人間をはじめ、多くの生物って左右対称ですけど。なんででしょう?

2008/02/07 10:01

次の質問は、しょうごろうという36歳人。

『人間をはじめ、多くの生物って左右対称ですけど。なんででしょう?』

谷川俊太郎さんは答えました。

『こういう質問には、科学的な答えってのがあると思うんだけど、答を知るとまたその先を、「なんで?どうして?」って訊きたくなるのが、人間なんだよね。

 でも問い続けて最後の究極の答は、多分科学には出せない。

 で、ぼくの答。

 いまある世界ははるかな昔、左右もない上下もない混沌から生まれてきた、私たち人間の内部には、いまもその混沌が生きてうごめいている。

 だけどそれを解放すると、この世界の秩序があやうくなるから、人間はときどき鏡を見て、あるいはステレオを聴いて、あるいは3D映像を見て、目も耳も二つずつある左右対称を楽しみ、確認して安心するのです。』(谷川俊太郎質問箱 ほぼ日刊イトイ新聞刊行)

 左右対称とは、バランスがとれているという意味でしょうか。それは地球の引力に対してもそうでしょうけれど、目は三角法の測量により長さを測ることにより、耳は、音源の移動に、相対的3D位置を知る働きがあるからでしょうか。楽しみ、確認して安心するのですは、谷川俊太郎氏であって、私にはなかなか……。

 この左右対称は、対象を捕まえる、追いかける、ものを投げる、水の中に泳ぐ、愛し合うためには不可欠なものであるけれど、それを意識したとたんに、左右はばらばらの動きに、自己はコントロ-ルを失うものです。だって、われわれの手や足は、右や左と意識したら、思うように手や足を動かせないからでもあります。

 それよりも、「右足を出し、左足を出してと歩むことはスムーズではありませんから。左右の間にいるものは何ですか?」と問いかけてみたいものです。

 これは、左右対称のあり方は、左右対称を意識しないことに成り立っているからです。

 そして、心は、上と下、右と左、さらには、好きと嫌い、損や得、順や逆が、西と東、始めと終わり、3Dどころか4Dを含んで、相対的4D位置をはっきりと知る働きがあります。

 順や逆、始めや終わりは、左右や、損も得も、相対的な関係は、我々の位置をはかるものです。そして相対的な関係のものには、必ず、真ん中があることが不思議なことです。仏教が中道を指向する理由も、この辺にあるのかもしれません。

 

 右や左、上司や部下、世話になった人ならない人、親や子供、姉や弟と、相対的な関係のなかに生きる人は、損しても減らないもの、得をしても増えないものは求めないものです。もっとも、「そんなの関係ない!」は、すべての繋がりを切るものですが、切ったと思っているのは自分だけで、考えてみれば、かえってその繋がりを浮き上がらせているものだとも思います。

 でも本当に価値あるものは、こんな中にあるのではないかと思います。これは、混沌というものこそ、人間を人間たらしめるものではないかと考えさせられます。

 谷川俊太郎氏は、「いまある世界ははるかな昔、左右もない上下もない混沌から生まれてきた、私たち人間の内部には、いまもその混沌が生きてうごめいている。」と言います。

 損しても減らないものとは、優しさとか思いやりです。いくら働かせても、働かせても減らないものです。もっともっと山ほどあります。しかし、これを知るには、自分中心という発想では思い浮かばないことでもあります。

 また、得をしても増えないものとは、気づきです。それは、人はもともと自己に欠けているものとして、さらには、思っても見なかった自分に備わっているものに気づくことではないでしょうか。慈愛や慈悲、敬いや、いたわりこそ、誰もが持っている宝物ではないでしょうか。ただただ気づくことです。

 そしてさらに、社会にあることわりや、自分にとって見えない道が見えたとき、これが大事ではないでしょうか。ここからは、恵みとか喜びというもので表現できるものです。あるいは、感謝もよいでしょう。私は、よく混沌の悲しみと言います。それは、もともと持っていたものを相対的世界に生きるために失うことです。失う必要性はなどあるわけはありません。

 こう考えてみると、順や逆、損や得、好きや嫌いという相対的なもののなかに、それを超えるものがたくさんたくさん潜んでいるように思います。見つけられるとよいですね。

 禅宗の祖師は、「境縁にはよしあしはない。よしあしは心から起こる。心がもし無理に分別しなければ、妄情はどこから起ころうか。暇な時は誰が暇なのか、多忙なときは誰が多忙なのかを考えてごらんなさい。そうすれば、多忙の時にかえって暇な時の道理があり、暇なときにかえって多忙の時の道理があることをきっと信じるでしょう。」と言っています。

 そして、そこから導き出したものは、

 右にも左にも左右されないもの、まして、真ん中にも左右されないもの、

 また、そこに在ることも、無いこともないものが、在るためにです。




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