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あと何年生きるつもりなの?

2011/01/10 12:14
昨日のことだった。私と同年齢のAさんは、心臓への胸の血管を三本手術してバルーンを入れている。
もうかれこれ10年が経過したのか、来週に2~3日検査入院するんです。昨年は、脳ドックを含めて、身体に異常がないかと、全部を検査しました、と。

私が60歳になったとき、あと10年、ゴルフができればよいと思ったモノだった。ドライ-バーの飛距離は落ちて、加齢を感じてはいる。しかも、お年寄りの葬儀をするに、50代、60代、70代と多くなっていることもあり、多分、10年後にはどうなっているのか、自分にはわからないことだ。

「仕事がきつく、精神的にも負担を強いられて、今が幸せだ」と言った60代後半の男性がいた。彼は「80歳より90歳まで生きる」と豪語していた。その彼が、昨年、亡くなっている。

私は、Aに、「一体いくつまで生きるつもりなの?」と聞いてみた。すると、「それなんですよ」と言う。
ポツリと、彼の口から、「わからない」の言葉が発せられた。

不思議な言葉があるものだ。
「わからない」。

親しい者が頻繁にドックに入った。精密検査をしたから、新聞にもこのてのことが書いてあるし。これは、世間の風潮なのか、加齢を重ねたら、ガンの危険もあるし、そろそろ、精密検査を受けて、今の自分の健康状態をチェックすることが必要なことは理解できる。しかし、「あと何年生きたらよいの?」に、明確な答えはない。

「わからない」
まるで、達磨の不識のようだ。

一日、一日と生きていければよいのではないだろうか。
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悪性です。

2011/01/02 09:40
親族のことで、いざこざがあると、ずっと以前に彼女から、聞いたことがあった。
「その後、落ちつきましたか?」と聞くと、手で胸からお腹を指し「あちこち手術をして」と言った。

「良性ですか?」と聞くと、「悪性でした」と飛び出してきた。

すこし沈黙のあと、顔色を見ながら「薬は?」と聞くと、「少しですが飲んでいます」と言う。

でも笑顔がただよっているので、「ガンは人間を生きていることを考えさせるでしょう?」と言う。
「そうですね。何だか世界が変わったような」と。

「今まで生活の追われながら、振り返ることもなかった、見つめることもなかったものが、見えてきましたか?」

「感情が豊かになったような……」

「今まで考えもしなかった命の近さ、何気ない自然や人の人間の行為が見つめられる機会を与えてくれるますか」と言うと、「そうですね」と笑顔で話す。
「そしてまぶしさや輝きが新鮮に自分を覆いませんか」と。
肯く彼女。

「ガンからそんなものが与えられるとは思わなかったです……」と。
「ここまで来るためには、辛かったことが多かったですね」と。

彼女は「有り難うございました」と帰って行った。

無は、「私は、自分の心を識らない」と、有に言った。
有は、「私は、自分の心ばかりが見えるのです」と、無に言った。

今年こそ、よい年であったと……

2011/01/01 13:30
臨済禅をマスターした西田幾多郎氏は、「個物は個物に対して個物である」と悟った。

箇が箇であるためには、箇がなければ、私とはならない。

それは、箇は箇を含んで箇となると言い換えることができる。

その箇が真に箇となるために、箇は無心となることが必然であると……。

箇の孤独さが、社会問題になるたびに、箇の弧を悩む。

本来、人は、自分自身の目では見えないけれど、みな手をつないで生きているはずだ。
問題は手をつないでいる中味だ。

いじめも、虐待も含めて、すべての事件は、手をつないでいなければ起こらない事件だからだ。

今年こそ、よい年であったと、誰もが言えるような、そんな一年の箇であることを願っています。
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