のようではなく、小さな橋だったのでしょうか。 ただ水の流れは急だったのでしょうね。

その橋の上を歩きながら河に眼を映せば、橋は流れて水は流れずに、これは各自が経験してこそ、自分が何ものであるかを知ることができる禅語です。 そして「水急にして月流されず」の禅語は、この月を何と見るかです。

心ですが、本当の心というと、別の心があるようなのですが、では本来の心というと、また別のものとなってしまいます。 心ってとても厄介なものです。

何事もなければ何もない。

ひとたび引っかかると、浮き沈みの原因になるものですが、浮き沈みがあっても、この急流の月は流されません。

そんな心があることに気づくこと、それが禅です。気づくことも入らないか?
2020.12.01 Tue l l コメント (0) トラックバック (0) l top
全象の喩え

古いインドのお話しです。王様が、大臣に告げました。「一頭の象を連れてきて、眼の見えない者に、像のそれぞれの部位に触れさせて、その感想を一人一人聞くように」と命令しました。

王様に命令された大臣は、言われたとおりに、大勢の目の見えない人を集めて、像を彼らのそばに連れてきて、頑丈な柱に繋ぎました。

そして、彼ら一人一人に、手・指・腕でるようにと伝えました。

そばに仕える家臣たちは、彼らの手を取り、大きな象のそばに誘いました。

そして、家臣は命じられたとおりに、眼の見えない彼ら一人一人を、像の前後左右に連れて行き、それぞれ像のいろいろの部位を、手で触らせました。

大臣は、この作業が終わったことを、王様に伝えました。

すると、王様は、目の見えない彼らを前にして、言います。

「貴方たちは、象を見たか?」と、問いかけます。彼らは、「はい、私たち全員見ました」と、王様に告げました。

王様は、彼らに対して、「像は、どのような形で、どのように思うか?」と告げ、「それぞれ一人一人、余に話してみよ」と、命じました。

すると、象の牙に触れた者は、「大根のようなものでした」という。

耳に触れた者は、「大きなフルイのようなものでした」という。

頭に触れた者は、「大きな石ののようなものでした」という。

鼻に触れた者は、「餅つきの杵のようなものでした」という。

脚に触れた者は、「餅つきの臼のようなものでした」という。

背中に触れた者は、「大きな腰掛けのようなものでした」という。

お腹に触れた者は、「大きなの甕ようなものでした」という。

尾に触れた者は、「太い縄のようなものでした」と話しました。

そこでお釈迦さまが、弟子たちを前にして、この例えに対して話します。

部分と全体、触れて感触では、フルイであり、石の塊であり、甕のようなモノだったのでしょう。

でも全体を表しているものではありませんが、部分に接した者ならば象は、大根のようなモノだったのでしょう。象は大根だったのです。

これらの人の集合した象は、石の塊であり杵や臼であり、太い縄の固まりでした。

そこで、お釈迦さまは、弟子達に、「象に触れた各部分は、それぞれ真実実相ではあるが、象という全体をとらえられているだろうか?」と話しました。

全牛の喩え

次の話は、象ではなく牛のことです。登場人物は包丁という料理人の名前で、荘子の魏惠王の篇に記されている故事です。

この故事は、包丁が、中国戦国時代、文惠君王のために丸ごと一頭の牛を料理する様を形容した話しです。

王様の面前で、一頭の牛を解体するのですが、彼が自在に操る包丁の動きは、牛の身体の部位に沿って、頭から尻尾まで流れるように切り刻んだという。

肩ロース、サーロイン、前バラにハラミ、ウデとスネ、内モモに外モモ、テール等、肉を切るときは切る部位だけを見て、牛の全部を解体しても、全体を見ることはなかったという。

部位しか見ないで、全体は見なかったという。それでいて、流れるような包丁が動く様子は、まるで踊っているようであったということです。

彼のよどみなく流れる手さばき、身体の動きが、手の触れるところ、肩の動くところ、足の履むところ、膝の曲がるところ、包丁を付ければスラリとスラリとさばかれてゆく見事な包丁さばきに見えたようです。

まるで、包丁には、骨と肉の境目が、肉と肉の境目が見えて、その隙間が見えて刀をそこに入れば、力のいらずに結合したものが分離するようでした。

その境目を、彼は余地とも呼んでいました。

私たちの人間界にも、自然界にも、どんなものにも物と物との間に、余地が見えることが包丁のように見えているはずです。

そんな様子を見て、文惠君王は、「あ、善いかな、善いかな。技というものはここまでにいたるものなのか」と、褒められたということです。

すると、包丁は刀を置いて、答えた言葉が、この全牛の故事を確かなものにしています。

「臣(包丁)が好むところのものは道なり。枝よりも進みたり、始め臣の牛をさばくとき、見るところ牛にあらざるなし。

未だ曽って全牛を見ず。今のさばきかたにいたって、臣、心の手と相合って、眼を以って見ず」と話したそうです。

牛の発達と同時に備わった筋肉の筋に逆らわないで、自由自在に刀をただ切るべきところに動かし、決して力を使って、切るということはしませんでした。

ここに到るに19年が経っていたそうです。しかも、これまでに数千頭の牛を各部位に解いていますが、包丁の刀の切れ味は少しも変わっていません。

鍛治屋さんの手で鍛え上げたものですが、この間、砥石で研ぎ立てたこともないと。

ここで物語は、この包丁を「全牛」と呼ぶ故事まで披露していました。

全象は見る、全牛は見ないの故事ですが、全象は象の部分を触れて、各人が一人一人違った部分を触って見て、全象を見ないです。

全牛は、全体を見ないで牛をさばく達人のありようを語り、全牛を見ないし、部分しか見ません。

全象は、象の各部位を触れて象を語る、見るなのでしょうか?

ところで、この全象と全牛の故事は、碧巌録94則にあり、全象と全牛の内容だけを取り出して見ただけです。

部分と全体、木と森の喩えのように、全体を世界や国、主義、人間一人一人、悟りに仏と、もしかしてコロナウィルスにも当てはめることが出来るでしょう。

象や牛は、私たちの日常では、動物園や牧場で見ることができるのですが、この物語を部分と全体から考えたことはありませんでした。

また各部分をいくら、見聞覚知し語ったとしても、全象(全体)を完全に表現することは難しいことです。

象の各部位を触って、全象を見たといえるのでしょうか。全牛を見たと言えるでしょうか。

ところが、この94則では、見も不見も眼のに付いたチリのようなものだと記されています。

しかも、この則の最初には、「全象を全牛を見ないとき、その見ないところを何故見ないのだろう?

もし見ないところを見ることができたら、当然、それは見ないという在り方ではないことになる。

もし見ないところを見ることができないなら、当然それは物(対象)ではないことになる。客観である。

その客観は、それが何故お前ではないのか?と、見ないで見ている者は誰かと問いかけています。

ここに仏教があります。仏教は、「もとより、菩提もともと樹なし、明鏡もまた鏡あらず、本来無一物、いかでか塵埃に染することを得んや」と。
2020.11.01 Sun l l コメント (0) トラックバック (0) l top
開創当時の陽岳寺ご本尊は、恵心僧都作の、お釈迦さまでした。

関東大震災で焼失したのですが、本堂は昭和5年に再建して、昭和6年に本尊十一面観世音菩薩を、妙心寺の塔頭である実相院というお寺の本尊、十一面観世音菩薩と招聘しました。
   
招聘といえば格好がよいのですが、実際には関東大震災で被災して、廃寺より迎え入れたものです。

開創当時のお釈迦さまの脇侍は、文殊菩薩に普賢菩薩でしたが、現在の脇侍は、毘沙門天とお地蔵さまとなっています。

そして十一面観世音菩薩三尊を中心に、向かって左は西に阿弥陀如来立像を、右側は東で薬師如来をおまつりしています。
   
ここから、お寺の創建の由来は、時代の変化によって、変わる続けてもよいのだと、そんな変わり続けることを意識します。

しかし変わらないものもあります。

それが智慧と慈悲なのですが、本尊が変わったことで、智慧と慈悲を、地域深川という特色を含んで、勇みと情(じょう)、情けと考えるようになりました。

ところで、観世音菩薩の観は見(けん)ということです。

しかも「五(ご)蘊(うん)はみな空(くう)と照見(しょうけん)して、一切の苦厄(くやく)を消してしまった」と。

観音様が見たという五蘊は、般若心経というか仏教では色(しき)受(じゅ)想(そう)行(ぎょう)識(しき)です。

色は物質的な現象のあり方総てで、受想行識とは、今の時代では、感情、知覚、意志、意識となります。

ところでこの観音様が照(しょう)見(けん)したという意味は、単なる見るではなく、照らして見るですから、この照という意味は智慧で見るということです。

その智慧は思い込みとか意味ではな、空が照見いうことですので、空にして見るということになります。

私たちが今を生きるということは、つねに心は動いている状態ですから、固定的なものではないはずです。

この空を知ることが難しいのですが、逆に動いている状態を、空と知ることの方が、かえってわかりやすいとも思うのです。

何しろ、動いている状態の反対語は静止の状態ですが、これが空なのかと断定したら、空は遠いところにとらわれてしまいます。

逆に空だから、固定しているものの動いている状態が見えるともいえるからです。

見えるもの総てを、受け入れるということは、なんと自由な精神を含んでいることも考えさせるのです。

頭の中に意味が発生しないままに、見ることができたら、「生きながら死人となりてなり果てて、思いのままにするわざぞよき」、「有りという人に地獄はなかりけり、無しと思える人にこそあれ」です。

智慧と慈悲を、勇みと情・情けとして、これも否定の精神です。情をかけることは勇みをもって、勇みは情を持ってと、ともに否定の精神です。

情という漢字の忄は心で、青はまじわりのないで、いつわりのないことです。

白川静の字統には、性を体として、情をその用とする性情論に人の七情をあげて、本能的なものであると記しています。

七情とは、怒・喜・思・憂・悲・恐・驚という7つの情動です。

怒りは、意識が高揚して心が支配され攻撃心が起こります。喜に支配されると、気持ちがゆるんで深く考えることができなくなります。

思は、思ったり考えすぎたりすると悩みが深くなります。

憂は、心配する、不安になると、鬱屈として心が閉ざされてしまいます。

悲は、涙とも関係し心を浄化しますが、悲しみに暮れると今を悲しみの空間に留めてしまいます。

恐は、恐れですが、過度の恐れに支配されると、外出もできなくなって、他人とも会うことができなくなります。

驚は、「ビックリした」と突然の出来事に対応できずに戸惑うことですが、驚きが記憶に納まると、恐怖になったりビクビクしたりと前向きに生活することができなくなります。

この七情に気づくこと大切なことです。何故なら、もともと心の本体には、七情もないからです。
   
「惜しと思う我が身一つを捨てぬれば 此の世ほどなる樂しみはなし」。
   
また情の熟語から言えば、動静、情実、感情、情意(心持ち)、情欲、心の作用、真情、情趣、情況、世情、風情、愛情、情け、人情を解する心など、心の働きというのでしょうか?

この湧き出でる働きに対するものとして、本性の用と言っています。この本性の理解が難しい。得ることができない。

このコロナ禍で、子ども達も大人もですが、コロナウィルスは、今まで考えることもしなかった命に直面します。

自分も感染するのではないか?子どもたちは、意識しないが恐怖に感染します。ウィルスに感染しないようにと自己意識が強くなると、自分の命が大切なことに支配されるのですから、当然と、他人と区別いたします。そこで、攻撃的になり、他者を排除しようと自然に気持ちがわいてきます。

病院、学校、保育園、居酒屋等々クラスターが発生すれば、また感染者が通いそうなお医者さんの医院を区別するのは、心の中に排除が発生します。自分と違うよと、意識に排除が発生します。

すると、感染した友達に、悪口を言ったり、責めたり、排除しようとします。本当は自分の痛みのように、友達を思いやり、元気になるように願う気持ちが生ずればよいのでしょうが、怖さが強いのでそこに至らない。

そこで、先生方は、思いやりや、ウィルスにかかった人の気持ちになって、コロナに感染した人の気持ちになって、何日も入院したり隔離されたりする人の気持ちを察して、心配して逆に温かい励ましをすすめます。

怒・喜・思・憂・悲・恐・驚の状態にある人に、情をかけるには、自分は正しい、方法があるという強い意志が在っては、情をかけることもできません。相手の心に何が起こっているのか照見してこそ、そっと見つめ、見守ることができるでしょう。

勇みの、単なる勇みは人を傷つけますが、勇みに情を持っていれば、情けをもっていれば、人を傷つけることはないでしょう。誰もが自分が尊い、大事だ、特に命の危機を感じることは、生命誕生より取得したDNAですし、種の起源とも言われるものです。
   
それと同時に種が集まれば、種を維持し続けなければならなくなって、共存の思想が生まれます。
   
力の強いものは弱いものを保護し、知恵あるものは種を導いていきます。
   
そこで、自己否定、自分がない、相手の悩みは苦しみに、相手の気持ちになって接するのですから、自己の意識を持っていては真実とは言いがたいものです。
   
本来無心な自己、空な精神であるからこそ、心のキャンバスに様々な意識が出現し、移り変わっている私の姿を実態として、肯定しているのですが、現実の生活は、否定は肯定によって成り立ち、肯定は否定によって成り立っている事実です。

無心は、そんな自分を飛び越えています。これに変わる言葉は、仏、あるがまま、置かれた場所で咲くと、数多くあります。

「大道(空)は広々としており、歩きやすい、歩きにくいうことはない」と。
2020.10.01 Thu l こころ l コメント (0) トラックバック (0) l top
平成29年頃のことでした。「有るがままを説く如来、あるいは仏」として、数多くの文章を作りました。

それは、まるで自然のように、有るがままのように、世の中も自分も共に、大きく変わってきていることを実感しはじめたからです。

無常を説く仏教にとって、有るがままは、当たり前のことなのですが、この当たり前のことが、有り難かったり、奇跡であったり、失敗したり、また何でもないことでもあるのでしょう。

悪夢であったり、思いがけないこと、戸惑ったり、くやしかったり、落ち込んだりと現実の厳しさに直面することもあります。



有るがままに、善くも悪くも左右されるのも、有るがままでしょうか。

普段、私たちがよく使う言葉に、「有り難う」がありますが、この言葉は、滅多にないから有り難くと意味するのですが、思いも及ばずに、普通の挨拶になっているのが日常のことです。

普通、滅多にない善いことも悪いことも、奇跡であり、偶然のことです。当たり前とはこのことをいうのですが、これは日常のことです。

頭の中では「明日がある」と思っていなければ暮らせないし、明日は会社が早い、用事があると作られた予定に合わせているのですが、本当のことはわからないなどと、思って暮らすことはできないのです。

身体のことも同じです。眼耳鼻舌身意とありますが、それが普段通りの働きをしていることに何の疑問も持ちませんし、当たり前のことです。

落語で『心眼』という話があります。目の不自由な人が女房をもらいました。

夫は、暮らしの中で、うちの女房は心優しい素晴らしい女房と思って暮らしていました。

でも、顔を見ることはできませんでしたが、妻は、さぞかし美人だろうと喜んでいました。

あるときのことでした。お医者さんに、夫の目が見えないことを相談したところ、お医者さまは、何とか見えるようにしてみようと、手術をして、薬を飲んでもらって、治療の甲斐あって目が見えるようになりました。

初めて愛しい妻の顔を見ました。すると美人でなかったという話しです。

肉眼にとらわれるから、真実を見ることができないと、落語にも教訓として語られています。

夫は、眼が見えないときは妻と暮らして幸せだった。

眼が見えるようになって、不幸せになったのか、目が見えなかったときは、妻の心遣い、言葉遣い、気遣いが見えたのに、目が見えるようになって、見えなくなったという。

心眼は、心の眼で見よということですが、般若心経では、さらに、無眼耳鼻舌身意と語ります。

眼なくして、耳なくして、鼻なくして、舌なくして、身体なくして、意なくして、見て聞いて嗅いで味わって感触し思いなくして、生きろと言います。これもあるがままです。

「言うものは知らず、知る者は言わず」と。「見るものは知らず、知る者は言わず」もあるのでしょう。

私が、若かりしとき、修行の道場で師匠に、よく言われた言葉です。

意識は対象によってめまぐるしく活動して、思いもしないことが言葉で出たり、つい人を傷つけたり悲しませたり、だますことになったりと、嘘ついてしまうこともあります。

人間がため込んだ知識は、あくまでも知識であってそれが正しい内容なのかはわからないものです。

しかも、知識は忘れてしまったり、古ぼけてしまったり、変わらないものは何かと探し回っての旅は続きます。

それも生きるということなのだろうなあと、切りがない。

新聞やニュースの情報も、伝え方によっては、明日は違うと、心得るべきでしょう。

それとも、今日は今日と、割り切っての知識か?言うものとは、言わずと知れた知識でしょう。

知識を誇るものですが、知識をいくら知っていても、そのことが人間として高みにあるとはいえない事実です。

人間がため込んだ知識は、つい喋りたくなります。速く使わないと時代が変わってしまうし、また忘れてしまうものです。

では変わらないものは何か?変わるものは何か?

昆虫や植物・動物を観察しながら、語っていることを見れば、日々に生きゆく姿、日々に死にゆく姿です。

しかも、体内ではそれぞれに活発な営みがおこなわれている。

人が亡くなって、何で髭が伸びるのか、爪が伸びるのか、意識なく最後の生を身体が営んでいるのか?色が変わるのか、骨となってしまうのかと、知るものは言わず。

では、語らせるのは、誰なのでしょうか?

自分であったり、他者であったり。

さてこうした、矛盾した言葉を、巧みに使ってお話しができる人を、言葉の恐さを知っている人だと気づきます。

それと同時に言葉の恐さは、人の意識が誕生するところから始まります。

猫や犬など動物には、意識がありませんので、犬や猫が、最近はカラスや猿など、人間のものを奪っても、罪の意識は持ちません。

これは罰することができず、罪や犯したことに関して罪悪感もないのです。

人間だけが、意識を持っているからです。

私はいやだ。私はすきだ。おいしい。まずい。したくない。面白い、つかれた。遊びたいと、次々に意識が言葉となって出て来ます。でも要注意です。

何故か。

ものを見て聞いて、思うこと考えたこと、あるいは望んだこと、あるいは嫌悪したこと、これも、やがて言葉として口から出て行くものですから、注意した方がよいでしょう。

何故か。その口からでていったものは、やがてあなたの行為となって現れてくるからです。これも要注意です。

この行為について、フランスの現代舞踏のピナ・バウシュは、「何が人を動かすのかに興味がある」と言っていました。

これは、お釈迦さまが「行為によって私がある」とも言った通りのことです。だから行為となることにも要注意なのです。

何故か。

やがてたびたびに現れて習慣となっていくことがあるからです。

その習慣になっていったものは、意識が起きる以前となって染みついて、癖や性格になるものです。

だから、くせや性格になってしまったものを注意しましょう。

何故か。

それは、いつか、突然に運命となって、私たちが考えたこともない方向に導くことがあるからです。

その点、歴史の中で繰り返してきた古いしきたりは美しい。

お塔婆を立てるのも、戒名をもらうのも、千年以上の歴史の中に、しきたり通りの、生死の繰り返しだからです。日本ってそんな国でした。

お墓にお参りするのも、お線香を灯して、お花やシキミを献じて、水をそそぐ。

相撲では、塩と水ですが、これは神道から伝わったものですが、お墓に塩を盛ることもありますし、お酒も人によって今もあります。

お参りも、自分からしているようで、実は古来からのしきたりどおりに、やらされているのですね。

自分がしていたと思っていたら、やらされていた。

やらされたことを、自然と自分自身からしていた事実にビックリし、従うがままも、あるがままです。

自分の意志と思っていても、亡くなって納められたお墓からの声に動かされて動くも同じことです。

動いて動かされ、動かされて動くと。

突っついて、突っつかれ、突っつかれて突っつく、卵からひよっこが誕生するのも。

植物が芽を出すのも、花が咲くことも、人の行為も。

和ッショイと、啐啄同時が、江戸深川の伝統です。
2020.09.01 Tue l うつつ l コメント (0) トラックバック (0) l top
白隠禅師の坐禅和讃の冒頭から、下記のように語っています。

《衆生本来仏なり、水と氷の如くにて、水を離れて氷なく、衆生のほかに仏なし。
衆生近きを知らずして、遠く求むるはかなさよ。
譬(たと)えば水の中に居て、渇(かつを叫ぶが如くなり。
長者の家の子となりて、貧里(ひんり)に迷うに異ならず。
六趣(ろくしゅ)輪廻(りんね)の因縁は、己(おのれ)が愚痴の闇路(やみじ)なり。
闇路に闇路を踏(ふ)みそえて、いつか生死を離るべき。》


これを和訳すれば、

《われわれは、もともと仏と同じ本質をもっている。たとえば水と氷のようなもので、氷の溶けたものが、水であるように、自我への妄執が溶けて消え去った自己ですので、迷える人間がそのまま仏に他ならぬ。

それなのにわれわれは、仏は自分の心のなかにいることを知らずに、遠くに仏を求めているのは、何と儚(はかな)いことであろうか。

それは水の中にいてのどが渇いたと、訴えるようなものです。

この氷を、様々な居場所に置き換え、水を今の自分と置き換えてみれば、自己とは何と多様な器だったとわかると思うのです。

六種とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上のという人の人生にとっての今の歩みや居場所を象徴とする道ですが、その道を生まれ変わり死に変わり、巡り巡って移り変わることを、輪廻転生といいます。この巡り循環する原因は、自己への深いとらわれです。

ここに、見る・見ない、見える・見えないがあり、それを「自己が自己に迷っている」というのです。妄執に妄執をかさねてゆき、いつか迷いの世界を離れるべき]》だと。

この最後の、「いつか迷いの世界を離れるべき」と白隠禅師は書いていますが、なかなか、離れられない宿命のようなものを、人は持っています。

生きるということは現象との出会いですので、次から次へ、今日から明日へ、居場所から居場所へと、そのつど、そのつど変化しながら人は生きています。

そこで、生死とは、生と死ですが、生を水に、死を氷とすれば、生を離れて死はなく、死を離れて生はない。

生は死を含んでいますので、ただ生きれば良いだけです、死を含んでいるのですから。

死ぬ時間はわかりませんので、ただ生きるだけ。死は生を含んでいるのですから、ただ死ぬだけ。

衆生とは私のことですから、私のほかに仏はいません。仏とは私のことです。

生死を楽しみや苦しみ、生をただ生きることに、生を求めれば生は苦しみの元になり、死を求めれば生が苦しみの元になります。

白隠禅師は、「闇路に闇路を踏みそえて」と、闇路を苦しみや悲しみにしてみれば、苦しみ悲しみを歩むことは、いつか苦しみ悲しみから離れる道だったのだと言っています。

このコロナウィルスによる現在の状況は、日本、いや世界の人たちにとっても、「闇路に闇路を踏み添えて」と譬えることができそうです。その闇路の先に、生きるか死ぬかの闇路として、「いつか生死を離るべき」と願っているような気もいたします。

志樹 逸馬詩集に「鍵」という詩があります。

苦しい時には 苦しんだがいい
悲しい時には 悲しんだがいい

ということばが
何時か 私を解放する
唯一の鍵になっていた。

この詩も、不安と恐怖、苦しみや悲しみという闇路の一歩が、確かな歩みとなることを教えてくれます。

志樹 逸馬は、大正6年7月11日、山形県鶴岡市に生まれました。

13歳、小学6年生のときハンセン病の診断を受けて、何も知らされずに現国立療養所多摩全生園に入所します。
生涯にわたってハンセン病患者として生き、昭和34年12月3日43歳で亡くなりました。没後、62年になります。

生前から詩が秀でて、「涙」という詩には、
涙をふくな ながれにまかせよ
透明な冷たさをこそ わたしは愛する

彼が病室にいて、「こうして病室に入り、すべての人から遠ざかった位置に置かれてみて、人は、はじめて、ほんとうの手紙を書けるようになる」という詩を読みました。

ハンセン病に出会ったことで、苦しみと悲しみが自己を解放することで、ほとばしるように詩に託した生が開けてきたということでしょうか。

素晴らしい生を全うしたと、人生ってわからないものです。


『念仏三昧宝王論』というお経には、『世の中のことに、苦しみのないことを願うことなかれ』とも、記されています。

苦しみのないことを願ううちは、苦しみから逃れることは出来ません。

法華経には、『常に悲感をいだいて、心、ついにめざめたり。(常懐悲感 心遂醒悟)』という言葉を見つけました。

悲観から苦しみが生まれ、苦しみから、苦しみから希望がわくのか?

将棋の世界で藤井聡太棋聖が、中学生の頃でしょうか、まだまだ上には上があると、自身を未熟と思い語った言葉があります。

「強くならないと、見えない世界があると思う」です。強くなるためには、精進や努力、怠らないことも、苦悩や頑張りの上に見えない世界があるのですが、至ってみれば、見えない世界は、見えた世界で、まったく別のものなのでしょう。


次に、白隠禅師坐禅和讃には、「布施や持戒の諸波羅蜜、念仏懺悔修行等、その品多き諸善行、皆この中に帰するなり」。

布施は与えることですので、気持ちを人に伝えることも含まれています。

楽になるように、和らぐように、何かを求めるのではなく、傷つけるのではなく、不満を口にするのではなく、このコロナウィルス下に生きる人々に対し、大切に思いやり生きることを願うことです。

ステイホームは、閉じこもるだけではないはずです。

仏壇は、独り願う場所であるなら、対象は仏壇の奥には、広大な世界とつながっているはずです。

ステイホームで時間を共有する総ての人が、生き抜くことを願ってもよいのです。

願いは対話の一つですので、とても大切なものです。

苦しみと、その苦しみから救われるようにと求めるところに苦しみがあるならば、生き抜くことを願うことは、苦しみの相対する世界から離れていることに気づくはずです。

闇路を生きて行く人に対して、「まだまだ」とその闇路を歩きながら、その闇路こそが生きる遠くに離れていたことに気づくからです。

苦しみも楽しみも、生も死も忘れて、この状態を、無心や空に置き換えてみました。
2020.08.01 Sat l こころ l top
憲法に平等が記されているのは、第十四条と二十四条の二項のみです。

第十四条、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」。

第二十四条、「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と。

十四条の「法の下に平等」と書かれているのですが、法とは憲法という言葉が該当するのですが、平等という概念の構造については何も書かれていません。

憲法が考える平等については、人格的価値と両性という生の違いのまま平等としつつも、各個人の事実上の差異に及べば不平等や不合理が生じ、機会均等的平等も形式論となります。

一人一人の命の重さは平等という概念、一人一人性別も生まれも生い立ちも考え見方も、能力の差も、DNAも違うのに平等なのだろうか。

「家族の中でも、お兄ちゃんお姉ちゃんがいて、僕がいるのだが」平等なのだろうか?伝えにくいですよね。

この問題に関して仏教の見方は、同時という見方で答えます。

僕が生まれたことで、お兄ちゃんやお姉ちゃんが同時に誕生したと。

つまりは異なることで、同時に結ばれていたと。

だから僕が生まれたことを根拠にしてお兄ちゃんやお姉ちゃんが同時に誕生したことですが、ここに平等があります。

違いを不平等にしないために、お兄ちゃんお姉ちゃんという居場所は僕が生まれたことで、この関係が同時に誕生したことだったからです。

この関係でいけば、お兄ちゃんが先、お姉ちゃんが先はなくなります。

関係性の維持には、違いを認めることと、平等とは、時間の平等、場所の平等も含んでいることを知ることです。

小学校でも、一クラスの中で子ども達男女が勉強し、クラスという仲間を形成します。

ここにも同時と暮らすという居場所によって平等が説明できます。

A君B君C君……の一人一人がクラスを根拠にしてなり立っている関係、クラスも、一人一人を根拠にして成り立つクラスの関係です。

ですから30名クラスで始まったら、一人欠けることでクラスに亀裂が生じ、29名という新たなクラスになります。

この欠けた児童にとっては、存在の根拠が失われてしまうのです。

このクラスにとっての平等とは、一人一人の様々な個性や違いによって成り立っていることがわかれば、その違いを一人一人が認めて、共にという共通の歩みを、一人一人の異なる歩みによって描くことを行為することです。

そして先生も、子ども達を根拠にして、居場所時間の場所の分担制役割があるのですから、クラスはそんな関係で成り立っていることになります。

これを平等は差別(違い)によって成り立ち、違いは平等によって成り立つという、互いに根拠としながら、矛盾によって成り立ちながらも、矛盾を矛盾と感じられない、そんなクラスであって欲しいのです。

この関係性を見るためにも、見る、見る見えないという見方が大切です。

見えない見ないは、子ども達の個性や特性、資質も、あるいは自宅の環境もあるかもしれません。

違いがあってこその平等を見えないけれど、見つめて欲しいのです。

みんな同じとは、命あるものとして、また地球は特定の国に生まれ住む、もしかして文明がさらに進化して、宇宙をまたぐようになれば、銀河に生かされて生きていたと自覚できるでしょう。

クラスから地域に、地域から国に、世界に、地球に、太陽系から宇宙の果てまで続く生命体として、平等の概念は、永遠という時を含んで、一瞬という個的な確実な具体的な時しか持たない人間として生き続けるということは、実は命は世代を超えた命に通じるのではないかと確信しています。

家族関係を、両親や祖父母、いや時間的にはもっと遡ってみれば、今の僕の命は、この関係において選ばれ恵まれて命を持っていたことに気づきます。

命の大切は見えないけれど、この事実に気がつかない、見ないと。

そして命とは宇宙全体の命の中の僕の命ですので、その命を生かすことは、他の異なる命の違いを見つめることが、全体の命を見つめることになります。そして次の命に託す。

一人一人生きている人も、もしかして亡くなってしまった人も、それならこれから生まれてこようとする人も含まれて大きな命が生きている。

それは、個人個人すべての人が異なっていることに気づいているだろうかということです。

このことを知るためには、どうしても自分の自我の強さに気づき、その反作用として常に自分以外を、人と言ったり、人間と言ったり、特別の思いをもって友と言ったり、その自我の形成が、他者を区別するからです。

このことから平等とは、区別を持って、異なることをもって、違いがあることを認めるという作業を自らの中に課さなければならないということです。

神のもとに平等という見方もあるなら、神こそが平等の本体のはずです。その神を大きな宇宙とか命とか、考えても良いでしょう。

ところが特定の神を信ずる人々は、自分の信じる宗教のみが正しい教えだと妄信します。ここから対立するものを作り上げていきます。

何故なら神の根拠は一人一人の民にあり、一人一人の民の根拠は神にあるからです。ここに私という根拠もあります。

すると私が居なければ神はいないのか?と疑問を持つでしょう。もう一つの問いは、私が居なければ平等はないのかと?

次の問いは、神を永遠という命に代えてみれば、更に平等の代名詞である、「諸行無常・諸法無我・涅槃寂静に代えてみればどうでしょうか?

ここで金剛半伽経の「法なお捨てるべし、いかに況んや非法をや」と、非法とは我々個人の物を対立させて見る判断です。

仮に有るけれども本当はない。必要として有るとするけれども、本当はない。

だから仮にあるとも。 その仮にあるものも永遠にあるわけではありません。

自分も年令によって変わり続けているのですから、今の姿は仮の姿ですが、一瞬からいえば有るが、永遠ではない。

このあり方はすべての人間にとって永遠に平等という一瞬なものです。だからこの一瞬にこだわってもいけない。

命も同じようにこだわることで、苦が生まれます。

生きているという一瞬を自覚できれば苦は生じない。そんな生き方が見えたら、平等がみえてくると思っています。

締めとして、一瞬は一瞬を忘れて一瞬に生きるからです。見は見を忘れ、不見は不見を忘れる。
2020.07.01 Wed l うつつ l top
この新型コロナで、ふと考えた。

社長の体は、社長だけの体だろうか?

医師の体は、医師だけの体だろうか?

総理大臣の体は自分だけの体だろうか?

私の体は自分だけの体だろうか?

夫としての体は自分だけの体だろうか?

子どもの体は子どもだけの体だろうか?

友人の体は友人だけの体だろうか?

会長としての体は自分だけの体だろうか?

自己にまつわる居場所としての自分の体は、自分だけのものだろうか?と。 こんなこと考えもしなかったけれど、だからこの体を大事にしたい。

矛盾することもあるけれど、それでも大事にしたいと思うことが、この新型コロナで浮き上がる。
2020.06.01 Mon l つぶやき l コメント (0) トラックバック (0) l top