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縁に随って、心法を忘ず
 「踏飜(とうほん)す七十九余霜、万事縁に随って心法(しんぽう)を忘ず」

 陽岳寺として、9月29日、部内(ぶない)のお寺さんでご不幸があり、葬儀に参列いたしました。

部内とは、臨済宗妙心寺派にとって東京周辺の区域を東京教区といい、陽岳寺は教区内の第5部に所属しています。

その5部は、江東区、墨田区、葛飾区、神奈川の三浦半島の一部を含むエリアに当たります。

 うかがった葬儀のお寺さんは、お寺からいえば、「となりのとなり」という近さです。

そして京都南禅寺僧堂の大先輩でもあることから突然の訃報は、「6月にお目にかかったときは、足の運びに不自由はあったものの、どうしたのだろう」と疑問が浮かびました。

 しかし疑問は浮かぶものの、現実として、亡くなったという重さが身に染みます。

 葬儀は、住職である息子さんの修業した鎌倉建長寺の管長、吉田正道老師でした。その老師の葬儀での引導の冒頭が、「踏飜(とうほん)す七十九余霜、万事、縁に随って心法(しんぽう)を忘ず」でした。

 79歳で遷化されたのですが、お寺を守ることを含めて、79年の人生はすべて所縁に随って歩んだものであり、その一歩一歩の歩みは自己を忘じての歩みだったと、禅宗の境涯をほめたたえたものでした。

 79年の人生を集約して「縁に随って」と、「心法を忘ず」という重みを、あらためて深く思い出します。

 修行の道場では、修行僧として365日、生活の中で所作の繰り返しにおいて学ぶのですが、すべては縁起の故の行為です。

その行為に、道場での師匠は、山門に至れば、食事をいただけば、食事がすめば合掌と。朝起きたら顔を洗い、食事をしたら食器を洗い、会社に行く。人と談じたら笑い、考え、按じて、愁い、祝いと。

不自由なものなど何一つないではないかと。心を外に求めるなと。

 さて、江東区では、今年の4月から、全小中学校に対して「学びのスタンダード」に取り組んでいます。

その内容は、前日に必要な学習用具を準備し、授業の始まりの時間を守り席に着き、授業の始めと終わりに挨拶をし、背筋を伸ばして姿勢で座り、声の大きさを考えて丁寧な言葉遣いをし、話している人を見て最後まで静かに聴きますと。

 名前を呼ばれたら「はい!」と返事をして、提出物の期限を守り、学年ごとに時間を決めて自ら計画を立てて家庭学習に取り組むことを、「学びのスタンダード」として実践し始めました。
 これらスタンダードの一つ一つは「縁に随って」であり、実践そのものが「心法を忘ず」となっているかと、自己への問いかけにつながっています。

 仏教で「心法を忘ず」とは、「無念、無心、自性、自己、心性、真人、真仏、真如、法身、仏、あるいは神」とも言い替えています。

 しかし、どうしてこんなに言い方がいろいろあるのかと考えれば、心法も法も同じ内容でありながら様々に言い方、呼び方が替わるということから、言ってしまえば、あるいは呼んでしまえば、固定的対象的なものとなって独立して戸惑いを誘うことから、本来は、「言えば違う」ということが正しい認識なのでしょう。しかも、認識すら認めることと考えれば、それすらも拒否するものです。

 その「縁起の故に空」と、「縁に随って心法を忘ず」を、うまく説明した和尚がいました。沢庵禅師です。

 不動智信妙録に、「かように心を忘れきりて、よろずのことをするのが上手の位なりといい、舞の例をあげて、舞をまえば手に扇とり足を踏む、その手足をよくせん、扇を能くまわさんと思うて忘れきらねば上手とは申さず候。

 いまだ手足に心が留まらば、わざは面白かるまじき也。尽く皆心を捨て切らずしてする所作は皆悪しく候」という。

 道元禅師から言わせれば、「仏法とは自己を習うことなり。自己を習うとは自己を忘るることなり。自己を忘るるとは、万法に証せらるるなり」です。

 古人は、これを「物となって見、物となって聞く」と、含蓄ある言葉として残しています。このことは「私」となっていないということです。

 縁に随っての行為の中に、第一人称の私が存在しないことを考えると、日本語の言葉遣いに共通するから不思議です。

 つい口にでた、「思うのだけれど」に、識者は、「誰が」と私を指します。そこで「私は、思うのですが」に、仏者は「私とは誰か」と問いかけます。その私は昨日の私か、さっきまでの私か、「今の私は過去の私ではないし、未来の私でもないはず」です。

 言えば違うことを考えれば、私とは、絶え間なく行為から行為する私であって、行為を離れて私というものはないはずです。

 行為によって私と規定される私こそ実体的な私であり、同時に、行為を規定する私ともなるのですが、この私は考えられた私となります。行為を離れて私はないことが現実の姿であり、時は今です。その今の私こそ、もっとも具体的にして個性的な私です。

時は今から今へと考えれば、対象的に捉えられた私は、先ほどの私であり、昨日の私ともなり、未来にいるであろう私となって、「作られたものから、作るものは(私)」、空の故に縁起となって、西田幾多郎により哲学された私となります。

 仏教は、昨日の私、先ほどの私、未来の私と考えるそこに、迷いの根源があると言います。行為し続ける一瞬一瞬に私があることを思えば、生き続ける、その一瞬一瞬に徹することは、自己を忘じて、生きろと肯定的です。

しかも、その肯定されたものは、否定的なものの裏付けによって成り立っていることが、具体的です。

 否定しなければならないのは、抽象的に思い描いたものは考えられた自己の独断、断ずべきは対象的に考えられた自己への執着であるのである。我々の自己が宗教的になればなるほど、己を忘れて、理を尽くし、情を尽くすに至らなければならない。

 道元禅師は、「明らかに行持(行為)の今は自己に去来出入するにあらず。然して、今という道は行持(行為)より先にあるにあらず。行持(行為)現成するを今という」。

 「行持(行為)によりて日月星晨あり、行持(行為)によりて大地虚空あり、行持(行為)によりて依正身心あり、行持(故意)よりて四大五蘊あり、行持(行為)これ世人の愛處にあらざれども、諸人の実帰なるべし」

 一切法は行持(行為)の現成にあるという道元禅師は、今から今へと見て行きます。絶対現在の自覚にあるということなのでしょう。

「万事縁に随って心法(しんぽう)を忘ず」と同時に、心法忘ずるが故によく縁起すると見えてこないでしょうか。

建長寺管長吉田正道老師は、引導の最後に、向上の一句として、碧巌録47則、雲門六不収本則に雪竇の言葉、「八角磨盤、空裏を走る」と修めました。

「心法を忘じ」た法身に、雲門は、「六根の一も立せず」、趙州は無と答え、白隠は隻手と。

万事縁に随って忘ず(無、隻手)は同時に、心法忘ずるが故に縁起であり、「八角磨盤、空裏を走る」です。