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終の棲家は決まったが、いつなのかは決まっていない。



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あちら側とこちら側
 東日本大震災後、多くの人が、人が生きる意味の問いに直面したのではないかと思います。その結果、今までの普通に暮らしていた日常の普通さを疑い、物質よりも絆、友、家族の意味を再構築しようとしているようです。
 昨年は、無縁社会が話題になっていましたが、震災以降は、何が人を動かすのか、動かされた私に意味を見出そうとしてるようです。あの津波の映像を繰り返し目撃した者にとって、寄せては引く波に、流され翻弄されたのは、また、私たちの普通の暮らしだったのではないかとも思えるのです。
 自然の驚異と、制御不能となった人間のエゴが作り出した原発の暴挙を目の当たりにして、翻弄されたものは、私の中の死ではなかったか。誰だって、あんなにむごい現実を見れば考え方や生き方が変わるものです。
 そして、振り返ってみれば、自分のことを中心に考えていた自分が、いかにいたらない人間であったか、物や自分に執着し、困惑して、悩み、さいなまれていたのかに気づいたということではないでしょうか。
 本当に大切な物は、何だったのかと考えることを悟らせたような気がいたします。
 そしてそこから、新たな希望や願いが生まれようとしているのだとも思いますし、生きるということが問われていることでもあり、それは自分の中の死が、働きかけているといえないでしょうか。

 さて、人が誕生したことは、同時に死も含まれて、誕生したといえることから、人が生まれたということは、人の死も誕生したということです。そして、同時に誕生したものは、生まれた赤ちゃんとのあらゆる関係も同時に誕生したことになります。赤ちゃんにとっては、世界の誕生でもあるといえます。世界から見れば、新しい命の誕生の祝福です。
 生と死は、同時に存在していることだと、そして生は死を根拠にしてあり、死は生を根拠にしてあります。
 震災により、浮かびあがったのは、この関係なのだろうと、私の中の死が、人がいかに生きるかを、改めて気づかせてくれたのだと思いました。

 そんな私たち日本に向かって、アウンサンスーチ女史は、《ビルマからの手紙2011(毎日新聞平成23年5月23日(月)朝刊》で、終わらぬ「旅」という一文を日本人へ寄稿していました。
 『長年にわたる自宅軟禁の間に、私は、旅が人生ではなく、人生こそが旅なのだと思い至った。過ぎてゆく日々の中で、一日を形作る1分、1時間という時の流れには、どれひとつとして同じものがないことに気付かされた。
 人生とは、微細な変化の日常を、長い年月をかけて積み重ねながら歩んでいくものではないだろうか。自宅軟禁中に日課となった早朝の瞑想の中で、私は意識をいろいろな場所にさまよわせながら、自分の住所がまさしく「旅行中」なのだと感じるようになった。それからは折々に身辺を整理し、不要なものを処分するすべも覚えた。人生そのものが旅ならば、身軽なのに越したことはない。
 おとぎ話の登場人物のように、時空を超えた輪廻転生の旅の道中に自分はいるのだと思えば、有刺鉄線を巡らせた高い塀だけでなく、果てしない距離さえも飛び越えて、かなたにいる仲間と手を取り合える気がした。
 終着地がどこなのか、この旅がいつ終わるのかを知らずとも、旅人たちが時空を超え、言葉や文化の違いを乗り越えて理解し合えば、心は一つになれるはずだ。
 未踏の地をゆく人々には信念や勇気を盾に冒険を続けた共通体験があり、それが旅人たちの互いを思いやる心を育てるのだ。』と、東日本大震災に見舞われた人々に対し、試練を乗り越えて欲しいとエールを送っていました。
 
 生をこちら側といい、死をあちら側というなら、こちら側の人生の旅は、すべて「旅行中」、「旅なる人生の途中」にあると読み替えることができます。
 だからこそ、こちら側の信念を、確かなものにしなければ、ただあちら側に流されて、本来の自分というものを失うことになるのかも知れません。あちら側のことは、こちら側の私たちによって決めるためにです。

 臨済宗の祖、臨済禅師は、臨済録に於いて、「途中に在って、家舎(かしゃ)を離れず」と記しています。臨済禅師の生きた時代、この途中の意味するところは、輪廻転生の旅の途中で、生まれ変わりの長い時間だったようです。
 アウンサンスーチ女史にとって、輪廻転生の生まれ変わり、死に代わりは、おとぎ話の世界のようですが、禅は、家舎を心の器と考えることで、慈悲や愛が宿り育つ心と考えることが出来ます。
 その心は、私という自己が確立する以前の心なのですから、いくら私が考えても対照的につかまえることはできません。もしつかまえることが出来るとしたら、無心となることで、手に入れることが出来るのかも知れません。しかし、無心な私にとっては、手に入れるという意識もないはずです。

 「途中に在って」とは、旅なる人生であり、「旅行中」です。「家舎を離れて」を、執着を捨てた無我や無心に置き換えてみますと、「途中に在って、家舎を離れず」とは、一瞬一瞬の今を、無心に生き続けることです。臨済録には、さらにその先を目指して、「家舎を離れて、途中に在らず」こそ、人天の供養を受ける人だと付け加えております。

 自己の歩んできた道を、歩みを忘れろと、「未踏の地」を行けと叱咤します。それは、実績とか物を持っていること、あるいは蓄積した知識に価値や意味を持ち続けることを戒めています。人は知らずに、自己を認めてもらいたいものですが、そこは、普通の価値観です。
 そこにおいて、道は消えて、死も消えて、終着駅も消えて、あちら側もこちら側もない人生が輝いていると思うのですが、人生の輝きが問われているともいえるのではないでしょうか。
 そんな無心の心を、禅は幾世代にもわたって、伝えてきたともいえます。
 仏陀釈尊は、今も活き活きと生きている。
 祖師である達磨も、宗祖臨済禅師も、妙心寺開山関山慧玄禅師たちも、今も活き活きと生きている。
 祖父や祖母、母も父も、今も活き活きと生きていると。それは、無心なる心が、私たちにはあるからではないでしょうか。無心なるがゆえに、呼ばれれば、母となり、友となり、妻となることができるのです。

 今を生きるということは、時に、辛く苦しく、悲しく寂しく、不安や恐怖に、いらいらすることも、それを取り除けない今の私なのだと徹することが、今を生きている、豊かに潤いのある姿ともなるのです。
 人は誕生したときから、私たちの目や耳腕や足までも含めて、すべてあちら側に向い、歩むということを説明できるものです。年を重ねるという意味を、旅や歩みに書き換えてみますと、終着駅や死が見えてきます。
 生き続けるという価値は大きな意味を持ちます。それは、「あちら側のことは、こちら側によって決まる」ことだと示唆できるものです。 
 だからこそ、こちら側の信念を、確かなものにしなければ、あちら側に流されて、本来の自分というものを失うことになるのかも知れません。あちら側のことは、こちら側によって決めるためにです。

1,000万の家に太陽光発電?
G8において、突然に発表された首相発言。
ここ下町においても、「我が家も何とか、エコなる生活を!」と考えている家庭もあると思うのです。
東電の電気料金も、エコ発電していない家庭には、罰金みたいな電気料が加算されています。
でも、この罰金や制裁のような料金に疑問があります。何故、東電が、そんな制裁みたいなことをする権利があるのか、一私企業として、こんなこと許してよいのでしょうか?

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牛過窓櫺(ごかそうれい)
京都のお寺の奥さんから葉書をいただいた。

《「いやいや「牛過窓櫺」と、誰もが避けたがるとか。
今回の人災に関しては、この尾巴(びは=尻尾)のところですかね?
玄峰老師は「真面目に正直に、ちゃんと働いてきても、境界はそれぞれよ~~~」
西片老師、「この牛過窓櫺を遙か向こうの世間のことだと思ってはいかん。痛い目にあうぞ!!」
いやはやその通りでありまして、人間話せば解るは、天照大御神の頃かいなあ~~と、合掌》

うーーん、まいったね。
この葉書に対して、とりあえず、謙虚さが何よりも大切と答えておいた。
こと人災のことに関しては、安全神話にも通じ、どんな組織にあっても、絶対や完全などということはない。
事に携わる人にとって、この尻尾を意識しなかったがために人災となったと、○○院婆合掌と風に託した。

ところで、iPadⅡだが、どうしてどうして、このiPadⅡにお経や回向、データー等々を入れて外出のさいの友にしたいと勇んでいるが、何故か邪魔な物ばかりがソフトとして中身に入っている。
ゲーム、ゲーム、面白おかしくのものばかりだ。よほど、人の貴重な時間を奪おうと考えているのか、この発想にそれでどうするの?これ何なの?と、骨や角までも人を犯そうとするのか、尻尾どころの話ではない!!!!


天災か?人災か?
福島原発の事件は、人災か?天災なのかというという判断があるらしい。そこにはそれなりの理由があるらしい。天災派、人災派というカテゴリーもあるそうだ。

しかし普通の家や建物と違って、絶対に事故を起こしてはならないし、それでも事故が起こったらと、二重三重に防御態勢を整えた施設であることから、やはり人災というのが正しいと思うのです。

たとえ想定外という専門家としてはふしだらな答えで回答を逃れる人たちがいても、すでにその人たちがその施設と結びついていたという事実から見ても、これは人災です。

しかし、そこに暮らした人々にとっては、怒りに満ちている。現実に放射能に汚染されて住めなくなり、避難し、帰ることができなくなった地域が、日本の地図にある限り、取り戻せないものが数多くあります。

住民たちにとっては多くは、何十年たって騙されたと後悔したとしても、その施設を造らせてしまったという、取り返しのつかない判断をしたという事実は消えないだろう。「おろかだったと、馬鹿だった」とです。

北方領土のように、「ふるさとを返せ!」と、言われ続ける覚悟を、政府や政治家、官僚、そして東電は持ちづけなければならないのでしょう。

3月11日までは、そのふるさとが、自分の暮らしの根拠だったことは間違いないからです。その根拠を一瞬にして失った、喪失感は、新たなる根拠が誕生しなければ、容易に自分を自分として立ち上がることは難しいだろう。

当然、自分に対してもそうだが、外に向かってもそうだ。政府や東電、原子力委員会、保安院と敵は数多くいる。まして、自分たちも含めてだが、原発の恩恵を受けていた人や地域に対しても敵はたくさんいる。

しかし、2ヶ月たって出てくる後出しデーターは、誰も信用できないことばかりを証明させて、憎さや、ふがいなさがおおいます。

時間をよみがえって、やり直すこともできないことからも、これは政治による人災、官僚と東電からの人災と、やはり言えるでしょう。

放射能によって汚染された土地、海、地下、空を、どうしたら返してもらえるのか。お金だけではすまない人災です。
ところで、地震保険からの保証と、人災だったら損害保険はどうなるのだろうか?
建物の損傷の度合いによって決まる保証は、何十年にわたって汚染されて住むことができないことをどう保証するのか?何故なら放射能汚染は損害会社にとっても想定外のことではなかったか?
土地も家屋も、営業や事業の未来の対価までもすべてを含んで、買い取らなければならないのは国家だろう。

これは大変なことだが、国家として事業である限り、償いも被災者の何十年と共にあると思われる。

何をしていたのだろうか?
この約3ヶ月になるだろうか、正確には1月14日からだった……。
購入したばかりのPCのクラッシュ……
やっとこの5日間ぐらいか、復活した。何とマザーボードとハードドライブを交換したのだ。
こんなことは初めてだったが、日本語変換の辞書もグジャグジャ、各種データもゴチャゴチャだ。
でも、やっと通常のように動き出しているPCだ。
まだしばらく調整が続くことでもある。

そこで、「如是我聞」は、かくのように私は聞いただ。聞いた私に私心があってはならない。
臨済録に「随処に主となれば、立処皆真なり」とあるが、随処に主となるとは、随処に私心がなければという意味だ。
お客様の気持ちになればということだ。
そこに、担当者のチョウさんの依って立つ姿が浮かび上がる。

今回のPCのクラッシュ以降、デルの担当者は、お客様のためにと、私の困難を如是我聞とよく聞いてくれました。
有り難く思っております。

しかし、その間、世の中混迷は続いている。如是我聞の先に、人がどう生きるという立ち位置があると思っている。