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怪談
9月のことだった。
テレビで、横浜にぎわい座での歌丸の落語を見た。
1時間ばかりの落語に、思わず見入ってしまった。
真景累ヶ淵、豊志賀の一節だった。
歌丸にとっては、病み上がりの体を、奮い起こしての時間だったろう。
今しなければと、落語家にとっては、自分の名前を考えてのことでもあるだろう。
そういえば、円朝の作品を、ここ何年か演じている。

そんなことを園橘の母ちゃんと電話で長話をした。

あの長編にしてもそうだが、落語には、怪談話が結構あるものだ。
夏の風物詩としてあると思えば、それだけだが。あの怖さ……
この季節だからこそ、怪談に寄せて、人の怨念やたたり、人間の業を演目として、語っているのではとあらためて思った。
まっとうに語ったならば、ちっとも面白くはないし、お説教に聞こえてしまう。
内容が訴える、人間の業の怖さを……、ふとしたきっかけで人が落ちていく怖さを……

こんなことを考えながら、少し、怪談を勉強したくなった。

そうそう園橘の母ちゃんと話しながら、ふと思ったことがあった。
5代目円楽が師匠であったが、息子が小さい時に、連れて行くと、師匠は、どこからともなくポチ袋に小銭を入れて、息子に渡していたという。

核家族になって、老人だけの世帯が増え、年金暮らしとなって、じじばばから孫たちに、渡すポチ袋が減ったような気がする。
それでもバブルの頃までは、ポチ袋もあったような気がする。

年金暮らしとなって、生活費がかかれば、年寄りにとってはそれどころではない。
ポチ袋などの習慣さえなくなってしまう。

かくいう私も、爺さん婆さんの所に遊びに行けば、いくらかのお金を頂くのが楽しみだった。
そうして時代は回っていたのだ。
怪談も、世代を超えて怨念となって回っていたなぁ~。

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