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終の棲家は決まったが、いつなのかは決まっていない。



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田子
修行仲間が田子の寺に住職をしている。
つい先日も、田子から干物を頂いて、美味しく食べている。

ふと田子の歴史を知ろうと、インターネットで検索をしてみたのだ。驚いた、歴史を知ろうと検索にほとんどと言ってよいほどに引っかからないのだ。
寺の歴史を見ようとしたら、見ることもできなかった。鰹節屋さんだけが、少し、記事を載せていた。

西伊豆町のホームページでも、地域の町の離散集合、経済(借金)などはわかるのだが、歴史は皆無といってよい。
民宿とホテルの部屋数は一定であることから、観光者の数の減少はないものの、厳しいことに変わりはない。

取り敢えず、田子地区の人口をひろってみた。

平成23.4.1 2602人 1167世帯 2.23人
平成22.4.1 2691人 1185世帯 2.27人
平成21.4.1 2799人 1205世帯 2.32人 老齢人口比は39.1パーセント
平成20.4.1 2887人 1215世帯 2.38人
平成19.4.1 2971人 1222世帯 2.43人
平成18.4.1 3035人 1237世帯 2.45人
平成12.4.1 3273人 1261世帯 2.60人
老齢化が進んで、漁業も乏しく、何より、世帯人数の減少が著しい。地域疲弊の一端を垣間見る。
国の交付金によって成り立っているといってよいのだ。

田子の漁師町は水軍の歴史でもあった。浜側には田子城が、山裾には小松城があった。
田子城も小松城も、室町時代からとも言われで、北条水軍の一翼であった。
でも、もともと、水軍の人々は海を道とすることから、太平洋沿岸を自由に旅をする人々でもある。

船には水に腐らない材木が不可欠だが、伊豆は良材が多いのだ。特に楠は大切な木だ。そのためか神社や寺には楠の大木がご神木としてある。

半農半漁であれば、飢饉にも困らない。夢を持たねば生きていけない民として、海は大きな夢をもたらす。

海に暮らす一族は、勇みと情がなければ共に暮らすことはできない。

勇みは、いざというときの覚悟を伴い、情けも非情を含んでいるものです。それが智慧でしょうか。

幼いときから海をのぞんで、その精神を海の一族から受け継ぐ。

それは、強い責任感に忍耐、ここぞと言うときに曲(ま)げない信念、何より海に出かけ、海より帰る場所としてのそれぞれの家族のまとまり、きまじめさと明るさ、優しさに一途さ頑固さ、海の怖さを知るがゆえに、判断力と従順さを、海に出ることを思えば周到な準備を欠かすことはできないからだ。

海の民といっても、もともと日本に島国であり、黒潮、親潮の流れにより、太古に流れ着いたものだ。

内陸に暮らす民は、このことを忘れているのだ。

日本書紀には「伊豆国に船を造らしむ」と、長さ十丈の船を朝廷に贈ったとある。

そんな歴史は、文字としなければ、文字に文字を重ねなければ、やがては消えていくものだ。

まだ間に合う。人がいなければ、歴史を輝かせないではないか。

田子よ!頑張れ!

何年ですか?
とある家庭のご主人の訃報を頂いて、すでに夜もふけていたけれど、奥さんとお話をしました。

故郷の話、家のこと、知り合ったときのこと、お付き合いして、結婚したこと。子ども達を授かったこと。

仕事のこと。故郷を出て家を建てたとこと。子供の結婚。孫を授かったこと。兄弟を亡くしたこと。

ガンを患ったこと、抗がん剤を止めたこと。自宅にて看護を受けたこと、そして、亡くなるときのことと……

不思議だった。奥さんの中には、タンスの引き出しから懐かしいものを引き出すように出された。

主人が生まれて74年、知り合って51年、付き合って50年、結婚して47年、子供を授かって46年、先祖の墓地を改葬して自宅を建てて40年。

孫を授かって21年、お兄さんたちを失って20年ぐらい、仕事やめて13年、ガンを患って3年、抗がん剤をやめて2ヶ月。

自宅で看取ろうとして1週間、そして亡くなった日の一刻一刻。

すべてはあっという間の時間だったことになるのだが、消えた過去が今に、~~年となって復活する。

過去はあっという間に消えて、今という時間に誕生するか?

同様に、未来は次々と、今という時間になることから、未来は消えることを定めとしている。

時は現在から現在へと進むと、仏教は説きます。

説いても、説かなくても、それが現実です。

葬儀が終わって、別れ際、奥さんのうるんだ目をみて、声が出なかった。

でも何か声を掛けなければと、「やはり、時間が経つことで、少しは楽になることもあるのでしょうね」と。

でも実際は「時間がいくら経っても、寂しさだけは、どうしようもない」

否定も肯定もできない。

それが今という瞬間(とき)なのだろう。