今、何を思っているの?考えているの?

2010/10/07 17:49
夫が「お墓のことはともかく、○○さんに葬儀だけは頼んでおけ」というのですと言われたのが3日前の9月20日のことだった。
その時、こんな人もいましたと彼女に告げた。
「とあるお檀家さんの法事があったとき、お檀家さんの親戚であり、よく知るSさんの奥さんが、「生前葬をしたけれども、今度は本当の葬儀をするために、準備をしたいから話ししたいと、主人が申しておりました。と、こういう人もいるんです」と伝えた。
生前葬をしたとき、自分の死のときはどうしたらよいでしょうかと聞かれました。「身内だけでお別れをしたらいいんじゃない」と、何やら無責任に答えた。
しかし、それから10数年がたったか、そろそろ考えたほうがよいと思ったのか。
しかし、その婦人も、とても明るく言うし、そう言えば、S氏も明るく言う。
まるでイベントを考えているような。そこに死がないのだ。
まさか、死が間近にせまっているとは思えないものの、自分が死を考えることは、客観的に世界を見ることができるし、今が生きやすくなる。
それに、最後が決まれば、今、一生懸命に生きることしかないことが分かるようです」と言った。

3日後の9月23日、彼女にあった。葬儀への答えは曖昧にしながら、「どうしました」と。

「2日前に、入院致しました。昨日夜7時、医師から説明を受けました。私も夫も、涙をいっぱいためて話を聞いたのです」。
「この週末が山です。この週末を乗り越えれば、大丈夫かもしれません」と言われたのですが、医師は悲観的でしたと。

 彼女全体に、黒い影が寄り添うようだった。普段は、思ったこともないことが、現実に起こると、それは影のようにつきまとう。
それはそうだ。彼女が言うには、「私たち2人、まだ老後として一緒に旅行にも行ったことがなく、やっと息子たちも独立したものの、未だに、孫の世話に忙しい。そこに突然、夫のガンが……」と。
 「この数年、科学療法で髪が抜けたり、抵抗力がなくなって、風邪をひかしてはいけないと、外出も控えてきた。」夫婦だった。

でも、その黒い影は意識を変えることで変わる。現実に起こっていることは、私の心に起こっていることだから。

リンパにガンが転移し、抗がん剤を使用したのは、数年前だった。やがて、骨髄から髄液を採取して培養し、骨髄移植をしたのは、この春だったはずだ。
その後は、体力が弱ったといえ、もともと力強い男だったので、元気にしていた。
それが突然の宣告だった。
これから見舞いに行くという。
「体力が弱り、抵抗力がなくなっても、気力だけは上げることができる。気力を持ちましょう」と別れた。

そして夜の8時頃電話があり、話した。
「少し良くなっているそうです。夫と話をしました。お礼に電話しろと言われました」と。

 「良かったですね。今度は、ご主人が何を考えているのか、何を思っているのか、考えることも大事です。
それは、自分の心を空にすることとおなじだと思います。あなたの心を夫ばかりにするわけですから。
これは心配でごとではありませんから。
自分の辛さは、自分自身のことを考えることに起こるものです。
そして、もし彼ががぼんやりしているとき、窓の外を見つめている時、ボヤッとしているとき、今、何を考えているの、何を思っているのと、尋ねてください。
もしかしたら、今まで出会ったこともない、思いがけない言葉が聞けるかもしれないし、違った彼に出会えるかもしれませんねと、告げた。

彼女は、「そうですね」と電話を切った。

その彼女は、私の家に、黄色い小銭入れを忘れていった。持っていって渡そうかと思ったが、台所のテレビの棚の上に置いてある。
毎食、食事を頂くときに、その財布が主張しているだ。
眺めると、見つけると、向こうも私を見つけるのだ。

彼は、彼女は、「どうしたろうか」と。「少しは思い出して心配しろ」と。

平成22年10月7日(木)午前9時彼女から電話があった。
「退院しました」と。
17日間の長い道だった。夫婦、家族して歩んだ道だった。
それにしても、ホッとした。黄色い財布もホッとしたと話しているし、よかったねと喜んでいる。



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