葬儀が消える。そして人の気持ちも……

2010/10/04 21:38
今朝、6時30分に訃報をいただきました。
電話の相手は、孫の彼からでした。
お婆さんが病院で早朝3時過ぎに亡くなり、葬儀をするだけの金銭的な余裕もなく、炉の前で火葬だけして、49日に納骨したいとの連絡でした。
そのとき、私は、「そうはいかないから、炉の前だけでも、お経を読ませてくれ」と連絡して電話を切ったのです。
なぜ、その言葉を彼に言ったかというと、彼のお母さんから、母が亡くなったら来てくれますかと、頼まれてもいたからです。

そして11時30分、「葬儀社と打ち合わせています」と、彼から電話が再び入りました。
「自分としては、一晩でも、自宅に帰ってゆっくりしてもらいたいと思ったのですが、病院から「5時までに遺体を引き取ってくれ」と言われたので、病院から紹介の葬儀社へと、結局葬儀社へ遺体を預けてしまったと聞きました。
私は、彼から言われた火葬の日にちを選択しました。電話の向こうに葬儀社の声がしたものですから、「葬儀社から出棺するのでしたら、その時、30分前から、そこで、お経を上げさせてくれないか」と、葬儀社に伝えてくれと言いました。
「保管場所から霊柩車に移る間を、30分」と、そして、棺の前には何もいらないし、椅子もいらない、飾りもいらないからと念を押しました。
彼は、葬儀社に依頼しました。少し間をいて、「セット料金になっているので、そうしたことは出来ない」といわれたのでした。

自宅に安置していれば、時間は関係なく、葬儀は出来ます。
セット料金の中には、セットの手間がはいっているのですが、その間隙をぬって、何とかしてあげたいは、菩提寺の和尚の気持ちです。

もし菩提寺でなくても、知り合いなら、頼まれれば、してあげたいが坊さんとしての努めです。
きっと、葬儀社にも、私の分からない理由があるのでしょう。

それでは仕方ないから、落合の炉の前で読みましょうとなったのですが、出棺前のちょっとした時間、20分でも、真剣に送ることの意味を問える、振りかえることの意味を、そして、みんなで、「サヨウナラ」と、「ありがとう」と言える、そんな別れもできないなんて……。
電話を切るとき、彼が言った。
「切ないです」と。

その「切ないです」の言葉が、耳に残っている。

しかしである。考えたのは、炉の前の時間は、極端な話1時間ぐらいはあるではないかと……。
当日、25分ぐらい時間をくださいと葬儀屋さんに依頼した。すると、斎場の係に聞いてくるからと、帰ってきた時間が20分だった。
おかげで、じっくりと、お別れができたし、「よい葬儀だった」と親戚の人たちが話していた。



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