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誇れるもの

2008/07/31 12:14

人間って、国も含めてですが、何か誇れるものがないと背筋を伸ばして人の間を生きて行けないものなのでしょうか?

マスコミがよくいう言葉に、今の技術力があります。世界に通用する省エネの技術、微細技術、環境技術、……と。

でも本当に誇れるものは、人間の誠実さ、人を支える意志、現実を見極める眼と目先に流されない思考、自己を見つめる眼ではないかと思うのです。

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昨日のことです

2008/07/29 12:21


昨日のことでした。私が留守したとき、息子が世話になっている円覚寺僧堂の老師が訪ねて来られました。

妻が相対したのでしたが、老師は「近くまで来たが、素通りはできない」と、来られたのでした。

15分から20分ぐらいお話しをされたのですが、もっぱら、妻からの思う通りの言葉に、真摯に聞いてくれたとのことでした。

後から、詳しく聞いたことによると、よくそこまで話すことができたものだと感心したものです。

老師も、有り難く答えてくれたと、よい老師様だと、つくづく息子を預けて間違ってなかったと思えました。

夏夏の修行が終えたというものの、円覚僧堂は、制間に入ったとはいえ、室内は制中と変わらずにあります。

聞けば、時間が許す限り老師も雲水と一緒に、食事をし、作努をすると聞きます。

作努の途中、老師が突然に話す言葉に緊張して、返す言葉に詰まることがあると、まるで、参禅そのものの日常が絶え間なく続くように思えます。

よい老師にまみえることができて嬉しく思うと同時に、望まれれば、3年を過ぎて修行をつづけることも許そうかと自分に言い聞かせています。

江戸小紋

2008/07/28 09:24
江戸小紋

夏のタオルよりは、江戸小紋の手拭いが使いやすい。

どうして、こう手ぬぐいの柄を集め始めてしまったかというと、禅宗の僧堂は、作努(さむ)をするとき、必ずタオルを頭に巻く習慣があるからです。しかし、夏、こうも暑いとタオルで頭を防護しても、その中は蒸して熱い。

手ぬぐいだと、そのてん、少しゆるめれば風が入るし、汗でぬれてもすぐに乾くので、使い勝手がよいのです。

しかも、手ぬぐいの柄は、豊富で、いただいたタオルはお店の宣伝ばかりで味気ない。

手ぬぐいは、同じいただいたものでも、柄がさまざまに工夫を凝らしている。落語家や鳶、翠雲堂の仏具屋さんまで、凝っているのです。

昔、小さかった頃、便所の脇につる下がった水入れの脇には、細竹にぶら下がった手ぬぐいを思い出すのですが、今、手ぬぐいの出番は少ない。バンダナとしても、よいのではないかと、思っているのです。

手拭い

2008/07/27 14:34
手拭い手拭い

祭礼

2008/07/26 09:20

今年は本祭りです。もう半年前から様々な準備をしてきましたが、いよいよ8月17日の連合渡御に向かって暑い夏が始まっています。

祭礼には、祭礼委員長・副委員長・祭礼顧問・連合渡御先達・祭礼相談役・神輿総代・神酒所係・総務・寄付勧募・会計・会計業務監査・購入給与・備品・半天貸与・警備・運輸・接待・救護・書記・広報放送・記録・軒提灯係・子供神輿山車係・金棒・拍子木隊係・鉢洗い担当と様々に部署があり、入り組んで人が動いていきます。 子ども会に青年部、婦人部に老人クラブが参加して、町を挙げての一大祭事となります。

 すると、その担当において様々な障害が発生することも事実です。 しかし、その障害や衝突を乗り越えて、最終地点にと向かわなければ無事に勤め上げたことになりません。すべてがお祭りです。

どの部署に優劣があるのでもなく、どの役に上下があるわけでもなく、それぞれが、自分の働きをすればよいのですが、それでも、衝突があります。

しかし、最後は押し合い、引き合い、下がり愛となって、地域の融和や意気込みを表現する場所が、連合渡御であるのでしょうか。

それぞれの働きが美しく表現されたとき、お疲れ様でしたの言葉が、一番のねぎらいです。

次々に咲く

2008/07/18 11:46
次々に咲く次々に咲く次々に咲く蓮は、三日で花びらを散らす。

昨夜

2008/07/18 08:03
昨夜昨夜


昨夜のことでした。深川二丁目南町会のことでした。

これもいいよね!

2008/07/17 13:06
これもいいよね!きれいだ!!

蓮は美しい

2008/07/17 08:50
蓮家族して、一生懸命に働いて、母は給料がでないから、アルバイトに外へ…。公務員は国民が苦しくても、ボーナスがでると悔しさを話す。賄賂や天下りと尽きないニュースに、この世の地獄が見えてくる。

ライト

2008/07/16 20:18
ライトライト

やっと咲いた

2008/07/16 07:05
やっと咲いたやっと咲いた

遅かった。植え替えに、心配していたがやっと咲いた。

通信

2008/07/08 09:53

小さなお寺ですが、掃除や法事以外にも、毎日毎日、手紙や文章、資料の作成や書類の整理とテレビや新聞を見る時間もとれなく、考えてみれば一年のうち毎日のように夜10時頃までは、作業が続きます。

そんなこともあり、時に電話で人と話すことが多くなります。また、居酒屋に顔を出すことで、一日の終わりにする場合も……。

人と話していて、お寺の行事の案内の件数、郵便の投函数のことで話していました。ようするに、お寺の行事に来る人はいつも来るけれど、来ない人はたいてい来ないから、そういう人には、手紙を出さないのだということでした。

そんな話をして、思わず「ケチくさい。自分のことにはお金をためらわず使うのに」となじりました。でも、「来ない人は来ない」から。

私の場合は、月に一回本山の花園誌をすべてのお寺としてかかわっている人にお送りします。 そのなかに、お寺の便りをほとんど毎回、同封して送ります。これを年間に換算すると、16回以上となります。 多くは第3種郵便を使いますので一通60円ですが、4回は140円の通信料です。つまり年間7,000枚以上の封筒、作業料です。私のお寺は、実働2人ですので、それだけでも、忙しい。でも通信料や配布物をケチることはありません。

自分が幸せになろうなど思ったこともありません。人に幸せになってもらいたいそれだけです。 来ない来るは、その人の物語です。来る来ないにかかわらず出し続けるも物語ですが、貧しくても家庭が豊になってもらいたいし、裕福でも心配の種が無くなるよう願っているからです。

手ぬぐいの柄

2008/07/07 16:18

手ぬぐいの柄
手ぬぐいの柄
手ぬぐいの柄とうのも、よいものです。

上の亀甲の柄は、今年度町会の手ぬぐいです。

福住町ライブハウス

2008/07/06 20:29

らいぶ
この日はすぐ近くの福住町にあるライブハウスにて写真を撮ってしまいました。

前の人のテーブルには、缶ビールが、おつまみも少々。7時から9時半ぐらいまで、楽しみました。

あなたは、いつから、一年が始まりますか?

2008/07/01 20:28

 日本には一年に二度、大きな、そして人々が大移動する喜びの行事があります。

 今はあまり使わない言葉かも知れませんが、「盆と正月が一緒に来たような」と言う言葉。実は、盆と正月とは、人々、民衆、そして家々の祖霊たちにとっては、盆と正月は里帰りによる喜びの対照の日々でした。

 まず、正月の神様の起源は、柳田国男氏によれば、一年を守護する神、農作を守護する田の神、家を守護する祖先の霊、祖霊の三つを一つの神として祭った年神(としがみ)であるとしています。 門松も床の間や仏壇に供える鏡餅も、神たちが降臨する依代(よりしろ)であり、降臨した後は、神そのものでもあり祖霊そのものでもあります。 どちらの神や祖霊たちも、根本は、稲の豊作を祈願することを象徴として、死と再生の行事でもあり、だからこそ、一年の無事を祈り、生活の稔りを占うこととなります。 この正月の神たちも、祖霊たちであることから、祖霊たちにとっては、山や川から家々に戻る喜びの日々であり、里帰りの行事ともいえるのです。

 東京のお盆は七月です。毎年毎年繰り返し訪れる盂蘭盆の、お盆の意味は倒懸(とうけん)、逆さまという意味です。

 その盂蘭盆の語源は、イランであり、死者の霊魂をウルヴァンと呼ぶことにあるといいます。

“逆さまに吊された苦”と“死者の霊魂”の伝説が、遙か彼方の日本で実を結び、お盆の行事が生まれました。

 もともとの意味は、逆さまに吊された霊魂を救うべく、僧を家々に招いて食事を提供することが、供養の中身であり、それが法事の原点です。これは、死者に対してお経をあげることが法事ではなかったことを意味いたしました。

 その倒懸という逆さまの意味が薄れてきたのが現代のお盆という気がいたします。

 家々に子供たちや親戚が一同に集う季節が、日本には二度あると最初に書きましたが、逆さまに吊された霊魂を救う意味が薄れてくれば、実は、逆さまに吊された苦そのものを活きている私達に、死者の霊魂を安らぎに見立てたとすると、逆の意味の内容となって考いることがうかがえます。 すると、本来、家という癒し場所であるはずの、今は失おうとしている機能が見えてくるような気がいたします。

 各地の盆踊りは、お盆様と共に踊ることや、帰ってきた喜び、仕事からの解放と様々です。するとこのお盆の四日間が喜びの日々であることから、その日以外が逆さまな状態を意識してしまうのです。 お盆をわざわざ逆さまという意味にした理由は、そしてこの季節自体にも意味があるような気がいたします。

 東京では、お盆が開けることは、あの長く暑い夏の到来を告げることと同じです。しかし、出会いと別れということで考えたら、正月のように、一年の初めに喩えることも出来るもではないでしょうか。

 お盆には、どんなものでもよいのですが、精霊棚(しょうりょうだな)を作ります。同時に、篠竹とか棚を組んでマコモのゴザを敷いて、四隅を竹や篠竹で飾って、縄で結び、鬼灯(ほおずき)や昆布などで飾ります。

 お供え物は、まずは器の中に水を張り、みそはぎの花を浮かべたものです。また、水の子あるいは、水の実とも言い、茄子(なす)などを細かく切ったものを皿に供えたものです。 なぜ茄子なのかというと、茄子の種は、数多くあり、それが108の煩悩の数にたとえられて、それを取り除くという意味があるからです。そして、そうめんを供えます。

 そして、マコモやゴザの上には、茄子(なす)の牛、胡瓜(きゅうり)の馬です。なぜに馬と牛かと言うと、馬に乗って急いで来てもらい、牛の背にお土産をたくさん積んで、ゆっくり帰るという意味だそうです。亡き方々の乗り物ですから、13日は、内に向き、16日には外に向くと言われています。

 お盆にて迎えた精霊たちに対面して、どんなことを思えばよいのか、すればよいのか?

 あの声、あの姿、あの匂い、あの年月は、私たちにとっても、この声、この姿、この匂い、この年月です。せめてこの期間だけでも、だから…………

 あの声が聞こえなくとも、話しかけたい

 あの姿が見えなくとも、食べものを供えたい

 あの匂いの代わりに、香りを届けたい

 そして、この年月の寂しさを、お花で飾りたい

 生と死があるから、花々は実を結ぼうとし

 迎えた朝は必ず夕暮れになろうとする

 せめて、今、ここに、一緒にいることを祈り、灯りをともしつづけたい 

 そこで、祖霊たちに捧げる真の供物とはと考えてみると、その場所に立ち、私たちの確かな追憶によって、懐かしい親しみの人たちを、私たちの心の中に甦らせることだと気づくでしょう。

 私たちがこのことを意識するなら、祖霊たちは私たちとともに生き続け、祖霊の心象は救われ、私たちの悲嘆が実り多いものになるように協力してくれるでしょう。

こうして精靈棚には、食べ物を象徴として多くの供物を捧げました。これは、人は、死して魂となっても、旺盛な食欲に支えられているものだとの気づきです。でもよく振り返ってみると、これは私たち活きている人間の貪欲さであり、気がつかないけれど、心の貧しさの原点です。このゆえに、お盆は、みずからじぶん自身を見つめ直す誓いでもあります。

 お盆は、私たちの幸せを祈り、願う祖先たちの心痛を安らかにして、迷いの道から遠ざかることを祈り願うものでもあるのでしょう。

 されば、何よりも大切な心構えは、多くの祖先たちと、今を活きる私たちの、ともに幸せを語れる集いの場所がお盆であって欲しいと思います。

 あなたは、いつから、一年が始まりますか?

 さて、お盆の季節には、どうしても帰るという行為がつきまといます。八月の盆は、日本全国に繰り広げられる生きている者の、あちらから、こちらに、こちらから、あちらに移動します。これは、生きている人たちも帰る、亡くなった者たちも帰る。帰ることは出逢いのためであり、ふたたび大移動が始まることは、一年という別れを意味いたします。

 そのためか、盆の入りにはあちらこちらの家々で、迎え火が炊かれます。どこの家々も夕刻に炊かれます。明けの送り火が夕刻に炊かれるのは、一日の終わりとして、16日の夕刻に帰る足元を照らし、ちらちらと燃える火と烟により、また帰って行くという意味です。

 送り火は炊かなければいけないものか、そんなことを考えます。でも、炊かなければならない。これは、共に生きる場所が違うということを意味しているのでしょうか。 

 おそらく、亡くなった者たちから見れば、お盆が終わって帰ろうとするとき、また戻ることが出来るだろうか、また戻っても喜んで迎えてくれるだろうか、迎えられる家族や家があるだろうか、そんなことを思いながら、一年が始まって行くのだろうと、彼らを送りながら思いを馳せます。

 これには、待続けるという行為と離れていかなければならない自覚があるのでしょうか。しかし、おおかたの私たちは、そんなことを思いも及ばず、知らずに季節が巡ってきているはずです。待つこともないし、離れる自覚もないのではないかと思います。

 私たちが16日に、祖霊たちを送った後に気づいたことがあります。

 祖霊たちはどこに暮らしているのだろうと。古来からの言い伝えは山や川や海です。でも、ある人は、すぐ近くにいると言いますし、夢の中によく出てくるとも。ある人は、思ったこともないと、夢などにちっとも出てきたこともないと。

 でも遺骸が納められたお墓の前に立ったとき、遺品を手にしたとき、遺影の視線に気がついたとき、そこから、天空や見えない世界に繋がっているような錯覚を覚えます。きっとその時、知らず相見(まみ)えているのではないかと。私の思いが彼方の世界に届けば、その思いを糧に、祖霊たちも季節を数え過ごしているでしょう。

 亡くなって祀(まつ)られることは、いずれは一人という偲ぶ対照から、幾度となく繰り返されて、また盆を迎えるうちに、より大きな変容という普遍性を与えられて行くでしょう。

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