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終の棲家は決まったが、いつなのかは決まっていない。



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サプリメント
新聞の広告欄にサプリの宣伝を見ない日はない。

錠剤やドリンク剤、チョコレートやワインもサプリメント化している。

身体に良いからと。

知らず人は「身体に良いから」と、もっと身体に良いものはと貪欲に求める。

自然から収穫されたものを、日に三食、飢えを防いで適当に食べていればよいものを……

よほど自然から収穫されたものが少なくなったからだろうか。

それとも、売っている野菜や魚、お肉や果物が、余程効果がなくなってしまったのか?


私が、幼かった頃だ。

六畳に四畳半、台所に玄関があった借家に住んでいた。戦争で疎開した親戚の空き家だった。

井戸があった。

その井戸で、磨き粉で歯を磨き、顔を洗ったものだった。

それほど貧しくはなかったが、生活はあんがいつつましかった。母の手料理だった。

記憶の中で、冷蔵庫が買ったときの記憶がある。その冷蔵庫は氷を入れる扉があり、下からポタポタと水が落ちた。金だらいのようなパットでその水を受けていた。

夏になると蚊帳をつり、親子5人で寝ていた。

一年に一度か、二年に一度、この深川に来た記憶がある。中央線の電車で長時間揺られてだ。

ここではウナギや寿司など、見たこともないようなご馳走を食べたものだ。

そのうち、私は、ここに来れば美味しそうなものを食べることができると子供心に思うようになった。

しかし、いつの頃からだろうか、家の近くで遊ぶことから冒険して、遠くまで行き遊ぶようになると、ご馳走より友達と遊ぶことや、多少の勉強の方が面白くなった。

すると、深川でのご馳走を忘れてしまったのだ。

身体から心へ、人は知らずむしばまれていく。

食べ物もそうだが、便利なものも、快適なものも、そのものが持っている意味に染まり、自分もその意味が正しいと意味づけさせられてしまう危うさがある。

そのものが持っている業とでもいうのか、人の体内で蓄積されてしまうのか?

美味しい、便利、快適さを意味づけさせられて、飼い慣らされた人は、自ら考えることをしなくなるし、疑問を持つことも怠ってしまう。