スポンサーサイト

--/--/-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雲水

2009/01/26 13:34

陽岳寺の次の世代が、1月末にて年間の大きな接心を無事におえ、次の3年目を迎えるべく、4月まで、円覚寺僧堂内にて、こもって、ひかえております。

修行の道場は、ゆるくなったといえ、江戸時代以前からの姿そのものです。

大勢の雲水の働きの中で、ただただ坐ることから始まり、食事係、老師の世話役を勤めたようです。

そして、次は、僧堂の運営の一翼を担うよう に成長しています。

厳寒に火をなしで過ごし、耳や手足は赤くひび割れても、何も言わぬ姿が あります。

時間がたつことの意味を、そしてその、大きさをかみしめているこの頃です。

スポンサーサイト

妙心寺展

2009/01/19 21:33

平成21年1月19日(月)、上野の東京国立博物館にて、妙心寺展のプレオープンに出かけてきました。

午後4時までの内覧会で、3時過ぎに見始めましたが、妙心寺派だけではなく、多くの寺院や美術館などからの出品がありました。

図録を見たのですが、かなり分厚い。

陽岳寺が大愚さんの系統なので、そこに、しばし釘付けになりました。反省しきりでもあり、しっかりしろと言われているようでもあり、大きく厳しく、峻烈というのか、そんな人でした。

地下鉄の上野駅から歩いて、館内を歩いて、帰りも歩いてと、少し疲れました。

だいじょうぶ、だうじょうぶ

2009/01/19 12:45
虹の彼方にhttp://www.yougakuji.org/更新参照昨年から童話を読んでいて、魅入りました。

百万回いきたネコは、無門関の百丈野狐の五百生を彷彿といたしました。

一回性の生ということをです。

そして、夜くる鳥は、柏樹子や麻三斤、乾尿藷Oでした。

そして、今回2月1日掲載の、だいじょうぶ、だいじょうぶは、臨済録です。

こうして童話として考えてみると、その説得力もまた違った趣があり、面白いものだと感じます。

和田守弘展

2009/01/13 11:50

走り去った美術家の航跡  1967-2006

2009年1月13日(火)-25日(日)会期中無休

午前9時-午後6時*最終日は午後4時まで 入場無料

神奈川県民ホールギャラリー

〒231-0023神奈川県横浜市中区山下町3-1 電話045-662-5901

平成19年1月8日、「明日(1月9日始業)、学校に行けない」が、彼の最後の言葉だった。

昭和22年に生まれた彼は、昭和48年4月、多摩美術大学を卒業し、神奈川県立光陵高校の美術教諭になる。彼の作品の発表は昭和42年四国新聞社・西日本放送主催の「第一回祖国現代美術展にて、S氏の肖像を発表してからだ。

大きな作品に圧倒され、小さな作品に吸い寄せられました。色の訴えに魅入りました。

そして、それぞれの作品と、私の間にある、距離や時間を意識いたしました。守弘氏も作品を作り続けていたとき、作品と間(あいだ)にあるものを、意識していたはずです。

私は、よく通夜の時に、人の一生を空に流れる流星にたとえて、「流星の輝きを追うか、それとも、流星の輝きそれ自身となるか」問いを発します。

和田守弘展のサブタイトルは、走り去った美術家の航跡1967-2006です。

今、一つ一つの作品が、和田守弘氏という作家の、今の輝きそのものであることを、距離や時間、そして私の意識という間を、忘れて鑑賞してくれることを念じます。

謹賀新年

2009/01/01 12:12

子供のころ、父や母に連れられて、いろんな所に行きました。

でも、時間がたって、私からでる言葉は、いつも、父母を仰いで「もう帰ろうよ!」でした。

そして、しばらくたつと、また「どこか連れてって」と、ねだるのです。

考えてみると、出かけて帰ることを、家庭で習っていたことに気づきました。

昨年は、その「帰ろうよ!」に、帰れない人があふれていることを知りました。

病院や施設には、帰りたい人びとが、たくさんあふれていることを知りました。

帰りたいところは、場所でもあり、時間でもあり、関係のなかでもあり、でも本当は、自分の心の安らぎなのだと思うのです。

 Home 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。