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ドジョウ
 平成23年8月29日、菅直人首相の後継を決める民主党の代表選で、述べた野田佳彦氏が、詩人相田みつをさんの作品を述べられました。(相田みつを作品集「おかげさん」ダイヤモンド社)
どじょうがさ
金魚のまねすることねん
だよなあ
    - みつを -
 「ドジョウはドジョウのままで、いいんだ」と、泥の中にひそむドジョウの泥くささに強烈なアピールとして心ひかれた人が多かったのではないでしょうか。
 ダイアモンド社には、この作品集に対して問い合わせが殺到したと聞いております。

もっとも、ドジョウには、シマドジョウとフクドジョウがいて、おとなしいドジョウと金魚に食いつくドジョウから、噛みつき方がささやかれるほどでした。ペット業界や、どぜう屋さん、安来節までもが一時的にブームとなったそうです。

 この作品は、政界という足の引っ張り合いに見える、泥くささの世界に生きる野田氏を、そのまま清新なイメージに転換させる響きがあります。
 マスコミの解説では、「他人と比較しなくてよいのだ」と、その背景には、何か独善という、独り善がりな思いがただよっているような気もいたします?
 この詩に登場する、ドジョウと金魚は、金魚は優れたもの、ドジョウは土の中に生きることしか能のないモノにたとえられそうですが、本当にそうでしょうか?
 
 「ドジョウがさァー」と、ドジョウは自分のことをドジョウとは言いませんし、自分を指すこともしませんが、指すのは人間のなせることです。
 しかし、このドジョウは、金魚をめざしたことは確かです。金魚がうらやましかったのか、ドジョウのままでは居られない心があったということでしょうか。擬人化して、もがき苦しむのも、金魚に根拠を持てば、気持ちは理解できます。

 人も同じように、夢を持ちながら達成する人もいるし、いつの間にか忘れてしまう人もいます。お金持ちにあこがれ、何かのきっかけでそのようになる人もあるでしょうし、思い続けながら、なれない人もいます。人生を達観した言葉にも見えます。

 でも、子どもに、最初から「ドジョウは金魚のまねすることねんだよなあ」、「ドジョウはドジョウのままでいいんだ」とは言えないことです。もしかして、金魚のまねをして、金魚に成ったドジョウもあるかもしれませんから。

 この作品は、思いを抱いた「ドジョウがさ、金魚のまねすることねんだよなあ」と、元のドジョウに成ったとき、今までのドジョウと違う、高らかにドジョウを謳歌するドジョウの誕生と見えるのです。
 今の自己を否定したことから、肯定にたどり着いたプロセスが見えます。きっとその時のドジョウは、フナやアユ、ハヤやウナギにナマズも、それぞれが輝いて見えたのではないでしょうか。

 妙心寺のホームページに、宗旨(しゅうし)について記してありました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 お釈迦様は、「生老病死」の命題に悩み、出家した後、初めは苦行を修しました。
 やがて、この6年(または7年)間の苦行では道は開けないとして、12月1日から一週間、深い禅定に入られました。
 そして、12月8日に、暁の空に光る明星を見て「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」などの言葉を発せられ、悟りを開かれたとされています。
 自分と他が一つ、「自他不二(じたふに)」という境地からこの世を見たとき、今、この地球や宇宙は皆自分の家であり、その中の生きとし生けるものは皆自分の家族である、という大いなる慈悲心が開けるのです。

 それまでは苦行に耐え、自分を磨こう、善いことをしよう、生老病死の苦しみを超克しようという自己本位の行いがありました。
 しかし、自他不二を体得し、その大いなる眼(まなこ)で眺めると、この世のすべてのものは「あるがまま」なのだと「気付いた」のです。それがお釈迦様の悟りです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ドジョウという自己が、現実において金魚のドジョウか、ドジョウの金魚か不明ですが、成りたいと、金魚という対立する関係において自己を否定したとき、ドジョウのままで良いのだと気付かされます。
 真理が見えた、現実の世界構造が見えたからこそ、否定から肯定へと向かう道となります。別の言葉で言えば、スミレはスミレのままでよいし、ぺんぺん草はぺんぺん草を生きる道があることが見えてきます。
 そこには、世界にただひとつの独立した、ぺんぺん草、ドジョウ、スミレと、そして自も他もと。この構造こそ、相対的な世界を生きるすべとなるはずです。
 「山川草木悉皆成仏(さんせんそうもくしっかいじょうぶつ)」とは、スミレはスミレのまま、ドジョウはドジョウのまま、自他無二とは、世界が一つと成ることで、逆にそれぞれが独立した存在であることを表現した言葉のはずです。
 それを人生に喩えてみれば、老いてまだ坂を登るが如くあるから、老いが豊かであるのではないでしょうか。老いて、若さに立てば老いは姿を変えるものですと……だから、ドジョウはドジョウのままでいいんだと……

 ドジョウやスミレ、ぺんぺん草やタンポポとして、空間的に独自のモノとして存在しています。それは、他と区別されて、各々が差別によって数々と存在するということです。これが世界の有り様なのだと、この現実の世界を一とすれば、不一と、一つに非ずと、多の方向を示します。

 春になれば梅や桜の花が開き、秋になれば黄色く色づき、冬には枯れてと、人もそのように生きているはずなのです。人も植物も生きとし生けるもの百花繚乱として、それがそのまま一となります。

 家族も、学校も仕事場も、国も、一にして多、不一にして、異に非ずの関係こそが、現実の有り様となっているはずです。学校のクラスが一つに成るためには、生徒である多の個別は、それぞれが独立とした存在であり、そして、障(さわ)りや妨(さまた)げのないモノとしてあって、はじめて一つであるといえます。

 この同時という視点こそが、「ドジョウはドジョウのままに」生き、スミレはスミレのまま花を咲かすことが、世界は慈悲に満ちあふれている表現となるはずです。
 大乗仏教は、よく「自位に住す」「法位に住す」といいます。それぞれの真理、如実の真理に拠り所を持って生きると。そこに、ドジョウは、真の自己となります。これを、あるがままに生きる、住す、または、あるがままを拠り所とするといいます。

 一は多に、多は一に(まるで三銃士の言葉のようです)、これこそが、「自他不二」ということです。体得しても、しなくても、無心となって働き、生きる行為や姿こそ、自他不二と思っています。

注:鈴木大拙・西田幾多郎・中山延二氏の考え方を参考にしております。

大きな火事ではなかったけれど?

昨日の夕食後、といっても食事の遅い人にとっては、何時だかわからないが、これはナンダ。
近くで小火か?煙も火も見なかった。

ふれあい給食会

昨日、地元の小学校で、ふれあい給食会が催されました。
今年で、13回目です。
三遊亭圓橘師匠が、3年生の子ども達に、落語の仕草をしてもらいました。
担任の女性の先生には、即興で小話をさせ、子ども達は爆笑です。
校長先生には、ソバを食べる仕草を、して頂きました。こちらも爆笑です。
楽しかったふれあいでした。
11時20分から午後2時まで、彼岸の入りというのに、私も出席してしまいました。

仏壇開眼
昨日、横浜に行き仏壇の開眼をしました。

仏壇を開眼したと言うことは、新たに、家に祀られる出来事ができたと言うことです。

今年の8月だったか、冬木町の老人会長と道ばたで、お目にかかった。

一昨年まで、とある男が、その会長のアパートに独り暮らしていた。

その彼は板橋のアパートに住み家を代え、腐敗して亡くなっていたのが発見された。

警察は、身元引き受けを探して、深川から群馬まで探したという。

その彼は、深川の出身で、とあるお寺の長男でもあった。寺をだされ、放浪を繰り返していた人生だった。

直接知っていたわけではないが、かなり以前より、知っている人は知っていた。

会長にお目にかかった時、その話をした。

「そうですか、それでは仏壇に、お線香を上げておきます」と、会長は私に語った。

これも、6月頃のことだったが、知り合いの若者が自殺したときがあった。

私は、鳶仲間二人と、若者のお通夜に出かけ、桐ヶ谷斎場で、焼香をした。

地元に帰ってきて、近くの居酒屋で通夜をした。

「何で自殺なのしたのだろう」と思っても、彼しか知らないことだ。

もう一人の友人の鳶に電話をして、その鳶も若者をよく知っていたので、一緒に呑まないかと誘う。

まもなく、その彼も同席した。

私は、「いやいや、解らないことだし、残念なことだ」と。

呼び出された鳶は、「お線香を揚げるよ」と。

私はとっさに、「どこで?」と、呼び出された鳶は、「勿論、家の仏壇さ!」と。


仏壇開眼により、どんなことでも、ささいなことでも、お線香を一本捧げる場所が家庭にできたということだ。

仏壇とは、そんな場所でもあるのだ。

彼岸
平成23年9月20日(火)彼岸の入り
平成23年9月23日(金)彼岸中日・秋分の日
平成23年9月26日(月)彼岸明け

ビックリして!
昨日の朝のことだ、息子の嫁が来て、開口一番「あたしビックリして、お母さんのお婆ちゃんが死んじゃったんですよ」と。

一昨日に、母親から訃報が届いたのだと思う。

思わず「そうか、死んじゃったのか!それは突然のことだったね。驚いたね」と。

お婆ちゃんは、危篤を何度も繰り返していたとはいえ、彼女の中の途惑いが、「ねえ聞いて下さい」と訴えていた。

今、彼女の会社では、社員間の死の弔問、結婚式へ招く習慣はないと聞いていた。

多くの大企業が、こうした儀礼を縮小しているのだと思う。

世界企業になっても、その国や地域の慣習に習うことは、その国を大切に思うことと同じだ。

何故ならば、そのことによって、地域や国に有り続けることが出来るからだ。

物を売れば良いと、商品を作れば良いと、物流の基地であれば良いと、それでは、企業とは利潤追求のマシーンとかわらないではないか。

そんな企業が、町づくりや、人づくりを理念に掲げていることがあるが、矛盾に気づかないのかと、ふと思う。

なかなか、企業として、考えていることと、していることが、同じようにいかないのは世の常だろうが、人が生きている視点は、人にとっても、企業にとっても、国にとっても同じだ。


せんだて、妻の父の法事に、「喪服を用意しておくように」と、私の妻から言われて購入していた。

そんなことを思い出しながら、「良かったね、喪服があって」と……

「はい」と嫁。

妻は、お婆ちゃんのことを温(たず)ねて、お婆ちゃんの死から嫁の受けた様子を気にして、探しながら、会話を続けていた。

明日は、妻の父の3回忌法事だ。

2年前になくなった、義父は、名前が”清”の通りの人だった。

妻から見れば、父とは、やはり背中で象徴するように、確かな存在ではなかったような気もする。

母親との接し方とは、まったく別の面しか見えないこともある。

黙して語り会うことはなかったが、毎月父から妻の元へ手紙が届いた。

結婚して、30年にわたって手紙が届いていた。娘を思う故か、「身体に気をつけろ。元気に暮らしているか。喧嘩はしていないか。……」

いつまでたっても親は親を脱皮することはない。

そんな父が亡くなり、葬儀を、私がすることになった。僧堂に修行にいっていた息子も、僧堂はその時だけ、義父の元へと帰してくれた。

本来、修行中の身なれば、無理だった歴史があるが、悲しみだけは別と、僧堂も考えを変えたか。

そんな時代ではないと……。

家族親戚は、そんな修行中の雲水の姿を見て、涙をなお流させた。

そんな父に、私は、「忍」という一次を贈った。

忍は、自分の心に刀の切っ先を向けると読んだからだ。

そんな義父の面影を、明日、お目にかかる。

忍という字の、刀とは、同時に無心ともいえるものだ。

嫁いで幸せに暮らす?娘を心配する心、それは、無心なる心に咲いた花だと思っている。

明日は義父の三回忌だ。

平成23年9月18日(日)圓橘の会
場所:深川東京モダン館
地下鉄大江戸線・東京メトロ東西線「門前仲町」駅下車、徒歩3分かからない。

出演 三遊亭 圓橘
 三遊亭 きつつき
 三遊亭 橘也
午後2時30分開場  午後3時開演
演目は
夢の酒
《大黒屋の若旦那、夢の話で、出かけた向島、結末も夢となるか?》

鹿政談
《圓生の演目の一つです。犬か鹿かと、舞台は奈良。大阪の真打ちの話だったとか。
近頃、政談も人情話、裁くは江戸の町奉行に出世した、備前守チョン チョン チョン ……》

木戸銭は、予約が2,000円、当日は、2,500円
電話は03-5639-1776

うつすぞ~!
被災地に視察に出掛けた大臣が、親しい記者の側により、放射能を「うつすぞ~!」と。
この手のものは、世界共通のもののように思える。
憎い相手だったり、親しみを込めたものだったりと。
エイズ・風邪を引き、様々な感染症の感染、その手の悪い冗談は国内外でかなりあった気もする。

「うつすそぞ~!」と言って、移ったものに碌なものはない。
人の心にうつ(写)るものを考えてもらいたいものです。