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『相反するものが共存していないと、大きな働き、大切な空間は作られない。臨床も、豊かな矛盾に満ち満ちて息づく所です。』
上記の言葉は、鳥取市内にホスピスケアで知られる、「野の花診療所」を開設した医師の徳永進先生の言葉です。

仏教は、矛盾する現実を見つめ、そこからよく生きることを見つけることです。

そのために、禅宗は問答という、疑似問題を修行者に突きつけて答えを導きます。

例えば、「何も手に持たずにクワを持って畑を耕し、歩きながら自転車に乗れ」などと、現実では想像できない仮想の矛盾という構造の迷路に踏み込ませます。

こうした問答を考えなくとも、私たちの現実生活は、結果として矛盾を矛盾のまま生きる姿とも考えています。表題の徳永医師の言葉が示してくれています。

さて、毎年恒例の陽岳寺お施餓鬼、冒頭のお経の言葉は、「若し人が、過去・現在・未来におけるありのままという法を知ろうと願うならば、世界の一切は、おのれ自身の心が造ると、観ずべし」です。

世界とは私の外部ですから、それを知ろうと思ったならば、内面の心を観ろという重たい意味を考えてみましょう。

観ずべしという観について、観音(かんのん)という熟語は、音を観るです。普通は矛盾してあり得ないことですが、例えば、突然近くで「ガシャ!」という音を聞いたとき、「何だろう、何の音だ」と意識が立ちます。すると、立つと同時に意識が過去に聞いた音を、場面を見出し、同時に判断し始めます。

観は、「コウノトリのように目を大きく開いてよく見る」。光を観るです。

眼のの構造からみると、網膜に写して見るのですので、意識は網膜に写された映像を見ていると同時に過去の経験の蓄積や、それから類推する事柄を観ることになります。

観は、よく見る。注意してみる。観察。広くみる。見渡す。眺める。見物する。示す。あらわす。ありさま。様子。外見(形、態度、姿)。ながめ。見方。考え。意識(主観、人生観)。うらなう。考える。物見やぐら。お寺、遊ぶ。思う。研究する。思考力。止観などがあります。

止観とは観を止めた観ですが、「おのれ自身の心が造らない世界の一切」となるのでしょう。それが観音の観です。ただ観ること、自分の意識を加えない観です。

さて、徳永医師の語った、『相反するものが共存していないと、大きな働き、大切な空間は作られない。臨床も、豊かな矛盾に満ち満ちて息づく所』だと観ずべしと、読みたいのですが、大きな大切な空間と、矛盾に充ち満ちて息づくところ(空間)をどう観じたらよいのでしょうか。

徳永医師が相反するという言葉に、医師と患者という矛盾した関係、普通、それを矛盾した関係とは見にくいのですが……。

あるいは看護師と病人、介護者と看護される痛みを抱えたものとの関係は、つねに相反する矛盾した関係であることを、見つめることは少ないでしょう。

その「矛盾した関係が共存して」いないという意味は、私たちの言う信頼関係とも言い換えてもよいと思います。

そのことは、医師は病人を痛み苦しむ人を含んで成り立っていると同時に、病む人として、痛み苦しむ人も一人で苦しむのではなく医師を含んで、介護者を含んで、看護師を含んで成り立っている共存している関係です。

その関係にないと、大きな働き、相対する大きな空間は造られないと、読むことができます。

共存という医師と病む人の関係は、共存という一つになることで、互いに分離した関係になり、共存しながら互いに独立している関係こそ、『相反するものが共存している場所こそ、大きな働き、大切な空間』です。

しかも医師は、病む人の病む原因を見つけ、その原因から発生する不安や怖れという心配事を観なければならないでしょうし、病む人は医師に委(ゆだ)ねる信頼という心を持たねばならないでしょう。共に疑っていては、大きな空間は造られない。

その依存する空間とはどこにあるのでしょうか。

お施餓鬼の文は、『世界の一切は、おのれ自身の心が造ると、観ずべし』と、世界を写している人間の心だと指摘します。

大きな空間とは、矛盾しながらも、互いを受け入れながら、生き生きと息ができる場所です。

その場所はまた、医療現場、家庭、仕事をする場所、憩いの場所、個人の力を発揮できる場所、みんなで何かをとげられる場所、一人でコツコツとできる場所、政治の場所、ワイワイがやがやにぎわう場所、独り孤独となって安らげる場所なのですが、そこはどこでしょうか?

『世界の一切は、おのれ自身の心が造る』です。

さて、この世に浮かんでは消えてゆくもの、すべては言葉といってもよいでしょう。記憶された言語です。

まどみちお氏の詩、「ひとではない!」
『持っている手をはなすと コップは落ちる。そうして教えてくれるのは 人ではない。
落ちたコップは いくつにか割れる。そうして教えてくれるのは 人ではない。

コップの中の水は とびちる。そうして教えてくれるのは ひとではない。
とびちった水は やがて蒸発する。そうして教えてくれるのは 人ではない。

この世のはじめから そうしていちいち、教え続けてくれているのは 人ではない。
ああ 人ではない!尽きない不思議を。えいえんに 教えてくれるのは。』


共存しようとするから言語が必要になります。まどみちお氏は「人(意味と言語)ではない」と、詩のなかで語ります。

言語が矛盾を造って、この矛盾がなければ大きな世界は作られない。

人にとっては、相反するものがなければ生活できないことも確かなことですが、徳永医師は、矛盾しながらも「共存」していないと、大きな働きや空間は作られないと、発言しています。

世の中は、相反するモノの意味づけによって成り立っていることを、知ること、見極めること、見つめることができなければ、大きな働きも、大切という空間、居場所も知ることはできないとも、徳永医師は話されているようです。

物と物、意味と意味、人と人、環境と環境、存在と存在との相反するものの関係による意味とは、言葉に集約できるモノです。

また相対するものの関係は、私という、意味を作り出す意識がなければ見つめることもできないのですから、意識とは言葉で表現するものと解釈してもよさそうです。

しかも、意識といえば、記憶も含まれてきますので、過去の記憶から積み重ねられた私や俺という、今の私でないものの意識までもが含まれてくるから厄介です。

過去の記憶から積み重ねられた私という意識こそが、相反するモノの共存を分析できるのでしょうか。

価値や生き甲斐という、意味づけしたものが壊れれば、安定した心として平安が保たれないたとえを、しばしば見ることができます。

徳永医師は、矛盾した大きな働きを活かす場所こそが、矛盾しながら矛盾をいとも簡単に超える場所として実践した空間・場所だったのでしょう。

世界は、そう、矛盾したまま共存して作られた私という世界でしょうし、しかも、その私は、徹底して他者を支えるとしたら、そこには自分は無く、他者もいないものです。

しかも、それが言葉が誕生する以前の場だとしたら、無限大から極小を含んだ世界でしょうし、その世界はもともとあった世界ともなり、生き生きと息づくところと発見できるでしょう。

心サッパリ!
禅は、無心を説きます。
その無心は、平等・空・本体・実相・性空・本性・仏性・父母未生以前本来の面目・永遠・浄土・平安・平成・平和と言い換えることができます。

そう気づいてみれば、そこには矛盾したモノはなにもないし、仵(さから)うものもないはずです。

難しい字ですが、この仵(ご)という字は、聖徳太子の十七条の憲法の第一条にある漢字です。

「和をもって貴(とうと)しとなし、仵(さから)うこと無(な)きを宗(むね)とせよ」。

辞典には、耳にさからうがあり、すると眼にさからう、鼻にさからう、舌にさからう、身にさからう、意にさからうものなしと読めます。また、あるがままに見る、あるがままに聞く、あるがままに嗅(か)ぐ、あるがままの事実として受け取る、あるがままの意識に写すと読めます。

そして始めの、和という字を左右に分けてみると、禾(か)は会うの意味で、口は人の声と声とが合う意味だそうです。

和の意味は、和(なご)むや和(やわ)らぎですので、人が寄り集まると和の正反対のことが起こっている現状に気づき、聖徳太子は日本で初めて憲法を作られたのでしょう。

深川にある富岡八幡宮の富岡という名称は、永代寺中興四世周光和尚の夢に聖徳太子が現れ、富岡と名づけよと言われたことによると、八幡宮社伝にあります。

周光和尚の夢の中に、聖徳太子が現れ、告げられた夢告が現実となってみれば、深川に聖徳太子が創られた十七条の憲法の精神が誕生したことにならないか。

その語られた精神は深川に、今も息づいていないだろうか。

我れに仵(さから)わないとは、下町の心意気と合わさって、地域の困ったことは我がことの困ったことだし、食べ物のお裾分けや、身体の不調に悩むお年寄りや障害をもつ人を気づかったり助けたりは今も残っている。

叱咤激励とは口うるさいと捉えられなくもないが、よくよく見れば人を思うゆえのことだし、口から出た言葉を、言った本人も聞いた本人も悪く解釈したり根に持たない。

和をもって貴しの実践は、今も下町にこそある。

腹に一物もないところから出る行為や言葉は、サッパリしている。まさに仵うことなしの実践だからです。

強調や協和などと押し付けるのではなく、サッパリしていて良いではないか。

自分に自己にさからうものなど、もともと在るわけでは無いのだから。

そのもともと在るわけ無いところに、在るわけを創って、そのわけを後生大事にしまって他人にまで及ぼそうとするから、聖徳太子は、「和をもって貴しとなし、仵(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ」と語られたのでしょう。

和という字の禾(か)は会うの意味で、会うことで一つになることではなくて、会うことによって、会う人それぞれをあるがまま見る聞く触れるですから、おのずから異なっていることを、仵(さから)わずに受け入れることで、それは会うことで区別し分離するということ意味が含まれています。

他人へのお節介も、サッパリしているから、何もないから、お節介をするのであり仵(さから)わない自分を表現するものです。

自分に逆らうモノなどもともと無いサッパリとしているモノが、和してお節介に現れる。

さからうものが無いから現れるのであって、お節介があって現れるとしたら、そのお節介は思い込みやつくられたものです。和して現れるモノではない。

また和光同塵(わこうどうじん)といって、サッパリとした心ゆえに、あえて人のため自ら汚れることを苦にせず尽くすという四字熟語もあります。困っているから、苦しんでいるから、気の毒だから、危なっかしいから、弱っているから、「手を貸せずにいられない」は、「仵(さから)うこと無きを宗とせよ」という実践で、サッパリとした心の表現でした。

考えてみれば下町の暮らしは、「和して同ぜず、同ぜずして和す」だった。蓄えるより与えるケチケチしない精神が、サッパリとした心持ちだったはずだ。

心の中に思いだらけだったら、人と人とが相争って、人の顔や姿など見たくもないと思うと同時に、思った人も思われた人と言うことにモノが一杯では気づかないし余裕もない。

心の中にサッパリとして何もないから、思ったことがないから、感動に身が震えることもあるし、本当に悲しんで泣くことができるのです。これを大切にしたいのです。

さて仏教の縁起には「同のゆえに異、異のゆえに同」という見方があります。これは現実を語ったものです。

心サッパリを同、身が震えることを異と観て下さい。

同は合うという意味と同じであることから、合うことは同時に分離して分けられることを含んでいますので、異なる・分かれる意味を持つことが分かるでしょう。

異なるから数の多を現し、同は、一を現して、一多相即(いったそうそく)と読みます。

相即は相(あ)い即するで、即は時間と同時という意味を持っています。また異は差別、同は平等を現します。

平等・空・無・本体・明・性空・実相・仏性・仏神・菩提・本性・父母未生以前本来の面目・永遠・浄土・平安・平和・先祖代々・内容・無辺・無字・絶対・連続・非断・常劫不変=これを正位(しょうい)として分けていますが、不可得にして頭の中に描くことができないものとして、しかも描いた途端それは偏位となるもの。更に言えば文字や言語で言い表せないモノとなります。

これらに対して差別・色・有・現象・暗・因縁・縁起・因果・凡夫・煩悩・私・瞬時・地獄・不安・戦争・霊・外観・場所・山川草木・相対・非連続・非常・瞬間=遍位(へんい)と言いますが、増えたり減ったり、縁起によって原因結果による変移するもので、思想・観念・認識、思い出に夢や体験、経験・記憶・信仰なども含まれています。

仏教では正位と偏位を論じて、もし正位のみならば因果なく縁起もなく時間も場所もない、もし偏位のみならば、相続はないと言います。

どこまでも正位にして偏位、偏位にして正位のところに、具体的な事実の世界というものがあります。

深川だけでなく下町の、「勇み」や「情け」という文字に表せない、サッパリとした一物もない心が勇みとして情けを産み、その情けが後腐れのない勇みを垣間見せる姿に、生き生きと脈を打って流れる江戸の庶民の歴史を観じています。

芭蕉もここで育ったし、義民の願いが成功したのも深川の歴史です。

勇みは正位の智恵だし中味カラッポ、情けは心カラッポの中に咲く、自由さの象徴まるで自己の開花のようです。

心サッパリだ。