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70億の遺族たち
もうだいぶ以前のことです。京大全共闘で活動した北小路敏という政治家とタクシーで一緒に移動したことがありました。

その北小路敏さんがいった言葉、「トロツキーやエンゲルスにしても、彼ら個人は家族にとっては、善い父親であり、子供であったのです」が、今でも印象に残っています。

世界をくくるものはいろいろあると思う。家族と遺族、メッセージがあるのは遺族だ。

世界には肌の違い、宗教・政治思想・様々な隔たりが人間にはあります。

でも気づいたことに、70億の人類のすべて、先人たちの遺族であることだった。

喪を生きる
母が亡くなって来年は13回忌だ。父は27回忌になる。

父も母も、私の日常に、なくてはならない人として、よく思いの中に登場する。

そんな登場の仕方に、喪(も)と呼ぶようにして、26年が経った。

その登場の仕方の喪は、母が亡くなってから、かなり頻繁に訪れるようになった。

そんな訪れる父や母への思いを、喪として、見えない喪服とした。

「いつ着たのか、いつ脱いだのかわかならい、巡る年月となって潤して欲しい」とみずからに望み、言い換えた。

裸の王様の故事を、喪服としたのだった。

裸の王様の見えない服は、恥ずかしかっただろうが、訪れる喪は、一生にわたって巡る年月となって欲しいと望んだのだった。

失った悲しみや寂しさ、遺(のこ)された、それを喪失感というのかどうでもよいが、回復とか立ち直りとか思いもしない。

あるがままだ。自分が生きる上でオアシスでもある。

人は最愛の人を失ったとき、得てして孤独となる。その孤独さの表現は人の数ほどに無数だ。

人の数ほどに無数で、当たり前のことだ。それでいいと思う。


その当たり前のことが、当たり前でない人がいた。

50半ばの長男を亡くした男親だ。その男親は、妻と別居しながら亡くしていた。

私には、長男を亡くすことがどんなに耐えられないことか?も、遭遇したことはないのでわからない。

三回忌の法事であった。

嫁さんに聞いた。「親父さんはどうしたの?」

途惑いながら長男の奥さんが話した。「行きたくない」ですって。

彼女の口から言葉がドット出た。

だが、親父のその気持ちは、息子を亡くした親として解るような気がしていた。

でも嫁さんや、子ども達にとってはずっと現実的で、もっと苦しかった。その苦しさの中、明るく、励まし合っていた。

そういえば、13ヶ月の余命と宣告されて、最後は、胃がんが腹膜から大腸に転移して人工肛門になって、長男は亡くなったが、最後まで、親父は「いやだ」と言って病院にも行かなかった。

父親の心も頑なで、溶けない心だ。

その長男の末期に、嫁さんは長男を呼び戻そうと語りかけていた。

最後の最後に、「質問ばかりして、ご免なさい」と、謝ったという。

長男の視線が朦朧となったとき、「ねえ見える、私の目が見える」とのぞき込んだという。

すると、長男は笑みを浮かべた。

それが最後だった。

夫の最後まで尽くした彼女は、今も夫の喪を、何よりも大切にしている。

だからこそ、父に出席してもらいたっかのだ、三回忌に……

夕日
訃報は、本当に突然にやってくる。

言葉少ない人だった。
お盆のお参りに行くと、彼女は介護用ベッドの上に……
息子さんが介護をする。

仏壇に向かうと、彼女は起きようともがく。

「そのままで、よいですから」と私。

「母は、正座は苦にしませんから」と弟。

そんな彼女が亡くなった。87歳だった。

お寺に来た兄弟二人は、インターネットで検索した、《旅ナビ柏崎の石地》の資料を持参した。

この漁村で生まれ育ち、ふる里を後にしたのだ。

「石地は、夕日が美しいのです」と、兄。

ふと、「日の出は?」と私。

「日本海に向かって家々があり、背に山々を背負っているから……」と。

「そうか、ここは中越地震の震源の近くだ」と思い出した。

あれから4年が過ぎ去っている。柏崎の様子も、見事によみがえったような。
心の傷は見えないが、景色は大きく変わった。

「そうだ、東の本大震災に襲われた地域は、朝日が美しい。
瓦礫におおわれた街にも、朝日が美しかった。
今も、悲しみや不安におおわれている。

人って、生き続けることが、鎮魂の祈りであることを考える。
その生き続ける意味は、まるでマラソンのリレーのようにだ。

忘れない……

残された者が、それぞれに生き続けることで、亡くなったものの魂は生き続けるような。
忘れない……

人が住み続け、生き続けることで、必ず街は生き返るのだ。
忘れない……

過去、日本の多くの町や村が震災にみまわれたではないか……
忘れない……

夕日を……
朝日を……

忘れない……
貴女を……