あの猛暑から蘇って

2010/10/02 14:18
今年の猛暑で、京都では、山々のミズナラの葉が枯れて、茶色くなっていたと聞いた。
ここ、深川でも、公園の立木が枯れている姿が目立った。雨が降らなくて、猛暑だったせいだ。
しかし、ここのところの雨で、芽が吹き蘇った木々もある。

以前から植えていたが、植え替えなどもあってか、山椒(サンショウ)の木がここまで大きくなることはなかった。
大きな摺(す)り子木ができそうな幹になっていたが、この猛暑で、多くの葉が枯れて散っていた。
それが、猛暑が終わり、長雨が続いたことで、枯れてしまったと思っていた山椒に、秋の新芽となって復活して、若葉が一斉に出た。
まるで、春のようだ。
            
季節が狂ってしまったかのようにも見える。
どちらかというと、この場所では合わないのか、育ちにくい生命力の弱い山椒の息吹のようにも見える。

それでは、枯れた原因は?
猛暑に痛めつけられ、瀕死の状態になったとき、自ら葉を涸らしたのか?
山椒に聞いてみなければわからない。
どちらにしろ、あと2~3ヶ月で冬となれば枯葉となる身だ。新芽を出すために……。

この繰り返しにより、幹は太くなっていく。これが、人間の年齢にあたるだろう。
葉を落とさなければ、新芽は出ないことを、譬えた、和尚がいた。

「無心と葉を落とすこと、心の作用と新芽を出し、華を咲かせ、葉を涸らすことにだ。」

この言葉に、不思議と、猛暑で散った山椒の葉を重ねて考える自分がいた。
それは、「一年に2度、新芽を出すことの意味をだ。」

生きる。生きる。新芽を出すことは、まさしく、生きることだ。



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