式年遷宮

2009/08/07 09:58

富岡八幡宮の丸山禰宜(ねぎ)が町会の寄り合いに、挨拶に来たのは一昨日の5日だった。

「昨年、深川は本祭りだったので、諸掛かりが多くと思い、来ることはできなかった」と、話しはじめた。

内容は、町会として、伊勢神宮の式年遷宮のため、寄付金のお願いだった。20年前の資料を持参してのことだ。

式年遷宮は、20年ごとに、伊勢神宮の本殿社殿を建て替えて、持統天皇の690年より、今に至る歴史がある。その総資金は、現在、500億円だそうだ。

全国に支部を作っている。支部の代表はおおむね商工会議所みたいだ。東京都にもその支部はある。その下に、各町村の区に分担の資金は分割されて、富岡八幡宮に割り当てられた資金は、1500万円。ちょうど3年ごとの本祭りにおける各町の奉納金に相当する額だ。

町会では、20年前に、係が、個別に集金した。だから、おおかたの町会員は知らないことだ。その以前の20年前は記録がない。

明年3月までに集めなければならない金額は、20年前に比べて約2倍ぐらいの金額の予定だった。

丸山禰宜の「伊勢神宮も、いち宗教法人となってしまった」と発言した言葉に、集めにくそうに、恐縮した思いと、屈折した思いが伝わった。

彼は、「伊勢神宮は、単なるいち宗教法人ではないはずだ」と、思っていることをさっしたのは思い違いか。

私も、宗教法人という言葉に、なぜか、なじめない。お寺・神社・鎮守・御所・お城・道祖神・ほこら、お稲荷さん、修験等々、たくさんの言葉として残っている自然・建物・構築物や行為が、日本に数多くある。それらを、何か、分類しなければと、宗教法人という言葉に、当てはめてみると違和感をもってしまうのだ。宗教法人という言葉ができたのは、昭和の戦後のことではなかったか?

役員会では、誰も、なぜに集めなければならないかの疑問の声はなかった。

さて、関東にいると、ご神体を移す、遷宮(せんぐう)という言葉に、遭遇する機会はそれほどない。

だけれども20年に一度の遷宮が、1300年にわたって、繰り広げられた歴史は、考えてみれば重い。690年以前は、どうなっていたのか知らないが、20年が式年となって、あの森の中に、日本という国、民族のよりしろが存在し続けていることは確かだ。

20年にどんな意味があるか知らないけれど、1300年という時間に、意味は消える。ただ、永劫にわたって続けられるだろう営みとしての意味を持つのだろう。

考えてみれば、伊勢神宮は、明治から、天皇制の象徴として、軍部や官僚が、自分たちの権威として利用してしまった、汚れた歴史を持つ。それは、利用した歴史の登場人物の問題だ。

お伊勢さんにとっては、何のかかわりのないことだ。

出雲とお伊勢さんは、日本書紀・古事記に登場し、日本という国の原点そのものだ。もし、廃墟となり、荒れ果ててしまった姿を想像すると、寂しく思うし、もしかしたら、日本という国が滅びた時かもしれない。そんな思いがする。

個人的なことだが、私が結婚した時、妻が「行ってみたいところは?」と聞かれたことを思い出す。思ったところは、伊勢と紀州の地だった。陽岳寺の水軍が伊勢と紀州の水軍だったことが大きい。




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