夢を見るのは誰ですか?
Oh My Buddha ! 何てこった!
プロフィール

岳さん

Author:岳さん
終の棲家は決まったが、いつなのかは決まっていない。



最新記事



最新コメント



最新トラックバック



月別アーカイブ



カテゴリ



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QRコード



南極の石

国際地球観測年は1957年から1958年だった。各国は同時に南極を調査しようと船で向かった。
昭和31年(1956年)11月、文部省は故永田武隊長と53人の隊員を編成し、南極地域観測予備隊を編成したのでした。
副隊長兼越冬隊長は故西堀三郎氏だ。
昭和31年11月14日に、南極地域観測船初代宗谷が東京港を出発したのだった。
船には、越冬隊が一年間使用する様々な物資、燃料、食料、機材、犬たちもが運ばれていた。
ちなみに、この53名の予備観測隊の中から11名の越冬隊員が選ばれて、越冬することになる。
物資と隊員達を送り届けた宗谷は、次の出航に準備するため、帰国する。
ところが、海路は厚い氷におおわれ宗谷の行く手をはばむ。前にも後にも進めない宗谷を、助けたのが最新鋭艦だったソ連のオビ号だった。
そして、東京港に帰ってきた船に積んであったものに、南極の石があった。
そしてもう一つは、ペンギンの体だった。東京に帰ってきた、このペンギンの体は、浅草の職人によって、剥製にされた。

さて、その南極の石は、八丁堀の京華小学校に2005年3月まで委託されて子ども達のために飾られていた。
                     
この石は、10キロぐらいあり、表面にキラキラしています。色は褐色にちかい灰色です。
ちなみに、昭和32年(1958年)2月に第2次観測隊が宗谷に乗船して、東京港を出発したことは、タローとジローの物語となって知られている。
そのタローとジローは、翌昭和32年1月14日、第3次観測隊がヘリコプターで確認した。
タローが帰国したのは、昭和34年(1961年)第4次越冬隊が連れ帰った。





コメント
No title
今回、初めての公開になります。
現在は、南極の石は、南極から持ち出すことはできません。
[2010/10/01 21:57] URL | 岳さん #- [ 編集 ]


コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック URL
http://yomewomirunowa.blog55.fc2.com/tb.php/150-ac4c72dc