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「ごめんなさいね お母さん」

 平成22年6月の末のことでした。所用で、Kさんの家にお邪魔したときのことでした。昭和61年4月18日生まれのH君は不在でしたが、久しぶりにお母さんとお話しができました。H君は、身体障害者であり、精神的にも発達障害をもち、さらに、テンカンを持つことから、現在24歳であっても、一人では散歩もできない子です。
 小学生の時からずっと、毎朝、お母さんが電車でH君を送ってゆく姿に。朝の挨拶をして、見守っていました。母と子、あるいは父と子の連れだって歩む姿は、今も同じです。遠くから、その姿を見ているだけで心が痛みます。
 今、週に三日ほど、障害者の福祉園に通っていることをお聞きいたしました。行かない日はヘルパーさんが来て散歩をする日々です。そのヘルパーさんとは、相性があり、H君のコンディションもありと、思うようにはいかないようです。その日は、福祉園に行っているとお聞きしました。そろそろ親離れの練習でもしているような気がしたのです。
 話を聞いていて浮かんだことは、区の施設見学会で、昨年11月20日、その福祉園を見学したことでした。すると、その様子が浮かび上がるから不思議です。見学したときは、素通りするように見学した施設も、見知っている子が通っていると知るだけで、あらためて、とても有り難く思えるのことに、人の気持ちの身勝手さを思います。
 見ていて思ったことは、この親と子の未来の姿でした。私が想像するよりは、はるかに多くの葛藤を背負って生きていることを思います。
 でも、未来を考えることは必要だと思うのですが、その考えられる未来を心配することは不要だとも思いました。こんな詩に出会ったからです。

「ごめんなさいね おかあさん」 山田康文

 ごめんなさいね おかあさん
 ごめんなさいね おかあさん
 ぼくが生まれて ごめんなさい
 ぼくを背負う かあさんの
 細いうなじに ぼくはいう
 ぼくさえ 生まれなかったら
 かあさんの しらがもなかったろうね
 大きくなった このぼくを
 背負って歩く 悲しさも
 「かたわな子だね」とふりかえる
 つめたい視線に 泣くことも
 ぼくさえ 生まれなかったら

 ありがとう おかあさん
 ありがとう おかあさん
 おかあさんが いるかぎり
 ぼくは生きていくのです
 脳性マヒを 生きていく
 やさしさこそが 大切で
 悲しさこそが 美しい
 そんな 人の生き方を
 教えてくれた おかあさん
 おかあさん
 あなたがそこに いるかぎり
 
 「わたしの息子よ」 山田京子

 私の息子よ ゆるしてね
 わたしのむすこよ ゆるしてね
 このかあさんを ゆるしておくれ
 お前が 脳性マヒと知ったとき
 ああごめんなさいと 泣きました
 いっぱいいっぱい 泣きました
 いつまでたっても 歩けない
 お前を背負って歩くとき
 肩にくいこむ重さより
 「歩きたかろうね」と 母心
 ”重くはない”と聞いている
 あなたの心が せつなくて
 わたしの息子よ ありがとう
 ありがとう 息子よ
 あなたのすがたを見守って
 お母さんは 生きていく
 悲しいまでの がんばりと
 人をいたわるほほえみの
 その笑顔で 生きている
 脳性マヒの わが息子
 そこに あなたがいるかぎり

 奈良県の桜井市に、昭和35年に生まれた山田康文君という子がいました。この子は、生後12日目から黄疸が出て高熱の症状がありました。お母さんは奈良県立医科大学にて診察してもらいました。検査の結果は、脳性麻痺だったそうです。お母さんは、普通のお母さんが心配するように、多くの病院を訪ねたそうです。そして、治療や訓練を施したとも語っています。それこそ、子供を道ずれにして、死ぬことも考えたそうです。
 この詩は山田康文君の心の中から、養護学校の向野幾代先生が掘り出したものです。「ごめんなさいね おかあさん」だけで一ヶ月という時間がかかったそうですが、完成するまでの時間に、どれほどの苦労があったか想像を絶します。
 そして、息子の詩に、お母さんが答えて、詩を創りました。そして康文君の作品が完成して、二ヶ月後に彼は亡くなっています。
 「ごめんなさい」と康文君の全存在に、深い悲しみがあります。その悲しみに対して、お母さんは、「悲しさこそが美しい」と教えます。背負うわが子の「重くはない」の優しさに、「あなたの心が切なくて」と、お母さんは生きる力を受け取ります。
 息子が亡くなったあとの、母、京子さんの言葉です。「今までは、息子の幸せしか考えられない母親でしたが、今はすべての子供の幸せを願う母親になりました」と。


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