夏が終わったか?

2009/08/28 07:56
昨日、息子が帰っていった。
たった、二泊三日のことだったが、「これ以上いると、帰るのが辛くなる」と言った。
私には、しみる言葉だ。
40年前弱前の、私の修業時代。京都は南禅寺僧堂では、一年目は一週間、二年目以上は2週間の帰郷を許されたものだ。
それは、雲水が専門道場にいると、食い扶持がなくなるということで、積極的に、僧堂は、夏場、雲水を減らしたものだった。
鎌倉の円覚寺僧堂では、3年から4年目は、いまだ一人前とは数えられないのか、春と夏に、二泊三日の休暇が与えられることが、前例となっているようだ。
我々の年代と話すと、「もっと、休暇を与えてあげれば」と、いちように言う。
我々の時代は、一年のうちに、夏夏(なつげ)と冬夏(ふゆげ)に、本格的な修行というメリハリがあった。
今は、一年を通してそのメリハリの幅が薄れていると思うのだが、1年をぶつ通しで、緊張の連続。
その分、一週間、一ヶ月、三ヶ月と、日常の中に、メリハリが納まっているということなのだろう。

「これ以上いると、僧堂に、帰るのが辛くなる」という言葉が、二年と五ヶ月修行した息子の残した心だ。
「三年間、修行道場に居れば、その後はお前が決めればよい」と聞いて旅立っていったのは、2年と五ヶ月前のことだった。
経ってみればあっという間の時間ではあるが、自分自身の気持ちは、ずいぶんと年老いたような気がする。
二泊三日に、息子は僧堂を去った先輩の寺を訪れている。
その先輩は,多年にわたり修行した大きな寺の息子だ。
彼から、「余り永くいても、意味を見出せなかった」と聞いたらしい。
しかし、修業時代から40年弱経った私は、「もっと修行していればよかった」と、懐かしむ。
確かに、外界と隔離された世界は異質だ。それも後半年で、父との契約は終わる。
その後は自分自身で、決めるだろう。
親としては、「早く帰ってきて欲しい」、「もっと修業に打ちこんで欲しい」だ。
これは、「差別と平等を、もっと究めて欲しい。慈悲心の出所を、もっとやしなって欲しい。深く澄んだ心から飛び出す行為を、もっと自由に使って欲しい。」と様々だ。
もうすでに、立ち振る舞いは、足早に歩く姿は、雲水としては年輪を見る。
「これ以上いると、帰るのが辛くなる」と言った。
息子を迎える私には、二泊三日は、立ち寄った時間だったが、夏が終わった時間でもあった。



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