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彼岸

彼岸というとき、そこに隠れているものは、こちら側(がわ)ということです。 こちら側に住んでいる人は、あちら側の岸は見えません。 だから、あちら側の人は、こちら側が見えるのか、気になることなのか、解らないのですが、こちら側の人の想いは強く、創造をたくましくこしらえることができるのです。

 こちら側の人の居場所は、今・ここですが、あちら岸は見えないのですから、過去や未来とも考えることができないでしょうか。 何故なら、過去や未来は、決して、今・ここではなく、歩むことはできないからです。 過去や未来は、今・ここがあるから、誕生していることなのではないでしょうか。 彼岸も同じことが言えるとすれば、こちら側があるから、あちら側があるのであって、こちら側が亡くなれば、あちら側もなくなると……。

 禅宗の書物無門関の第一則に、「釈尊や達磨大師のように自己を見たものは、親しく趙州にお会いすることができるし、歴代の悟りを開いた和尚たちと手をとって共に行き、眉毛を互いに結びあって、祖師達と同じように見て、同じように聞くことができる。なんと心地よいことではないか」と書いてあります。

 

 明治、大正、昭和、平成と生き抜いた、九十七歳のお年寄りの葬儀をしたことがありました。決して丈夫な人ではなく、かえって小さな人でした。 恵まれて豊だったわけではなく、四人の子ども達に恵まれたといえるものの、こつこつと下町で奉公し、独立しては、よく働いた人でした。  震災があり、戦争があり、子どもを亡くし、八十四歳の妻を亡くしと、じっとこらえて、見据えてきたのだと思います。計り知れない、止めどない、心の一喜一憂をです。 それがこの人の強さかもしれないと思ったのです。

 長男の奥さんは「頑固だった」というけれど、幸せの真っ只中の四十一歳の子どもを亡くし、その家族の妻や子ども達の行く末に心を痛め、力強い妻の立ち直れない病気に遭遇しては動揺し悩み、自分までもがおぼつかなくなってみれば、人の弱さや強さという秤(はかり)のむなしさ、そして、移り変わることの負の面である、一時性を知ったことでしょう。

 そうした姿を子ども達から見るとすれば、現実という移りかわる世界に、身を置いて次々と揺り動く父親の姿は、確かな存在ではないことがわかるでしょう。 本来は、現実を切り開いて進む困難に、苦悩する顔を持つはずです。 その確かな存在ではない父親を、確かな存在とするために、どうしても、「頑固さ」が必要なのだと考えてみました。

 その長男の奥さんは、六十七歳を過ぎた夫に、「貴方も頑固よね」と言った言葉が、とても印象に残りました。

 

 そこでふと思ったのですが、禅宗の書物無門関の、「釈尊や達磨大師のように自己を見たものは、親しく趙州にお会いすることができるし、歴代の悟りを開いた和尚たちと手をとって共に行き、眉毛を互いに結びあって、祖師達と同じように見て、同じように聞くことができる。 なんと心地よいことではないか」と書いてある言葉でした。

 年齢を加えて、「父親と同じように見て、同じように聞くことができる」。 そこに、父親がいるではないかと、母親もいるではないかと。

 父や母の姿を見て育った私は、父とは時代や環境が違うものの、父の歩んだ年齢を追ううちに、父も同じように見ていたのだ、母もそうだと悟ったとき、そこに厳しかった父、ずぼらな父、酒飲みの父、優しかった母、いつも子ども達を見守っていた母、泣いていた母の気持ちが、やっと理解できるようになったとき、父や母が、なんと身近に思えることができたと。

 

 せんだても、秋になって「夕刻からの虫の音に、母を思い出す季節です。」の出だしのお手紙をいただいたことがありました。 母は亡くなってしまったものの、母と二人で過ごした秋の夜を思い出し、自分が母となり子となり、すぐ近くに母の笑顔が、父の便りを待つ母の面影が、虫の音とともに甦るかのようです。 この人も、母と同じものを見つめている。

 人は、こちら側とあちら側の岸を、いとも簡単に飛び越えて、まみえることができるのだなと思うのです。



転売

かってバブルの真っ最中、不動産屋さんは、ババを引かないために、買ったものをすぐさま売って、繰り返していたことがありました。

今回の汚染米の記事を読んで、お米でも転売が必要以上に繰り返されています。

汚染米と知っている人も、知らない人もです。何故でしょうか。お米は不動産のでしょうか?

そんなに儲かる商品なのでしょうか?

また、最後に買った人は、安かったから買ったのでしょうか?

汚染米はもともと商品ルートが違うはずです。

人間の貪欲さだけが目立って見える構図は、過去の食品事件も同じことです。

最後に口にする人が気の毒だと思うのですが、そう思って気の毒だという自分も、実は、知らずに口にしている世の中になってしまったということでしょう。



薩摩宝山

そういえば在ったはずだと、それは、二年前に買った宝山だ。押し入れの中に貯蔵されていた。

大丈夫かな……。なんだかあぶない気がする。飲んでいなくてよかったと思うが、お店では、薩摩宝山を、芋焼酎の代名詞のように飲んでいた私だった。

この事件で単純に解らないことは、何故、政府が事故米という、中国やベトナムの米を大切に持っていることだ。海外から汚染された米を買うほど日本は、安全で豊なのか?

汚染されていたことが解ったなら、中国やベトナムに返品したらよいのに?

それに、汚染した事故米と称するものは、工業用ノリとして、使っていいの?

日常生活の中で、そんなノリが使われた工業用品に囲まれて、我々は生活しているわけ?

汚染されていると知ったなら、何故、廃棄しないの?

そもそも、こうした汚染米をどんな形にしろ、市場に売却したことが問われないの?

これだけ食品偽装が横行する国に住んでいて、汚染した米だけでなくとも、外にもあるのでしょうけれど、そんな品物を売却したら、どこに行くかわからないでしょう。

まして、その商品が海外に渡っていたとしたら、日本人自身の品格やモラルが問われるでしょう?解らないのかな?

ところで、我が家の”薩摩宝山”は、大丈夫かな?とんだ掘り出し物のお宝になってしまった!

こんな事件があって、やっと日の目に出られるなんて、可哀相です。