天気予報の気象図を見ると、日本列島は、毎年繰り返して、寒気と暖気のさかい目にあることを、つくづく考えされられる。

しかも近年は地球の温度差の影響が強く、これは日本を取り巻く南の海水温度が高いことと、北極に生ずる冷たい気流の境目に沿って流れる偏西風の影響です。

そしてさらに、日本列島の下には、太平洋プレートやユーラシアプレート、フィリピン海プレートの境目にあり、その影響は活火山に地震と、地球の活発な活動の表現するさかい目の現象なのでしょう。

また政治的には、大国であるロシヤと中国に、アメリカや北朝鮮に韓国のさかい目にあるのが日本です。

このさかい目を家庭に移してみれば、妻や夫、親に子供たち、孫、祖父母と、ペットも含まれてあり、さらに学校や仕事場、地域にと次々と移し替えてみると、さかい目はあちこちにあり、何と私たちは複雑な関係の中に生きていることがわかります。

私たちの生活は、人とモノ、人と人、人と決まりごと、人と世界との関係でもあるので、人がもつ対象はめまぐるしくかわり、そのつどの意識は、突然に頭の中に浮かび上がるものです。

そのさかい目に惑わされて踊らされて、大きな事件となって世の中を騒がせているのが、セクシャルハラスメント、パワーハラスメント、モラルハラスメント、パーソナルハラスメント、レイシャルハラスメント、ラブハラスメント、ブッラドハラスメント、アルコールハラスメント、スモークハラスメント、アカデミックハラスメント、ドクターハラスメント、テクノロジーハラスメント、エレクトリックハラスメント、ソーシャルネットワークハラスメント、エイジハラスメント、マリッジハラスメント、マタニティーハラスメント、シルバーハラスメント、ペットハラスメント、スメル(におい)ハラスメント、エアーハラスメント、家事ハラスメント、ラブハラスメント、フォトハラスメント、ヌードル(麺類の食べ方)ハラスメント、オワハラ(終活強要)、ストーカーなどなど、具体的な名前が作られていますが、頭の中の思い込み、刷り込み、など自己の感情や、わき起こる妄想に支配されて飛び出すハラスメント行為です。

しまいに、レリジャスハラスメントは聞き慣れないハラスメントですが、これは宗教関係者が、おこなう苦痛や嫌がらせのたぐいです。

入信を強要したり、自由な退会をたたりや怨霊があるなどと脅したり脅迫する行為です。

以上だけではなく、続々と命名されて出てくる新種のハラスメント、内容を調べてみれば、「あるよね!」と思い出します。

そこで始めて、傷つく人のことを思い起こせたら、セクハラは止まるのだろうと願っています。

これは、特に人を痛め攻撃することで自分を保っている人だけでなく、地位のある人、力のある人、仲間が大勢いる人、優秀な人、盛んな人、すぐれている人、男性女性、子どもも含めて共通な、人間の意識活動への警鐘でしょう。

さらに日本の未来を考えれば、これから、他国の人の助けを借りなければ国が成り立たなくなっていくことを念頭にするならば、なおさらのことです。

長く例を出しましたが、頭の中のふと湧き出す意識のさかい目に気づけば、態度や言葉は出ないのではないでしょうか?止められるのではないでしょうか?

止められれば、人の思いに左右されない、天気に、さかい目に生きる知恵を、さかい目に生きる人間として求められているのではないかと、考えてみたのでした。

そうすれば巡る季節も、四季それぞれのさかい目があることで、野菜に果物、海の幸・山の幸等様々な食文化や様式などを生み出して、季節を楽しんで生きているのが日本人であるともいえます。

さかい目はどこにあるかといえば、人間の心の中に、考えたり、思ったり、気づいたり、発見し発言させることができると考えられるでしょう。

しかも、さかい目は、地球にも、人と人の間にも、人とモノのとの間にも、どこにでもあるのですが、現実は、さかい目だと発言している気象も地べたも、国土もないはずなのです。

それを平等というのですが、その平等は見えない。

さて、平等は、差別によって成り立っていると仏教はいいます。

平等即差別・差別即平等と。平等の根拠は差別にあり差別の根拠は平等にあると。

別の言葉で言えば、平等に自らの根拠はなく、差別にも自らの根拠はなく、共に相手をもつことで成り立っているともいうのです。

さらに平等も差別も矛盾の上に成り立っているともいいます。

違い同志は、互いに根拠はないはずなのです。あるとするなら優劣、大小、多少、長短、狭広、すべて人間がその時代背景によって創り上げた意味ですので、時代と共に変わるものです。

仏教でいう差別とは、区別のことで、違いという意味です。

一人一人、モノとモノはそれぞれ違いによって成り立っていると、それを人間の意識の中で平等とするには、違いを認めるという見方、認識なのでしょう。

しかもその見方認識も意識とするなら、わき起こる意識そのものも別々の違いとなっているのではないか、そんな意識も出てきます。

人は、生きてきた環境の中でつちかったもの、無意識の中ででてくる言葉や行為が、習慣化して癖になっている。

これらについて、要注意の時代になっている。注意しなければ、このことが突然に、悲劇をもたらす。

「私って、コーヒーが苦手なの」、するとコーヒー通が「本当に美味いコーヒーを飲んだことがないからだ」と、でも、それは味覚の問題で、世界には、もともと本当に美味しいもの、究極のおいしさなんてないのです。

「美味い、不味い」は、個人の味覚にすぎない。 そうであれば、「美味いなあ」というのは、個人の感想であり、個人の感想は、その人の意識の中の世界の喜びということになるのでしょう。

大勢の人間が、究極の味と言ったとしたって、個人の感想である限りは対立によって、たまたま作り出されたものです。

人の意識は、自らを正当化する保守の意識、認めてもらいたい意識、上や下という意識、同じだという意識、恥ずかしい意識、頑張ろうとする意識、くやしいという意識、やめてくれという意識、悩み苦しみ……という意識が、対象に関わって登場します。

そのたびに、傷つき、上下という関係の中に居場所を作り、または忘れて生きていきますが、心に傷ついた人の心は、傷ついた時点から始まります。

でも、意識の現れるさかい目があるからこそ、季節の変わり目が美しいと同時に、そのさかい目に順応して生きるたくましさを、日本人はつちかってきたとも思っています。

幼いときから、違いを認める教育が、本当に必要な時代になっています。

繰り返しますが、人間一人一人平等という、でもその一人一人は違いによって成り立っている。

全ての違いがわかれば、あるがままということがわかり、そんな見方が、聞き方が、思いが、表現があれば、世界は美しい。

日本の季節も美しい、あなたの季節も美しいはずなのだから。
2018.05.02 Wed l こころ トラックバック (0) l top
第158回芥川賞が、平成30年1月16日発表されました。受賞した小説は、「おらおらで ひとりいぐも」で、作者は、岩手県東野生まれで、上京し、東京オリンピックの時に結婚、二人の子どもを得て、55歳で夫と死別して、63歳で芥川作家になった若竹千佐子さんです。
小説の主人公の年齢は、若竹千佐子さんより11歳上で74歳の高齢者で、夫と死別し独り暮らしする女性を書いたものです。
若竹さんは標準語を使っていましたが、夫との死別後の生活のなかで、「心の中で、私を励ますもう一人の私が岩手の方言だった。方言だと正直な私が表れた。私は孤独じゃないと思いました」と語っていました。小説の中の主人公、桃子さんは、また若竹さんの殻を背負った人物なのだろうと想像させます。
若竹さんは、ご長男から進められ、小説講座で8年間勉強したのですが、ご長男は母の物書きの才能を見抜いていたようです。そして初めて書き上げた作品が賞を得たのでした。
作品は「老いの積極性を描きたい」と考え通りに、まるで若竹さんが歩んできた道を語っているようでした。若竹さん自身が、「生きてきた経験から青春小説とは対極の玄冬小説」という新たなジャンルまで用意しての登壇でした。
小説の中で語られる言葉は、青森弁なのか岩手弁なのか、その差もわからない私ですが、東北弁のもっている独特の響きが、切迫した心象風景のはずなのに、訛りに引っかかることがもどかしいのですが、かえってそれが、おおらかで土臭い雰囲気をかもし出していたデビュー小説でした。
作品の内容は、夫と死別して、子供たちから独立した74歳の独り暮らしする女性の生活が描かれています。主人公は桃子さんという名前ですが、表相の桃子さんと、桃子さんの内側で語り出す桃子さんのような女性。さらに突然と現れるというのか、隠れていた人も含まれて登場します。
ですから心の中に描かれる、妄想・奇想・内面の言葉が怒濤のごとく頭の中に氾濫し、現実なのか虚妄なのか、死別した夫の言葉なのか、それとも桃子さんの無意識下の言葉なのか、葛藤しつつ老いの身の日常が進んでいくという現実が、迫っていて、それが却って現実性をおびて面白おかしくして内容が進んでいきます。
ところで、早朝、寺の前の歩道の掃除をしていると、必ず何人か、真っ直ぐと前や下を向いて散歩するお年寄りや、犬の散歩をする人たちを見かけます。時に口を動かしながら、モゴモゴして、何を話しているのか、誰と話しているのかわかりません。若い人はカラフルな服と靴で、ジョギングで通り過ぎてゆきます。お年よりは、ただ歩く、そしてただしゃべる。その口から外へと飛び出さない言葉の会話、独り言の多さを改めて気づきました。
先に旅立った亭主が桃子さんに、話しかけてきます。桃子さんの健康を心配して、身体を心配して、心を心配して、未来を心配してですが、時に桃子さんはそれが煩わしくてしょうがない。でも、人が言語をおぼえた意味は、こうしたことにあるのではないかと思えるのです。大昔、狩猟民族とか農耕文化とか、畑や田んぼで、山に芝刈りに、川や海で、山や空や木々魚に鳥たちと話さないだろうか?しかも自由に相手を選べます。口から外へ飛び出さない言葉は、振り返って見ると、こうして文章を書いているのも目には見えない、相手があるからだろう。桃子さんと同じだ。
「おらおらでひとりいぐも」と言いながら、誰もいなくても、孤独でも、本当に一人というのは、眠っているときだけなのかも知れないが、時に、その夢の中に起こさせるものが出ることもあるのだ。
仏教ではというより、現実は、含んでいながら含まれている、選んでいながら選ばれているという相反するものは同時に矛盾を媒介として成り立っています。あっちから見たら、こっちから見たら、あっちに話しかけこっちに話しかけて、時間が過ぎて、疲れたらただ眠る。人は動かされて動き、いつしか動いているのですが、それもあっちから見れば、動かされていた。エッ何って? 時間・場所・対象・意味……にです。
ところで、題名の、「おらおらで ひとりいぐも」は、「私は、私で一人で生きる」なのですが、この言葉は、宮澤賢治の「永訣(えいけつ)の歌」の中の「Ora Orade Shitori egumo」で、「一人で逝くです」。
賢治の妹“とし”の臨終で、妹の最後の兄への願いは、病室の外の雪を、幼い頃から使っていた兄とおそろいの藍茶碗に注いでくれとの願いでした。「おらおらで ひとり逝ぐも」と妹の声。
賢治は、室外の松の枝に積もった雪と氷の層になった雪を椀にいれて妹に飲ませます。
「私は その上に 危なく立ち、雪と水との真っ白な二相系をたもち、透きとおる冷たい雫に充ちた、この艶やかな松の枝から、私の優しい妹の最後の食べものを貰っていこう」とこの雪を表現しています。
賢治は、「この雪が兜率天の食べものに変わって、人のために悩むように生まれてくることを、私のすべての幸いをかけて願った。」と記しています。
妹は「次に生まれてくるときは、こんなに自分に苦しまないように生まれてくるからね」と賢治に次の生を願ったという。このとき妹の苦しみは苦しみながらも苦しみではなくなり、安らかな死を迎えたという。これを色即是空、空即是色と表現すればよいのでしょう。
法華が法華に転じるとも言われています。桃子さんが桃子さんに転じるその様は、「桃子さんの頭の中には、心の中に、意識の中に、口から飛び出さない言葉があふれていました。どうやら声は内側から聞こえてくるのだと桃子さんは知っている。では(亭主への)通路は、あの世に繋がる通路は桃子さん自身の中にあるというのか。そこまで考えて桃子さんはのど奥でひゃっひゃっと声にならない声をあげて笑う。なんじょ(如何)たっていい。もう迷わない。この世の流儀はおらがつくる。――――水を張った雑巾のバケツに映る白い雲、ありがたい。犬の遠吠え、ありがたい。左手人差し指ささくれ、ありがたい。なんだって意味を持って感じられる。それにしても、亭主亡くなって以来、口をついで出るのはそのことばかり。おらの人生は言ってみれば、失って得た人生なのだ。失わなければ何一つ気づけなかった。
引き受けること、委ねること、二つの対等で成り立っている。おめとおらだ。
おらは生きで死んで生きで死んで……気の遠ぐなるような長い時間をつないでつないで……今、おらがいる。そうまでしてつながっただいじな命だ、奇跡のような命だ、おらはちゃんと生きだべが。」
「おらは後悔してねっす。見るだけ眺めるだけの人生に、それもおもしぇがった、おらに似合いの生き方だった。んだも、なしてだろう。ここに至って、おらは人とつながりたい、たわいない話がしたい。……それでほんとうにおらがおらが引き受けたおらが人生が完結するのでねべが。……赤子のように桃子さんは泣いた。」

法要や葬儀など文章作りに追われて、小説など読書することが少なくなりました。興味ある本の購入は続くけれども、なかなか読み進みません。この小説の主人公桃子さんは、作者の若竹さんのデフォルメなのでしょうか?お年寄りにとっては指針になるものです。ぜひ読んで頂きたい。
幻聴も迷いも今の姿だからこそ、素直にその様子が伝わってきます。現実は、苦しめば悩めば、苦しむほど悩むほど、その先に赤子のような純粋なあるがままの姿があることを祈っています。
2018.04.15 Sun l こころ l コメント (0) トラックバック (0) l top
女優の浅野ゆう子さんが結婚したことが、1月12日ニュースとなりました。

所属事務所からFAXを通じてですが、「お互いこの年齢で…とも思いましたが、この年齢だからこそ、互いの健康に気遣いつつ、寄り添いながら穏やかに、これからの人生を歩んでいこうと決めました」と報道されました。

上手いなあと、上手な言い方だと感心し、この年齢だからこそ、こういった言葉がでるのだと思ったのです。

57才で初婚、お相手は一般人というのですが、この結婚が呼び水になって熟年結婚のブームが来るかもしれないし、女優は女優と、ただのニュースなのかも知れない。 この年齢で……、でもこの年齢だからこそと、もしかして背中を押された人もいるのではないかと考えてしまいました。

また、この年齢から先を歩むことを考えれば、2人なれば寂しくない、いや、その先もあるからと考えるのでしょうか。あるいは、もうたくさんと、堅く心を閉じることを選ぶ人もいるでしょう。

でも、たとえ今、心を閉ざしているとしても、その先までずっと思いが続くとは限りません。出会いがあるかも知れないし、結婚して思わなかったことが次々に起こり当惑させることもあるでしょう。

いっそのこと、困難も失敗も、喜びも幸せも寂しさも、それだからこそ楽しいと悟ってみるのもよいかもしれません。そのことが却って人を豊かにすることもありそうです。 本当に一人身でと堅く決めている人を除けば、それなりに理由があるのでしょうが、老年に向かってみれば、何か、寄りそうものがあったらよいと思うのは自然なことです。

しかも寄りそうこととは、お互いに、相反するとは言わないものの、男と女、興味と志向性、育ちや生い立ちまで含めると、違うものばかりの集合体が寄りそうこととなるのです。そこで、結婚とは束縛されるという意味も生まれるのでしょうが、人生を自由に、気ままにと思っていれば、煩わしいものでしょう。

ところで、仏教の縁起観は、結ぶことは分離することで、結合即分離、分離即結合のありようを見つめます。

働くことも結ぶこと、好きなことも結ぶこと、選ぶことも結ぶことです。ですから生きるということは、結ぶことと分離することの、分離することは結ぶことの連鎖の中に成り立っています。働くことは、働かないことの時間によってなり立っていたことを沸き立たせくれます。

必ず、人間は相対するものを作り出していますので、この相対するもの双方に気づいてみれば、転換できるし、相対を消し去ってみることもできるはずです。

自由でいたいと、自由という語言の意味は、「自らに由る」です。自らという部分と、由るという意味が合体したもので、現実の私は自ら以外のものによって成り立っていることを浮き立たせているからです。

趣味にしても、その趣味によって、仕事など何らかの束縛されていた自分を、違うものによって成り立たせる手段の意味を持っています。

自らに由るものが、思うことに由る、言われた言葉に由る、化粧に由る、仕事に由る、趣味に由る、友だちとのひとときに由る、結婚に由る、子どもに由る、老いることに由る、別れに由ると、由るものが移り変わることで成り立っている自分を知るということが、人のあり方なのだと見えてきます。

何故に自由が「自由」という熟語なのか考えさせられます。これは、仏教の言葉だったからです。 由(よ)るという相対する意味を、居場所や立場、ステータスなどの地位、これは無数にあります。

その都度その都度、祖父母になったり、両親になったり、子どもになったり、友だちになったり、相談相手になったり、買い手や売り手になったり、結局、由ることがなかったら、人は生きていけないのでしょうか。

寄りかからない生き方をしても、その寄りかからないことに由って生きるわけですから、ややっこしい。

動物はそんなこと考えませんし、思うこともないし、反省することもないし、寝るときは寝るし、休むときは休むと徹底しています。今を生きているというか……。

浅野ゆう子さんの結婚に戻りますが、お互いこの年齢ではと、非定型の言葉ですが、その非定型の年齢を肯定に代えてゆく言い方、同じ年齢でも、相反する内容を織り交ぜながらの新しいことへの宣言でした。

よく考えれば理由になっていないし、それこそ結婚にこだわらなくてもよい。

この例えは、人は幾つになっても、何かを抱えていても、今の自分の状況が、自分の背中を押してくれる励ましの言葉に通じていたことを教えてくれます。いつでも私は挑戦できるのです。

この否定を肯定へ、マイナスをプラスにという発想は、無数にあります。相反するモノだからこそ、古いものから新しいものに、新しいけれど古いものからと。小さなものから大きなものへと、入ったり出たり、押したり引いたり、進んだり下がったり、動いていたと思っていたら動かされていたと、評価できるものがあるのは当たり前ですが、そのことを出発点にすることで、人はよく生きることも、生きられないこともある。

「言語は事実を表現するものではなく、事実に対する見え方を表現するもの」と認知言語学で言うそうです。人が、相対するもの、出来事や人間を語るには、語る人の見え方を話しているにすぎないと言うことらしい。

だからこそ、この認識に関しては無限の可能性を秘めていることに気づくことで、マイナスからプラスに転ずることができるようです。 この意味では、相反するモノ、対立するもの、反対のもの、対象的なもの、排除し合うもの、対局とするもの、逆なもの、意味も形もふくめて、多くのことに気づくということが、生きる智慧で、お釈迦さまの教えです。

詩人のまどみちおさんに、「もうすんだとすれば」(まどみちお全集1992年理論社)という詩があります。

もうすんだとすれば これからなのだ / あんらくなことが 苦しいのだ 暗いからこそ 明るいのだ / なんにも無いから すべてが有るのだ 見えているのは 見えていないのだ / 分かっているのは 分かっていないのだ 押されているので 押しているのだ / 落ちていきながら 昇っていくのだ 遅れすぎて 進んでいるのだ / 一緒にいるときは ひとりぼっちなのだ やかましいから 静かなのだ / 黙っている方が しゃべっているのだ 笑っているだけ 泣いているのだ / ほめていたら けなしているのだ うそつきは まあ正直者だ / おくびょう者ほど 勇ましいのだ 利口にかぎって バカなのだ / 生まれてくることは 死んでいくことだ なんでもないことが 大変なことなのだ

  ……矛盾に気づくと、人はたくましく生きていくのだと気がつくのです。
2018.02.01 Thu l こころ l top
中国で、達磨大師から三人目の祖師が、三祖僧璨禅師です。

信心銘という文章を残しています。

冒頭の文は、信心銘の中の一文です。毎朝この文章もお経として唱えています。

現前は、今という一瞬のことで、その現前に対し、順縁であっても、逆縁であっても、そのどちらでなくとも、今をかかえて生きろというのです。

鎌倉円覚寺の横田南嶺老師は、(こころころころ:青幻舎)と語っていました

《お釈迦さまは、一番信頼していた弟子の舎利弗と目蓮を、自分より先に亡くしてしまいます。

とりわけ目蓮尊者はひどく暴行を受け、最後は身体の姿形がわからないほどでした。

お釈迦さまは「目蓮ほど修行をした人でもそんな目にあってしまう」と涙を流されたそうです。

お釈迦さまでも、あらゆる人の病気や災難を全部救うことはできません。

どうにもならないものをかかえて生きているからこそ、人の苦しみを我が苦しみとして受け止め、寄りそう慈悲の働きがでてくるのです。》
2017.12.01 Fri l こころ l top
人々の死を迎える環境が大きく変化して病院などで死を迎えることが多くなりました。

以前は、自宅や家族に看取られ、心安らかに往生することができた時代があった。

二世代三世代家族同居という家庭は、都会ではほとんどなくなって、夫婦2人が子供育てその子ども達が独立すると家を出て行き、老夫婦2人となって最後を迎える。

 家が、家族が世代を継いで住むという意味はなくなり、一世代にとっての家であり、その使命が終われば、売買の対象となるか、あるいは取り壊し、売却となり、誰か他の世代が住む家となることが多い。

とくに行政の集合住宅やマンションなどだ。  世代をつないでいた家にとっては、つなぐ過程に死の臨床が知らず具わっていたともいえるのではないか?

今、かすかに残されているのは、病院や施設での家族の看取りである。施設や病院で危篤となり、病院から家族に近況の知らせが届いても、見取れた家族は、以外と少ない。

 「間に合わなかった」という言葉を幾度となく聞いて、「年齢を重ねて、動けなくなった高齢者への見舞いは、病院から帰るたびに、「一期一会、いつもこれが最後かもしれないという時間を過ごしているのでしょうね」と、言えるだけです。

しかも、死者となった子供や親族にとって、「見取れなかった」その意味を考えることさえない遺族もいるのです。

自分に死がいくらかでも見えるような、そんな年代になったなら、死を学ぶ意味で、この人生相談の意味は大きいと思うのですが……

 平成26年5月21日の毎日新聞の朝刊に掲載された、人生相談です。

《 夫はカメラなど自分の楽しみを見つけ、パソコンに向かってばかり。旅行に付き合う気持ちはないようです。両親をみとりました。愛情を注いだ娘や孫たちは、今、忙しそう。好きだった読書も目が疲れます。
寂しくてつまらなくて、どうしようもありませんと、70代・女性の相談でした。

 この相談に、作家の白川道(とおる)氏が語っていました。
『老いてからの寂しさやつまらなさ。貴女(あなた)の抱える悩みは、貴女に特有のものではなく、貴女と同世代の大多数の方たちが抱える悩みでもあるでしょう。

特に昭和の時代で育った人たちに多いのではないでしょうか。

 あの時代は、誰もが生きることに必死で、そうした自分を慰めてくれる家族形態というものがありました。

しかし豊かになるにつれて、個人の主張や幸せが優先されるようになり、核家族化現象が加速されてしまった。

今、老いた人たちが味わう寂しさは、いわば必然の結果と言えるのかもしれません。

ご多分に洩(も)れず小生もそのクチなのですが、幸いにも、小説を書くという仕事をしているせいで、その寂しさは小説を書き、その小説のなかの登場人物と会話することによって、解消していると言えます。
 この歳(とし)になって分かったことがあります。

それは、人間というのは老境に入って、やがて死を迎えるのではなく、その前に無境という心境があるのではないか、ということです。

虚無という無ではなく、欲得や執着から解放される心境のことです。

すると、それまで思い悩んでいたことがうそのように消えて、周囲を静かな目で見られるようになり、他人を許せるばかりではなく、自分も許せるようになる。

そしてそのご褒美に、過ぎ去りし日々の楽しかった出来事の数々の記憶がもう一度蘇(よみがえ)るようになるのですね。

大丈夫ですよ。寂しさやつまらなさなどは、いっときのこと。貴女にもいずれ無境のときが訪れますから』と。


哀しみ、孤独、寂しさ、つまらなさ、無感動、ひとりぼっち、不安、疎外感。 原因は、つながりや関係、絆に、結びつきです。

仏教はその結びつきを、関係そのものを心といいました。そんな心を、心のままに解放することで、自分というとらわれをなくすこともできる存在であることを、釈尊ブッダは伝えたかったのです。

結びつきによって、今の私の寂しさやつまらなさという原因があるなら、逆にいえば、自分はそれだけ、寂しさやつまらなさで、自分以外と結びついている結果のはずです。

壁は自分自身の中にあります。

欲望や執着とは、その繋(つながり)が咲かせる泡のようなものです。

華厳五教章という仏教書に、「心に寂しさやつまらなさが生じたとき、必ず、心が無性であることで、寂しさや空しさが生ずるのです。欲得や執着は、本来無性という海の表面の波のようなものです」と。

自性即ち無性なることを悟れば、すでに戯論を離れていると。

無性に怒りがこみ上げてきたり、無性に可笑しかったり、無性に苦しかったりと、無性に楽しかったりと、心は、無性ゆえに作用されるものだからです。

その怒りや苦しさ、楽しみや可笑しさを、持ち続けないで、一時一時受け流していくことこそ、老いたものの人生経験という宝物です。

それは、悲しみは悲しみのまま、楽しさは楽しさのまま、一刻一刻生きることこそ、欲得や執着を否定するのではなく、欲得や執着こそ、どんな時にも、人は自己以外と繋がっている絆の確信であり、生きる力そのものだったのです。

感謝とは、その繋がりの表現であり、自分に振り向けた廻向だったのです。「有り難う」と。
2017.01.15 Sun l こころ l top
昨年の9月始め、孫をさずかった。

見ているだけで、幼子は可愛いものだが、自分の孫であることは、成長がつぶさに見れてさらに可愛い。

10月のことだった。孫の母親が、保育所に子どもを迎えに行ったとき、よその子どもに視線を注ぎ声を掛けたのだろうか?

孫の様子が突然に変わったらしい。詳しいことは聞いていないが、その様子を想像するだけで、喜んでしまう。

そして、息子から「子供が嫉妬をおぼえた」と報告を受けた。

嫉妬、自然なことだと、その意識を体験した子どもには、まだまだ理解できないことだ。

子どもと母親は一体、深く注いでくれている愛情を一身に受けている子供だったはずだ。

信心銘という文章には、「能は境によって能たり。境は能によって境たり」とある。

能を子どもに書き換えてみれば、「子どもは母によって子ども。母は子どもによって母」と読める。

子どもの根拠は自分にはなく母にあり、母の根拠は子どもにあり、共に、自分自身には母も子も根拠がない存在を一心同体という関係だ。

信心銘は、能を平等や自己に、境を差別や他者に置き換えるのだが、母は、妻や子ども、友達や仕事をする姿になることが子どもには理解はできないからだ。

「孫が嫉妬をおぼえた」と聞いて、そうか、人間はこの頃から嫉妬をおぼえはじめるのかと知らされた。

そして死ぬまで、ないしは死の近くまで嫉妬が発生する意識を持ち続けているわけで、自分の嫉妬に気づかないことは一生左右させられることになる。

嫉妬を理解してみれば、嫉妬は向上心やいたわりとして大きく成長する道具となる。

嫉妬がなければ、人は大きくなれないからだ。

仏教では、「煩悩そく菩提」と言うではないか?
2016.11.08 Tue l こころ l コメント (0) l top
親のことなど普段は考えたりしないものの、突如として考えなければならないことに遭遇するときもあります。

独立、結婚、親の突然の死と。

親は、子供の胸の内は、よく分からないものと、はっきりと言います。

それは自分のことも知りようがないと思っているからです。

自分のことを分かって欲しいと思う子供にとっては、親は「お前のためを思って、考えているから」と、親の欲求は親が死ぬまで子供という存在です。

ただ家庭では、何となくそれが分かっている場所なのでしょう。

お前のことは誰よりも分かっている。なぜならお前は、俺の子供だからだと。
その親も、本当は自分のことなどわからないのです。

ところが、子供が痛いと怪我をすれば、悲しめば、親は自分を忘れて子供の痛み、悲しみになれる存在です。

ところが親はそんな存在であることをわかっていない。

そのことに気づけば親の中で、親という居場所なくなるのに……

親のカラを飛び出して、子供含んで自分の存在はあるという、子供の行為すべてが実は親自身の姿であるのに、それを理想としたりすることで、また親の所有欲が出てきます。

親にとって、子供は無二、二つと無い存在です。

ただそれだけ。なぜなら親の根拠だからです。しかもその根拠はないところに親は居るのです。

ただ家庭では、何となくそれが分かっている場所なのでしょう。

お前のことは誰よりも分かっている。なぜならお前は、俺の子供だからだと。
その親も、本当は自分のことなどわからないのです。

ところが、子供が痛いと怪我をすれば、悲しめば、親は自分を忘れて子供の痛み、悲しみになれる存在です。

ところが親はそんな存在であることをわかっていない。

そのことに気づけば親の中で、親という居場所なくなるのに。

親のカラを飛び出して、子供含んで自分の存在はあるという、子供の行為すべてが実は親自身の姿であるのに、それを理想としたりすることで、また親の所有欲が出てきます。

親にとって、子供は無二、二つと無い存在です。

ただそれだけ。なぜなら親の根拠だからです。しかもその根拠はないところに親は居るのです。
2016.09.23 Fri l こころ l コメント (0) l top
仕事が好きだった。生活の土台でもあるのでしょうが、それ以上に仕事が好きだった。

仕事の中味に誇りを持っていたことがうかがえます。

当然、子ども達にとっては、仕事を抜いた父に接していたことになるから、「お父さんは、どんな人だった」と聞くと「頑固!」といった。

「こうなることだったら、もっと話をしていればよかった」という。

「父親と面と向かって話すことも照れる」とも。

そう、頑固って家庭の中の父親の居場所のような気がします。

家庭って、本当はみな違う意見を持っているのに、その違いをそれぞれが容認している場所でもあるようです。

その特色は、違いが分かっていてもその違いを攻撃したり非難したりしない場所として、有ってないような、無いようでいて有る、矛盾した場所のような気もするのです。

だから家族のコミュニケーションも、無いようであって、有るようでない。

家族それぞれ別々の方向に向かう起点なのか、これも矛盾している場所。

落ち着くと言えば落ち着くし、ひょっとして渾沌とした場所なのでしょう。

子供が親に叱られて、出て行けと言われ、出て行ったけれど、戻るに戻れないにもかかわらず、戻ってくる。

親は怒っているにもかかわらず怒る自分を見つめ、受け入れる自分を受け入れる。

そんな場所の中の父親も、もともとは子供だったし。

世代が代われば爺さんや婆さんとなって運がよければ死んでいく場所でもあります。
2016.09.23 Fri l こころ l コメント (0) l top
三つの道と書いて、「さんず」と読みます。そして三途の川と言えば知らない人はいないと思うのですが、最近の若い人が知っているか、聞いたことがあるかはわかりません。

もっとも、妖怪ウォッチぷにぷにというゲームがあり、地獄のエリート番犬で、三途の犬というキャラクターもいますので、地獄にいたる道、あるいは川には、この番犬が地獄を守っているだろうことぐらいは知っているでしょうか。

ちなみに、連続ドラマで、『あまちゃん』で、潮騒のメモリーのバックコーラスは、SANZU RIVERと歌っていました。
皆さんはご存知であろうと思うのですが、この三途の川は、この世とあの世とを隔てるものです。当然、この川岸は広く深いので泳いでは行けませんから、舟や橋が必要と思うのです。

伝わり読むところによると、平安時代末期までは橋もあったと聞く賽の河原でしたが、その平安末期以降は、舟で渡るという方法が主流となったようです。

しかも、この舟に乗るにもいろいろと準備が必要ですし、その前にこの河を渡るためには、お二人のお年寄りの面接を受けなければなりませんでした。

一人は、奪衣婆(だつえば)という名で、六文銭を持たされなくって、たどり着いた死者に対し、衣服を剥ぎ取る役目を負った内面に厳しさを秘め、年令は常識では数えられないほど重ねた女性でした。

しかし、この奪衣婆は不思議なことに、江戸市民が文化的に豊かになると一種のブームが湧き起こって、賽の河原から離れた都市のお寺に祀られて、閻魔大王共々信仰の対象となった時代もあったのです。

豊かにはなったけれど、心は苦しかったのではないでしょうか。

もう一人は、懸衣翁(けんえおう)といって鬼の様相をした、これも年齢不詳の鬼の翁でした。

彼は、奪衣婆が奪い取った衣服を、衣領樹(えりょうじゅ)という大きな木の枝にかけ、その重さで死者の罪の深さを測ったといいます。

その罪の深さという重みによって、賽の河原である三途の川を渡る場所が決まり、川の流れの早瀬や深瀬に渦をまいた場所などが決まるというのです。

さて、賽の河原といえば、さらにもう二組の登場人物がいます。

それは、親に先立って亡くなった子供と、その子供たちを救うお地蔵さまでした。

親から見ると、先だったという子供の親不孝が告げられ、その報いとして苦を受ける因果の法則なのです。

今の時代から考えれば、親の勝手というか、親の論理でものごとを考えることから、子どもは親の所有物という時代だったのでしょうか。

必死に泣く早死にした子供は、時代背景を背にしてですが、遺された親の供養のあかしとして、両親への想いを心に篤くして、河原の石を積み上げるのです。

そこへ鬼が出てきて積んだ石を崩してしまいます。幾度も幾度も子供たちは親の面影を浮かべて石を積む、そんな姿に親たちの苦しみがあるということなのでしょう。

早死にの親不孝の子どもの、親孝行に支えられて生きるご両親も、苦しいことでしょう。

しかも子供にして見れば原因があっての別れであるにもかかわらず、子供から遺された言葉は、河原の石を積む姿しかないのです。

賽の河原の舞台で、子どもの心を救済するのは、すべてお地蔵さまです。それがたとえ「報われない努力」にしても、ただ積むという行為に、子どもの今があるような気がいたします。

幼子は母親や父親など保護者に依存しています。

幼子の沈黙の言葉を代弁すれば、「お母さん、お父さん」なのでしょうし、泣き声です。

子どもの言葉が聞こえない意味があるとしたら、叫びや表情なのでしょうし、叫ぶ子どもの心には「お母さん、お父さん」という響きが一杯となっています。

その見えない声を消すことができるのは、お地蔵さまだったのです。何故なら、お地蔵さまこそ、お父さんやお母さんの化身だったからです。

こうした物語や意味は、民間伝説だと言うけれど、一言で片付けられないのは、人間の死後の恐れがもつ宿命のような気がするのです。

さて、その三途という意味は、地獄(じごく)・餓鬼(がき)・畜生(ちくしょう)という世界です。

また、三途の川は、人が亡くなって渡るイメージが強いのです。

三途の川は川の流れですので、川自身が地獄・餓鬼・畜生なのではなくて、この川はこの世とあの世を区別する時間や距離であると考えるのが正しいでしょう。

そして人が亡くなって、その三途の川を渡るというイメージの意味は、死んでから渡るという意味ではなく、生きているうちに、知らずに犯している、地獄・餓鬼・畜生の世界を表現しているのでしょう。

これは、彼岸という岸にスポット当てていますが、相対するこちら側、此岸を逆にスポットを当てたものです。

しかも、六道に輪廻するという言葉があるように、三途というに地獄・餓鬼・畜生に、阿修羅・人間・天上という三つを足したものが六道という此岸の巡礼の道をも現しています。

さらにこの(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天上)六道は、一つ一つは別々のものではなく、それぞれ私達の心の状態を指しているようです。

現実と心の状態とのギャップを表現したものです。

これらはまた、希望、願望、切望、欲求、うぬぼれ、自慢、思い込み……と心の渇きから繰り返します。

地獄とは、もがき苦しむ正にそのものの状態をさすと言ってよいでしょう。

「……が、たまらなくしたい。……が、どうしても欲しい。」と、いまだ実現しない状態です。

そのもがく苦しむ状態から、抜け出そうと必死になって無理をする状態は、餓鬼そのものです。

そうするともう他人なんか見えずに、おかまいなしに悪いことまでして、人を蹴落とし、抜け出そうとする状態を畜生と言ったらよいのでしょう。

さらに阿修羅となると、その欲求を抑えることが出来なくて、暴力をふるって、人に危害を加え、悪知恵を働かして、人を虐げます。

そんなことをして目的を達し、やっと、落ち着いたところが人間で、ホッとした所ですが、それはすぐに転落するものを含んでいる世界です。

そうすると、人はうぬぼれて、今度は自分が見えなくなり、つまりは、固定的な観念に陥ってしまいます。

それが天上で、しばらくすると、「何で私が受け入れられないのだ」と、地獄に逆戻りです。

六道の一つ一つは、それぞれが五つの道を含んでいるから、すべてが繋がっていると言えそうです。

この現状にたいして、仏道とは、この連鎖を断ち切る行為なのだと思います。
2016.03.19 Sat l こころ l コメント (0) l top
明日からお彼岸です。菩提寺を持っていらっしゃる方々にとっては、年に2度訪れる季節となります。

陽岳寺では、副住職が修行道場から下山してより、年に2回、この彼岸の中日に、檀信徒に法要を誰もが参加できるようにと行っています。

もっとも、彼岸法要は、それ以前から行っていました。毎回内容を変えながらが信条ですが、彼岸というテーマにしぼられるため、難しいのです。

秋季彼岸法要は、三大樹の内容で、この秋復活します。

彼岸というと、彼岸に到るで、「到彼岸」です。

般若心経には、「往け 往け  さとりの彼の岸へ  吾れ他(ひと)ともに到り得て  さとりの道を  永遠に成就(とげ)なん。
と、、南禅寺の元管長、柴山前慶老師が般若心経の意訳を書かれています。

般若心経 柴山全慶老師
心という、心性の自在を観察し得(う)る人は、深広無辺の妙智に透徹するが故に、この身も心もなべて皆実相の姿なりと悟り、目前の虚相にのみ執(とら)われないから、一切の苦厄も障(さわ)りとならなくなってしまう。

真実求道の人々よ。

この世にありては、物も心も悉く、実相の姿に過ぎないのだ。故に千差万別の世界も、そのまま真空妙有の相(すがた)に外(ほか)ならず、一切のはからいを超える処に、真実の悟があるのである。

道を求むる人々よ。

一切のものは何一つとしてそのまま、永遠(とわ)の生命(いのち)、久遠の実在ならざるものは無いのだから、生まれたり滅びたり、垢(けが)れたり浄(きよ)まったり、減ったり増えたりする如き分別(はからい)は、もとより少しも無いのである。

故にこの悟の上には、物も心も行いも、森羅万象尽く、有るが如くに見えて真実にあるのではない。どうして迷いの嘆きに苦しみ、悟の歓びに執われることがあろう。

そのまま天地の真源に立ち、光明三昧の生き通しなのである。

かくの如く尊き妙智は、万象の真源に徹し、一切の分別(はからい)と執着とを解脱しているが故に、かかる道理を体得した人々は、自ずから無位の真人となって物や心を自由に使いこなし、行住坐臥、心に礙(こだわ)りなく、したがって目前の是非、本末を過(あやま)ることがなく、心は常に大盤石である。

諸仏菩薩も祖師先哲も、この真空妙有の妙智を体得せられているが故に、世にたぐいなき真実の悟を得られたということができる。

されば、一切の分別(はからい)と執着とをすて、天地の真源に徹する妙智こそは、不可思議の力をもち、万象を包む光明であり、世に優れたる神秘をもち、たぐいなき霊力を働かすものというべきである。かくて世のあらゆる苦厄を浄化し安穏ならしむること必定である。

この故に尊い妙智の功力を人々に体得せしむるため、これを呪文として次の如くに説かれている。

往け 往け  さとりの彼の岸へ  吾れ他(ひと)ともに到り得て  さとりの道を  永遠に成就(とげ)なん。
2015.09.19 Sat l こころ l top