臨済禅をマスターした西田幾多郎氏は、「個物は個物に対して個物である」と悟った。

箇が箇であるためには、箇がなければ、私とはならない。

それは、箇は箇を含んで箇となると言い換えることができる。

その箇が真に箇となるために、箇は無心となることが必然であると……。

箇の孤独さが、社会問題になるたびに、箇の弧を悩む。

本来、人は、自分自身の目では見えないけれど、みな手をつないで生きているはずだ。
問題は手をつないでいる中味だ。

いじめも、虐待も含めて、すべての事件は、手をつないでいなければ起こらない事件だからだ。

今年こそ、よい年であったと、誰もが言えるような、そんな一年の箇であることを願っています。
2011.01.01 Sat l うつつ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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