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「年々歳々花同じからず、歳々年々人あい似たり」

2008/04/19 14:26

「年々歳々花あい似たり、歳々年々人同じからず」

悠久から眺めると無常はその中に収まり、無常から眺めると悠久もその中に収まります。

 子供の成長を見ていると、自分と同じようなことをしていると思うことがあります。危なっかしいと。しかし、男の子が二人いると、両方父親に似ることはないような気がいたします。似ていないと気になって気になって、これは、頼もしいことなのかとも思います。

しかし、よく考えてみると、そうではなくて、父親がもっと教えたいと思っても、心配したいと思っても、その機会が乏しいこともあると思ったのです。

「年々歳々花あい似たり、歳々年々人同じからず」と書きました。それを、「年々歳々花同じからず、歳々年々人あい似たり」と読み替えてみることを進めます。

 奥が深くなります。

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チベット

2008/04/16 11:07

 地球のいただきに7,000年という年月をへて暮らしてきた民族が揺れている。揺れているどころか、そこに文化を継承して住めないのだ。地球のいただきという神秘の扉の中に暮らすからこそ、伝わって生きてきた神秘が途絶えようとするあえぎのような気がする。

 多くのいただきの民族が山から追われて、地平に暮らすことを考えてみただけで、ぞっとする。あれから50年が過ぎているからでもあります。

 赤茶色の衣を着たラマ僧たちの敬虔さ、そして、チベットの人たちの聖地への旅姿を見るにつけ、それは、遙か彼方に向かって五体投地を繰り返しながら何ヶ月かけて旅をする人たちの姿に、圧倒されるからです。

 チベットの創世記は、水中の山脈が隆起したことから始まります。そして、この物語は、水が引き4,000メートル級の高原が誕生したことから始まり、今に至っています。

 サンスクリット語で、雪の住みかというヒマラヤが誕生し、その雪の国に最初住みついたものたちは、野蛮な聖霊や動物といった物の怪たちと、彼らの伝説にあります。

 その雪の国に、やがて人々が誕生するわけですが、その人々の子孫は、観音菩薩にさかのぼります。それは、觀音菩薩の化身としての1匹の雄猿と、ターラ菩薩の化身である鬼女です。この二人は、ヤルルン渓谷(古代王朝発祥の地)にて結婚し、6人の子供を産みました。その子供たちこそ、チベット民族のさきがけです。この古事により、チベットという名は、慈悲の菩薩、觀音菩薩の地という名前が付されたということです。

 人類の起源が類人猿ということに驚きはしないものの、鬼は想像がつきません。しかし、鬼は、類人猿よりも精神面や容姿において人間に近い存在といわれていることに、彼らの創造性豊かな感性を感じます。

 そのチベット人による王国が誕生したのは、紀元前127年のことです。そして、やがてチベットは、チベット人により統一されるのですが、7世紀に入ってのことでした。その頃の宗教は、ボン教という教えであり、栄えていたということです。

 チベットに、インドから仏教が広がるのは、8世紀です。またたく間にチベットに広がったのですが、ボン教にその広がる下地があったからです。

 幾多の変遷をたどって、仏教は、人々の信仰を築きあげます。13世紀にはいると、チベットはモンゴル帝国により統治されるのですが、チベット仏教は皮肉にもモンゴル人の心を改宗させてしまいます。モンゴルにチベット仏教が伝わったのはこうした理由によるものです。

 そして14世紀の後半、チベット仏教は教理と実践による一大体系となり、宗教国家として現代に至っているといえるでしょう。

 仏教には三宝という仏・法・僧がありますが、チベット仏教は、それに、生き仏が加わり、四宝という特色があります。今、ダライ・ラマとパンチョン・ラマという言葉がニュースに伝わっておりますが、ラマとは活き仏のことです。そして、その特色は、小乗、大乗、密教(タントラ)を体系にまとめあげて、実践の指針を提示していることです。

 チベット仏教ゲルグ派の高僧ゲシェー・ロサン・ケンラプ師の法話が、http://www.tibethouse.jp/culture/shine.htmlにあります。師は、ダラムサラのネチュン僧院で教えていて、2002年の夏に来日いたしました。

 《私たちは他の存在を味方・敵・無関心な相手の三つに分別します。このような分別を行うのも自分自身へのとてつもない執着心があり、なんとしても自分を守りたいと思っているからです。自分の味方である存在は慈しみ、自分の敵である存在には怒りをおぼえる。さらに愛着も怒りも覚えない無関心な相手というものがいる。怒り・貪(むさぼ)り・無知の三煩悩(さんぼんのう)はこれらのものが基盤となって生じるのです。 

 ですから他者を味方・敵・無関心な相手の三つに分別してはいけません。そもそもそう分別する理由さえないのです。敵も味方も真髄(しんずい)を欠いています。今あなたが敵だと思いこんでいた相手が、将来味方に変じたり、味方だと思っていた相手が敵に変じたりすることもあるわけですから。 また今、大したことのない相手だと思っていた存在が、将来あなたにとって、とても有益な相手になることもあります。こうした事実はわざわざ経典にあたる必要もありません。そのことについて思い巡らしてみれば、そうとわかるはずです。一時たりとも離れ離れになっているに忍びない愛しい相手が、いつしかその名前を聞くだけでもむかつくような相手になっている。反対に、最初はなんて嫌な相手だろうと嫌悪していた相手が、いつのまにか限りなく愛しい相手になっている・・・。  

 私は別に敵も味方も存在しないと言っているわけではありません。敵も味方も存在します。ただ、敵であるから憎(にく)む、味方であるから愛するという態度を捨てて、どうしてあるものが敵と感じられ、あるものが味方と感じられるのか、その理由を理解し、敵味方を分別するような態度を捨てなさいと言っているのです。 》

 ダライ・ラマ14世が、「自己保存のための他者に対しての大切にする思いやりは限界がある。しかし、智慧にてその思いやりを普遍的なものにすれば、その思いやりを敵に捧げることは可能だ」という言葉は、ゲシェー・ロサン・ケンラプ師の言葉と同意です。

 

 チベット仏教をアメリカやヨーロッパに一躍有名にしたのは、『死者の書』です。《チベット「死者の書」の世界(中沢新一著 角川ソフィア文庫)より》

 それはチベットの山々のはるか彼方のこと。一人の村人が、今、死を迎え、最後の儀式と作法をのぞんでいる。家族は、親しいラマ僧を、その男の臨終によんだ。

 ラマ僧は、お寺にはいり、読み書きや呪文の教えを受けた十歳になるかならない小坊主を連れて、山を越え、谷を渡り、死者になろうとする家へいそぎました。

 その家に着くと、そこで、すぐさま、死に逝く者に添って、観察し、導くのでした。

 帰路、ラマ僧は、この小坊主にも、そろそろ、教えの扉を開いてよい頃だと思います。それは、人の死を目の当たりにし、この小坊主とラマ僧との信頼がなした故にです。

 ラマ僧は、小坊主に説きます。

「心(生命存在)とは、それぞれの生命組織の中で活動している状態のことをいう。ミミズはミミズという生命組織をとおして、自分の世界を生きているし、犬は犬、餓鬼は餓鬼、人は人の生命の条件にしたがって自分の世界をつくり、それを生きることになる。それぞれの生命体が、自分のまわりにつくりだしている世界というものは、その生き物にとってだけ意味をもつ世界だ。心はその中をいきながら、自分は根源に達していると感じることができない。だから、途中(バルド)なのだ。」

 数日後、このラマ僧と小坊主は、火葬にした、あの死者のいなくなった家に行きます。そして、死者の意識に向かって経を唱え、祈り、さとし、力を与え解脱、そして再生へと向かう死者の意識を、輪廻から觀音菩薩の慈悲に導くのです。

 この菩薩の慈悲への導きは、死者の意識が持つ幻影や記憶を遮断するためです。なぜなら、人の意識は途中にあるために、意味を解体しなければならないからです。

 なぜ解体しなければならないか、それは、意識は貪(むさぼ)り・怒り・愚かさを含んで、死してなお、再生に向かう途中に影響を及ぼすからです。

 

 ラマ僧は小坊主に言う。「有機体でできたこの身体はかならず滅びる。でも、生命はそれぞれの生命の死を超えて、流れ続ける。心の流れが、とだえないから、生命には再生があるから、人は世界に対して、本当に優しくなれるのだ。」

 「この世界にある生きもので、一度たりともお前のお父さんやお母さんでなかったものはない。この牛をごらん。今は牛だが、過去の生ではお前のお母さんだったことがある。そのとき、お前に優しくしてくれたはずだ。」

 「さあ、觀音菩薩による救いの力を待とう」と小坊主に呼びかけるのですが、死者の意識の力にかけるものであります。そのかけは、死者の意識が、死ぬことが、単なる苦しみではないのと同じように、生まれてくることは、喜びでだけではないからです。だからこそ、生と死のむこうにある、心の本質を知ることが求められます。小坊主がすこしずつ解りかけてくると、ラマ僧は、昔、インド人からおぼえた言葉を、小坊主に教えます。

誕生のときには、あなたが泣き

全世界は喜びに沸く。

死ぬときには、全世界が泣き

あなたは喜びにあふれる。

かくのごとく、生きることだ。

 死者の書は、最期にいたって、この言葉で結ばれています。生きる指針として人間賛歌の言葉でもあります。この言葉ゆえに、ラマ僧は、死はすべてを奪うものではなく、ほんとうの豊かさをあたえてくれる機会だというのです。

○チベットは、1959年に中国共産党軍により侵略され、時の宗教政府は流血を防ぐためヒマラヤを越えてインドに亡命いたしました。そこで、ダライ・ラマ14世を法王として、亡命政府が樹立されました。本掲載は、チベットの人々や仏教を少しでも知りたいと思ったことからです。内容は粗雑ですが、遠からずと思っています。ローマにバチカンがあるように、チベットに……。

大光明

2008/04/09 13:30

朝、卒塔婆の裏を禪林句集(ぜんりんくしゅう)の7字から拾って書いている。この頃は、筆が進まず、ひたすら書き続けないと50本の卒塔婆の山はできない。

しかし、この頃は、書き損じが山とはならないけれど、ある。そういうときは、必ずといってよいほどに、何か妄想を描いているのです。

拈(ねん)じ来たれば瓦礫(がれき)も是(こ)れ黄金

書きながらも、頭の中で、何かが遊ぶというのか、うまい言葉だ。

先日、大量生産しているキノコ農家が、キノコのヘタが大量に出て、処分に困っているニュースがあり。農協と企業が共同で、固形燃料にして、灯油の燃料のかわりに重宝しているというニュースだった。

誰かが、大量に積み上がったキノコのヘタの産業廃棄物をながめては、「どうにかならないものか」と考える。とっさに、燃料としてどうかと思いつく。

拈(ねん)じ来たれば瓦礫(がれき)も是(こ)れ黄金

この句は、九峰禅師の作で、

身心を放下して弊箒(へいそう)のごとし、

拈(ねん)じ来たれば瓦礫(がれき)も是(こ)れ黄金、

驀然(ばくぜん)として一下(いっか)に打得著(たとくじゃく)、

大地山河(せんが)一法沈む。

と香厳禅師の悟りの契機、竹に瓦礫が、カチーンとあたって、即座に、悟りを得たという古事は古来有名なことです。

もっとも、身心を放下して、これは、リサイクルの場合や研究開発の場合では、ひたすら考えてと言うことでしょうか、そこに、光明が差す。地球の未来はこうした一つ一つの積み重ねの努力によって、救われて行くということでしょう。

拈(ねん)じ来たれば瓦礫(がれき)も是(こ)れ黄金

千金の値のする言葉です。

奇遇ですね

2008/04/08 11:00

岳 様 www.oct.zaq.ne.jp/naniwaji

奇遇ですね。

メール有り難うございます。奇遇ですね。私も僧堂名は、岳と申します。

三十年前ぐらいに東福僧堂にいらっしゃたのなら、東京では、Y寺さんなど、お知り合いではないでしょうか。Y寺さんもバイクを乗っていましたが、残念ながら、この二月に、五十七歳で亡くなったお聞きいたしました。よく齋會でお会いすると、私のことを“陽ちゃん”などと、声を掛けていただいたものです。

東京の東福僧堂出は、K寺さんだけになったようなきがいたします。

私は南禅寺で修行いたしましたので、法系は、ひょっとして、同じかもしれませんね。

日記も拝見いたしました、飾らない文章に、人柄がしみ出ますね。

そして、お父様が亡くなられたそうで、時につけて、思い出されることが多々あると思います。

そして、私は東京は江東区、深川の陽岳寺と申します。

ホームページの“虹の彼方に”を作ってから、だいぶ年月が経ちます。今年から、ジャストシステムで無料のブログを作り始めました。題名は“夢を見るのは誰ですか”にいたしました。プロフィールをクッリックすると、写真が出てきますが、南虎室老師のお墓から見える風景です。

松江のM寺の歴代墓所から、老師と一緒に、外を見ようと、老師はもう語りませんが、語るとすると「お前は誰だ!」、今の時代の様々なものにに投げかける公案といたしました。

ちょうど“虹の彼方に”が、私の夢を扱うとすれば、その夢を語る私は誰ですか?です。このタイトルにすると、様々な人になげかれることができそうと思ったからです。

今日は、花祭りですね。N寺さんに、この季節にあった、奏でられた音に包まれることを祈っております。

岳 九拝

誰れかこれ夢を説く者

2008/04/07 15:44

《 舎利弗が須菩提に問いました、「夢中に、六波羅蜜を説くは、覚(さ)たる時と、同か別か」。須菩提は「この義幽深なり。吾れ説くことあたわず、この会(え)に、弥勒大士あり、汝、彼(かしこ)に往(ゆ)いて問へ」と。

咄(とつ)、漏逗(ろとう)少なからず。

雪竇(せっちょう)の云く、「当時(そのかみ)もし放過(ほうか)せずじて後(しりえ)に随って一剳(いっさつ)を與(あた)へん、誰れをか弥勒と名づけ、誰れかこれ弥勒なる者ぞ、便(すなわち)見ん冰銷瓦解(ひょうしょうがかい)するを」

咄、雪竇もまた漏逗少なからず。

或いは人あって、ただ曾待制(そうたいせい)の夜夢(よるゆめ)に雲門が室に入るが如きんば、しばらく道(い)へ、覚(さ)むるの時と同か別かと問わば、

雲門すなわち他に向かって道(い)わん。「誰れかこれ入室の者、誰れかこれ入室するとなす者、誰れかこれ夢を説く者、誰れかこれ夢の会をなさざる者、誰れかこれ真の入室の者」

咄。また漏逗少なからず。 》

曾待制(そうたいせい)が、夜、夢お香をたいて、大慧普覚(だいえふがく)禅師の部屋に入室したことを、禅師にお話しいたしました。大慧禅師は、これは夢の会ではなく、真の入室だと言うわけです。

夢中の法会に、誰が弥勒と名づけ、どこに弥勒がいるぞと、冰銷瓦解(ひょうしょうがかい)は、氷が溶けるように、わかるはずだの意ですが、わかるはずとわかる私は誰ですかとなるのです。

漏逗(ろとう)は、漏れて逗(とど)まるですが、失敗とかしくじりという意味に思います。失敗が少なくないですから、大失敗で、”おぬし甘い”、今問えとでも言うのでしょうか。「咄、漏逗少なからず。」と大慧禅師の親切は、身にしみて甘く、辛い。何故なら、すべて私だから。

こういう壺中の夢もあるのかと、しかし、ここから旅立って行くのが臨済の家風です。ご飯を食べるのは誰ですか?天くだろうとする者は誰ですか?お経を読むの者は誰ですか?お経を読まれる者は誰ですか?眠ろうとする者は誰ですか?

一薫一蕕(いっくんいちゆう)

2008/04/02 10:30

雁金草一薫一蕕の蕕という字は、かりがね草という水辺の草だ。しかし、この可憐な花は、可憐さという意味でこの四字熟語になったものではない。実は、この花の放つ臭いなのだ。

 悪臭が強くなぜか悪人にたとえられてもいる。

 一薫は、良い香りで、一蕕(いちゆう)は悪い香りとなる。

熟語になると、良い香り草と、悪い香りの草を一緒に並べると、良い香りは悪い香りの匂いに負けて、悪い匂いがはびこるという意味なります。

良い友を得れば、お互いが良い方向に導かれやすいという人と人との関係を現してもいるだろうが、悪い友だと悪に流される人間の習性をいうのです。

それにしても、”朱に交われば紅くなる”という熟語がありますが、その朱に交わればの朱は、朱の強さでありましょうが、この蕕(ゆう)は悪の強さを誇張しているものです。

また、蕕薫(ゆうくん)という言葉がありますが、これは、善悪を表しているものです。善と悪とは人間の物語ではあるのですが、野草にとっては、お構いなしのことです。

さて、その蕕という字の、悪臭を放つかりがね草とは、どんな草だろうとネットで探したら、上記の写真がありました。文京区 小石川植物園に可憐な花を咲かせていますが、写真ではそんなに強い悪臭を放つなどとは想像できません。なにやら馬が食べるとか?面白い。

後期高齢者医療制度

2008/04/01 13:45

多くのお年寄りに接する機会があるものですから気になってしょうがないものが、この後期高齢者医療制度です。政府広報誌にしるされています。

厚生労働省 保険局 総務課 老人医療企画室 国民健康保険課 電話03-5253-1111

厚生労働省ホームページ http://www.mhlw.go.jp/

《健康保険・共済組合の被保険者の被扶養者だった方も、新たに保険料をお支払いいただきます。ただし、制度加入から2年間は。、保険料を半額とします。

 また、特別措置として、平成20年4月から9月まで、保険料の負担はなく、平成20年10月から平成21年3月までは、均等割保険料を9割軽減し、1割負担となります。》

 つまり均等割の実際に支払う保険料は、1割だというのです。何だか得したように、恩恵を受けたような表現です。でも本来の保険料は、この1割の10倍だとも、平成21年4月、つまり、来年度のことは解らないように書いてあります。

《年金が一定額以上の方は、4月の年金支給から年金の支払期(偶数月)ごとに、自動的に保険料をお支払いいただくようになります。ただし、?年金額が年額18万円未満の方、?介護保険料と後期高齢者医療保険料をあわせた額が年金額の2分の1を超える方は、納付書や口座振替などで、保険料をお支払いいただくことになります。》

この計算では、年金額の年額18万円未満の人から、介護保険料と後期高齢者医療保険料の合計が9万円を超える人については、親切に、手紙を出しますから、金融機関に出向いて窓口で支払ってくださいということです。手取りで残った9万円未満でどう暮らしたらよいのかの指示は書いてありませんでした。

ここで見過ごしてはならないことがあります。国民保険料が、平成20年度より、後期高齢者医療制度の開始にともなって変わることです。

40歳から64歳の方の保険料は、(1)基礎賦課分保険料と(2)後期高齢者支援金等分および(3)介護納付金分保険料を合算した金額です。

それ以外の人は、(1)基礎賦課分保険料と(2)後期高齢者支援金等分保険料を合算した金額です。

ここで(1)基礎賦課分保険料(平成20年4月から平成21年3月までの金額)が出てきますが、この計算方法は、複雑です。

世帯単位で、国民健康保険加入者全員の20年度住民税合計額とその人数により計算します。

[所得割額]加入者全員の住民税合計額  × 0.9 + [均等割額]加入者数 × 28,800円=[基礎賦課分保険料] 年間基礎賦課分 (47万円限度)となるそうです。

(2)後期高齢者支援金等分保険料(平成20年4月から平成21年3月までの金額)の計算方法は、こうなります。

世帯単位で、国民健康保険加入者全員の20年度住民税合計額とその人数により計算されます。

[所得割額] 加入者全員の住民税合計額 × 0.27 + [均等割額] 加入者数 ×  8,100円 = [後期高齢者支援金等分保険料] 年間後期高齢者支援金等分(12万円限度)となります。

(3)介護納付金分保険料の算定方法(平成20年4月から平成21年3月までの金額)

世帯内の40歳から64歳に該当される国民健康保険加入者全員の20年度住民税合計額とその人数により計算されます。

[所得割額]40~64歳の加入者全員の × 0.19住民税合計額 + [均等割額]40~64歳の加入者数  × 11,100円  =[介護納付金分保険料]年間介護納付金分 (9万円限度)となります。

つまり、三つを合わせて上限は、68万円だそうです。それを12ヶ月で割ると、1ヶ月56,666円が上限の保険料の金額です。一世帯の加入者全員というところがみそでしょうか?

そして、後期高齢者医療制度へ加入した方がいる世帯の方は軽減措置があります。

(1)<被用者保険(=政府管掌・保険組合・共済組合等の保険)の旧被扶養者であった方の保険料軽減措置>

 被用者保険被保険者の方が後期高齢者医療制度の対象となる場合、その方の被扶養者であった方で75歳未満の方は、国保に加入することになります。そのうちの65歳以上の方について、2年間、所得割額免除、均等割額5割軽減の措置があります。この軽減措置には、申請が必要です。

(2)<均等割額軽減判定の経過措置>

 現在国保料の軽減を受けている世帯で、国保から後期高齢者医療制度へ移行する方がいる世帯には、世帯の国保被保険者が減少しても、5年間、従前と同様に保険料を軽減します。この経過措置については、申請の必要はありません。

以上は、江東区のホームページから抜粋したものです。

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