俳諧即禅

2010/11/05 11:20
芭蕉が俳諧を産み出し、門弟をかかえるようになると、門弟たちの中には、連歌や短歌と、俳句の違いが分からずに議論になった。
芭蕉門の龍象(弟子)、其角、素堂、去来、杉風、許六、魯町、卯七、野坡、丈草等が答えている。

『俳諧芭蕉談』文暁編《大正6年6月15日俳書堂出版》
『ある日、幻住庵にして、終日芭蕉に対して俳諧の物語有りけり。正秀かたわらに在ってこれを聞くに、一事としてその意を会せず。
その後龍ヶ岡にまかりて、その事を丈草に問う。
「禅の俳諧とは如何」。
丈草云く、「われ問うところは言語の俳諧にあらず、禅の俳諧なり」。
正秀問う。
「禅の俳諧とは如何」。
丈草云く、
「山は唯青山、雲はただ白雲、芭蕉は実に達磨なるはといえり」。』
また、芭蕉の句を挙げて、
『かかる自然の妙所を知らば、一唱の言下に迷信の眼をひらけ、清浄無垢にして日月の光を見るが如く、花に対してもおかしく、味噌に対してもおもしろく、点すれども隠れず、さとれども露はれず、心の向かう所天地皆俳諧、是蕉門の風魂なりとしるべし』と。

その芭蕉は、深川臨川寺の仏頂禅師に参禅した。その仏頂禅師は、陽岳寺の錐翁禅師に参禅したという。



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