枯木再び花を生ず

2010/12/12 17:50
 あの紅葉の季節も駆け足で通り過ぎて行きました。気がつくと、植物たちの枝は葉を散らしてしまい、次の季節を待ち望んでいるのでしょうか。
 芽を出すことを含んで葉を散らしている木々たち。葉を散らさなければ芽生えないことを自らに刻んで生きているようです。
 人間も同じように生きているはずです。それができないから、祈りや願いが必要なのだとも思います。これは、年々歳々くり返し確認する作業でもあります。
 禅宗の書物を読んでいたら、こんな言葉を発見しました。
 「ご祈祷とは、いうまでもなく心を開くことだ」と。禅宗の信心とは、その空っぽの、透明な心をいい、平穏な心でもあると教わったことと、このご祈祷の目標が同じ内容なのに驚いたことでした。
 祈りや願いは、必ず自己に帰ってくるものです。だから、その祈りに、ねたみや怒り、批難や中傷、愚痴や恐れが含まれていれば、自己に再び舞い戻ってきます。
 木々の落葉の姿から、人間は何を教わるのでしょうか。
 陽岳寺の関係者に、年末に当たり、平成23年度の無事を願いまして、去る11月28日、ご祈祷と演芸会にてご回向いたしました“般若ふだ“をお送りいたしました。
 古いお札はお寺で処分致します。どうぞお持ち下さい。



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