スポンサーサイト

--/--/-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

現代アートは墨跡のよう

2013/07/30 11:43

玄関に飾ってあった、大津絵、お釈迦樣と鍾馗様、それに赤鬼が、カメの中の液体を飲んでいる。
お酢のような、まさかこんなでかい蜂蜜壺はないだろう。お酒もよいかもしれない。
「さあ、この三名の者にとって、味は同じだろうか、それとも、三人三様なのだろうか?」と、大津絵は面白い。
ちなみに、この木は、琵琶湖に浮かんでいた古い舟の木っ端です。

次に、7月27日、町内の辻さんが秋に個展を出すというギャラリーが京橋にあります。
先日、ドイツから帰ってきた日大芸術学部の方が、出品していると情報をもらった。
キャンバスに、油絵の黒を、筆で点々点々点々と、根気よく、それこそ根気よくの作業が見える絵は、とても良かった。

ところその隣のギャラリーでは3人展が、深尾良子さんという武蔵美の作家、お店の人に「このテーマはどこから付いたのですか?」と聞くと、「思いつきですよ}と。

「鯨の生まれた日」とは、まあ誰でも生まれた日があるので、「私が生まれた日」としてもよいかなあ~

ロウに紙とインクという取り合わせ、現代アートは自由だなあ~、でも環境としては、居場所を見つけて、「ただそこにあるだけ」という。

まるで、今の私の誕生のようです。

スポンサーサイト

戸別訪問の彼は

2013/07/30 10:42
多分2年以上前からのことだろうか。
私の奥さんは、怖いから寄せ付けないでと、喜ばないのですが、一人の親しいホームレスが時々訪ねてきます。
一年中黒く日焼けして、笑うと笑顔が可愛い、静岡出身のYさんです。
年齢は40歳半ば、やせて、トボトボ歩きます。
真夏も、一年中かも、長袖のジャージのような、そして運動靴姿です。

住んでいるところは、錦糸公園だったり、まあアチコチのようです。
ねぐらを訪ねたことはないのですが、結構、住人達にも規則や暗黙のルールがあるような気もいたします。

はにかむ様子は、まさに、社会から置き去りに去れても、道ばたに咲くカレンな雑草の小さな花の強さを持っています?

彼には、日頃、区の福祉事務所に行って相談員と面談したらと誘ってています。

まあ、自由のような、根無し草のような生活から抜け出せばとも思いながらも、半分、その自由さにヤッカム気持ちもあります。
その彼が、いつか公園で、道ばたで、死んでいる姿を想像することもありです。
厳しい状況であることは間違いないし、今日の一日を生きることが常に課せられているともいえます。

彼が来るときは、いつも、ギリギリで困ったときです。
数日前、その彼が、ニコニコしながら言いました。
「区役所に行ってきました。生活保護一回で決まりました」と。

「話をする内に、すべての条件を満たしていると言ってくれました」

「そう。それで住むところは、Sさんという相談員が探してくれるそうです」と。
「いい相談員に巡り会えてよかったね。それじゃ、そこで体力をつけて、それから仕事をさがしたらいい。」と。

いつになく真新しいような紺のジャージを着ていた彼、「いいじゃない、似合っているよ」と肩をたたく。
「いただいたんです」と。

彼らの戸別訪問は、今は、嫌われてそう多くの戸口をたたくことはないと思うのだが、僕らも彼らと同じ地域という世界に生きている仲間だ。

「新しい住み家になれたら、また顔を見せてね」と別れた。

ノアの方舟

2013/07/01 09:46
『3.11後の思想家』(2012年1月30日左右社発行)という本に、ジャン=ピエール・デュピュイというフランスの哲学者の書いた、『ツナミの小形而上学』という本の内容を、社会学者の大澤真幸氏が執筆していました。

『ツナミの小形而上学』には、旧約聖書創世記第六章に書かれていたノアの方舟を、ノアを預言者として登場させ、洪水を、「世界の破局」とした逸話として書かれてありました。
旧約聖書の方舟の逸話は、神エホバは、民への怒りを顕した洪水により、地球上のすべてを滅ぼそうと考えます。そして、神は、ノアに方舟を造らせ、種の保存をノアに命じて、契約を結びます。その内容は、報復そのものです。

「あなたがたの命の血を流すものには、わたしは必ず報復するであろう。いかなる世界のすべての生きものにも報復する。兄弟である人にも、わたしは人の命のために、報復するであろう。人の血を流すものは、人に血を流される、神が自分のかたちに人を造られたゆえに」と。

陽岳寺では、福島原発の悲惨な事故と、その後の顛末から、使用済み核燃料という終息の道が見えないことを考えていました。将来にわたって決して終わることのない問題として、法要に、どう表現すればよいののか、『ツナミの小形而上学』を参考にしたのです。

《 ノアは預言者となって、毎日街に出ては、洪水により、人も動物も植物も亡びることを人々に訴えます。しかし誰もノアのいう言葉を真実とは思いませんでした。
ノアは、どうしたら人々が興味を示してくれるか、信じてくれるのか考えました。そこで、彼は、愛する子供か配偶者を亡くした者にしか許されていない行為として、古い粗末な衣をまとい、頭から灰をかぶりました。そして、街に向かいました。
すると、ノアのまわりには野次馬たちが集まり、口々に質問を浴びせます。
「誰か亡くなったのか?どうしたのだ、と人々は尋ねます。
ノアは、「多くの人が亡くなった」、「しかも亡くなったのは、あなたたちだ」と答えます。聴衆は、笑います。
「その破局は、いったい、いつ起きたんだ!」と尋ねられると、ノアは「明日だ」と答えます。
人々はどよめきをまじえながら、おおぼら拭きか、嘘つきの眼差しでもって、ノアを見つめます。そこで、ノアが語りました。
「明後日(あさって)は、洪水はすでに起きてしまった出来事になっているのだ。洪水がすでに起きてしまったら、今あるすべては、まったく存在しなかったことになっているだろう。洪水が、今あるすべてと、これからあるだろうすべてを、流し去ってしまえば、もはや、思い出すことすらかなわなくなる。なぜなら、もはや誰もいなくなってしまうのだから。そうなれば、死者と、死者を悼む者の間にも、何の違いもなくなってしまう。私が、あなたたちのもとに来たのは、その時間を逆転させるため、明日の死者を今日のうちに悼(いた)むためだ。明後日になれば、手遅れになってしまうのだから」と。
こう言って彼は自宅に戻り、急いで、身につけていた衣服を脱ぎ、顔に塗っていた灰を落として、方舟づくりにとりかかります。
晩になると、一人の大工が扉をたたき、ノアに訴えます。「方舟の建造を手伝わせてください。あの話がウソになるように」。
さらに夜が更けてくると、今度は屋根職人が、「手伝わせてください。あの話が間違いになるように」と言って二人に加わりました。 》

この寓話は、未来に起きる確かな破局から、今何を考えなければ、そして実践としなければと、我々に警鐘を与えるものです。

さて、仏教の具体的な時間の考え方は、今という時間を持つことによって、時間は、過去と未来という相反するものとして、分離することを見つめます。しかも、分離することにより、却って、結びつけられている事実を見据えます。このことは、直線的な時間の流れがあるのだと考えるのではなく、今は、過去と未来を根拠として在り、しかも同時に、過去も未来も、今を根拠として在ると気づくのです。
そして、その同時性を持つが故に、その今は、次々に過去に流れ込んで、現在に生まれると見えてきます。ここから過去は不滅となることができます。そして、未来は、次々に現在となって消えてゆくと現実をとらえます。
しかも、時は現在から現在への流れしかありません。このことから、今という現在の意味は、現在が、限りない過去を含んで、今にあり、未来は現在として消えることから、未来は常に現在として顕されるものとしてあります。
過去・現在・未来とは、時の全体の流れでありながら、現在から現在へと、時の流れは、流れながら、現在にいて流れない現在でなければなりません。絶対の現在、現在の永遠性、また、時間の前後際断とはこのことをいいます。現実の時間は具体的に、流れないものが流れ、流れるものが流れないとなります。

さて、『ツナミの小形而上学』によるノアの方舟の寓話から、洪水によって世界が流される意味は、人間にとって過去・現在・未来がなくなることを示唆しています。
それは意味の記憶とエピソードとしての歴史という記憶が生まれることもなく、現在から現在へという、永遠の未来の流れも失われると語っています。
このノアの物語は、現在を変えなければならない。そして過去を変えないためには、洪水という未来からの視点で、現在の選択肢を選ぶことが、いかに大切かと説いています。
だからこそ、原発事故の必然性を徹底して考えることで、その事故を回避する自由を我々は常に現在に、持っている証明ともなると考えることができます。
今だからいえることは、過去にもいえたことでもあるのですが、もし過去に、原発の事故が、地震や津波、構造上の欠陥として現実に未来に起きるのだと想定していたなら、3・11の現実の事故という真実は、無かったこと、ウソの事故になったのです。

ノアの予言する洪水と、原発に被害が生ずるという未来から見ると、過去の真実は、幻の事故になっていたことがわかると思います。
そして、現在に於いて新たな予言者ノアの方舟は、大型化して地球という乗り物になっているのではないかと考えることができないでしょうか?
今という現在に次々と誕生する歴史を絶やさないために、そして、はるかに遠い未来のあらゆる世代の人たちに伝えるためには、今、現在となって消える未来を絶やしてはならないと思うのです。
 Home 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。