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終の棲家は決まったが、いつなのかは決まっていない。



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母の中に母が……
いつだったかテーブルの上に一枚の葉書が置いてある。内容は、母名義の普通預金が在るので、心当たりがあれば、信金に連絡してくれという、素っ気ない通知文だった。
だいたい母がそんな信金に通帳を作ったことなど知らなかったし、母が亡くなって10年も経っているのだ。何かおかしいよ……とほっぽっておいた。

しかしテーブルの上に置いてあると、母が語りかけてくるようで、あの世からだ。
葉書に記してある電話番号に連絡をしてみる。電話の向こうでベルが鳴った。

「ハイ、○○信金でございます」と電話の主は、「10年経ったので、お取引のない口座をお持ちの皆様にご通知しております」という。
どこの支店かと聞くと、私の住む地下鉄駅の、ひとつ離れた駅前の信用金庫銀行だった。
「おかしいよ、母がそんなところに口座を持つはずはないよ」と思いながら、どうしたらよいのかを問う。
「来年の三月末までにお取引がございませんでしたら、口座を閉鎖し、当行の預かりとさせて頂きます」と、きたもんだ。

今更どうしてこんな面倒なことが起きたのか、銀行員が口座ほしさに作った通帳ならと、預金された金額も想像がつくし、ホットケばいいじゃないかとの葛藤もあり、「えっ、あのいくらお金が入っているのでしょうか」と聞くと、「それは、お答えできません。ご本人の除籍謄本とあなた様の印鑑証明を窓口に持参して、残高証明を提出して下さい」ときた。
「その残高証明は有料になります」と、この通帳に在るモノは銀行のモノだといわんばかり。確かに、厳密に考えれば、それは手続きを踏まなければ私の物ではない。

頭に浮かんだことは、「いやいやこれは大変だ。年寄りが増えて銀行に残された行く先を失った通帳の数は、凄いことになっているに違いない」などと、これは経済問題や社会問題でもあると、つまらないことを考えてしまうの。

翌日、姉に、この件で電話をした。そうしたら、「あんた、その手続きは大変よ。相続の書類とか、税金の問題もあるんじゃないの」。
「ちょっと待ってくれ、いくら入っているのか分からないんだ。通帳だってカードだって無いし。あったら、とっくにどうにかしているはずだ」と。
姉は、「だったら、ほっとけ、ほっとけ、どうせ大したことではないわ」と電話切った。

「何で亡くなってちょうど10年で、この葉書が来たのだろうか」と思う。だって母は確かに10年前までは生きていたが、それ以前、数年病院に入っていたのだ。その通帳がとても気になった。何が記されて、何が記されていないのかをだ。

この頃は深く母を思い出さなかったかも知れない罰だと、あの世からの連絡文のような、乗っかって遊んでみようかと。
自由な発想というより、気ままな発想から、母を思うとき、私は母の子供になっている。
当たり前のことであるが、その子供は小さかったり大きかったりさまざまだ。

亡くなって母を思うとき、その母もきっと同じように母を思っていたのだろうと頭の中に浮かんできた。
ウッ、待てよ、その母も、その母も、その母もと、この連鎖は何だろうか。私の母の中に連鎖が生じている。

でもこのことは、父も同じことになる。同時に、これは父母の中に子供を見ることでもある。共に終わりない連鎖が生じる。これぞまさしく永遠そのものだ。
こんなところに、私の永遠(連鎖)を発見して楽しい。
母を思うことはその先の、更にその先の対象を含んでいるはずだ。
第一、母だって、母でない自分を持っているではないか。子供の頃があり、少女の頃、娘時代、中年晩年とだ。

これは言葉うえか。現実には、一瞬の今しかない。
しかし、その一瞬に、厳密には永遠性というものが含まれている。そこから連想するば、木々も草も、宇宙とは永遠性そのもの。自分がいかにちっぽけな者であってもだ。

面倒くさいけれども、この世にいた母の足跡を訪ね、その足跡を消してしまおうと思った。
私の子ども達にとっては、父を思うその父に、子ども達がどう思おうと、母が含まれているから……。

そして姉二人に、思い掛けない母からのクリスマスプレゼントを渡そう!

古池や蛙とび込む水の音
芭蕉のことを記しながらも、『古池眞伝』に記されている伝記を示さなかった。
それは、鹿島根本寺から深川の芭蕉庵に来た仏頂禅師、庭を見回しながらも放った言葉だ。

「近日何の有る処ぞ」
芭蕉は、「雨過ぎて青苔を洗ふ」と、答えた。
この語に対して、仏頂二の矢を放った。「如何なるか是れ青苔未生以前の仏法」と。

その時、庭の池に蛙が飛び込んだ。
芭蕉はそのまま、「蛙とび込む水の音」と答えた。

その答えに仏頂禅師は「珍重、珍重」と喜んだいう。そして持っていた如意を芭蕉に渡した。

『長老、席上に紙毫を取りて、本分は無相なり。我は是れ什麼物ぞ。若し会せずんば、汝等諸人の為に一句子を下さむ。看よ、看よ。一心法界、法界一心。と書して書風子に示したまへば、其の時始めて法界と一心の水音に耳開けて、実に桃青翁の省悟を、おのおの随喜しけるなり。』

「蛙とび込む水の音」に対して、杉風、嵐雪、其角等のその席にいた弟子が、頭の五字を考えた。「宵闇や」、「寂しさや」「山吹や」と付してみたが芭蕉の意に添わなかった。最後に芭蕉「古池や」と置き、それぞれが感嘆したという。
『古池眞伝』に、俳禅一味の顛末が記されている。

俳諧即禅
芭蕉が俳諧を産み出し、門弟をかかえるようになると、門弟たちの中には、連歌や短歌と、俳句の違いが分からずに議論になった。
芭蕉門の龍象(弟子)、其角、素堂、去来、杉風、許六、魯町、卯七、野坡、丈草等が答えている。

『俳諧芭蕉談』文暁編《大正6年6月15日俳書堂出版》
『ある日、幻住庵にして、終日芭蕉に対して俳諧の物語有りけり。正秀かたわらに在ってこれを聞くに、一事としてその意を会せず。
その後龍ヶ岡にまかりて、その事を丈草に問う。
「禅の俳諧とは如何」。
丈草云く、「われ問うところは言語の俳諧にあらず、禅の俳諧なり」。
正秀問う。
「禅の俳諧とは如何」。
丈草云く、
「山は唯青山、雲はただ白雲、芭蕉は実に達磨なるはといえり」。』
また、芭蕉の句を挙げて、
『かかる自然の妙所を知らば、一唱の言下に迷信の眼をひらけ、清浄無垢にして日月の光を見るが如く、花に対してもおかしく、味噌に対してもおもしろく、点すれども隠れず、さとれども露はれず、心の向かう所天地皆俳諧、是蕉門の風魂なりとしるべし』と。

その芭蕉は、深川臨川寺の仏頂禅師に参禅した。その仏頂禅師は、陽岳寺の錐翁禅師に参禅したという。

もし今の私が……
もうずっと以前のことだったが、彼は、「あと三ヶ月です」と、医師から末期の癌と宣告されたことがあった。
「手術も処置も手遅れだ」と言われたのだった。
余りにも突然のことだったので、彼は、どうしても信じられなかった。
数日経って、私は、彼からその話を聞いた。

もし…………たら。

そして二ヶ月経った頃だ。自宅で療養する老いた彼は、「死が迫っていると自ら思う」と妻に話した。
末期の癌と宣告した医師は、彼を診察して、「それほど持たない」と言った。
当然の如く彼は、考えた。今の私を逃れるすべを。
そして至った。

もし…………たら。

もし自分が……あの若々しい時代戻れたら、……でも、その時は、今の私ではない。
癌に犯される少し以前に戻ることができたら……それも、今の私ではない。
何かよい薬ができたら、新しい治療法が発見されたら……それも、今の私ではない。

それは、今の私が突き付けられた問いであると。
そして、彼が変わり始めた。

彼は言った。
「私の意識と癌との関係の狭間ばかりが見えて、今の私を見るのが恐かった」と。
すると、私が消えて、妻が愛おしく、愛おしく、今は感謝に絶えないと。


ほめ言葉
ほめ言葉は魔法の言葉、ひとをほめることは自分をほめること。
鬱が治った、子供が明るくなった、夫婦関係が良くなったと、良くなったことばかり。
心をつかむホメテクと……。

でもね、なかなかほめることができない私を考えてみると、考える私の強さを思う。
捨てられぬ私を抱いている身で、人をほめることの矛盾のホメテク。
これを研究している人がいるんだと、驚いた。

仏教は、自力にしても他力にしても、共に、自己を捨てよと言う。もっとも簡単に捨てられぬから、今も仏教はあるともいえる。

過去、そんな捨て切った人が何人もいた。

ある年のことだった。良さんの住む五合庵の庵の床下からタケノコが伸びてきた。良さん、タケノコの伸びるを楽しんで、床をはがし、天上板をはずし、屋根に穴を開けて、喜んでいたという。
また、ある時、お金を拾ったお爺さんが、喜んでいるのを見た。それを見た良さん。「お金を拾うことは、そんなにも喜びが大きいなものか」と、持ち金をポイッと投げてみた。
そのお金を拾ってみたが、ちっとも喜びが湧かない。そこで、もっと遠くへ投げてみた。
ところが投げたお金は、草むらの中に入ってしまった。良さん必死になって探したところ、やっと見つけて、大いに喜び、納得したという。

すべてを肯定する人と、ホメテクに喜ぶ人と似ているが、できたらホメル私は嫌らしく、真に褒めることのできる人になりたいと思う。