冬夏

2008/01/20 16:48

どうして”ふゆげ”という漢字を、冬夏(ふゆげ)と書くのか。 これは当て字です。もともと古代インドでは、雨期と乾期に分けられ、雨期が修行の期間と決まっていました。ですから乾期はどちらかというと、僧たちは地方に師を求めて行脚をしていたといえます。

日本では、四季があり乾期はありません。修行の季節名は、それで夏(げ)となったのです。春と秋は過ごしやすく、この季節を僧堂を出て師を求めて行脚の季節とし、夏と冬を、修行季節の意味といたしました。一年のうち修行の季節で、雨の季節を夏夏(なつげ)と雪の季節を冬夏(ふゆげ)としたのです。

それをまた、別の言葉で言うと、夏を雨安居(うあんご)、冬を雪安居となります。安居(あんご)とは、安らかに居すのか、居して安らかなるのか、それとも安らかな居なのか、やはり安らかな居でしょう。

幸田文さんの、随筆に、夏夏(げげ)と書いてあったのを思い出しましたが、夏夏(なつげ)を”げげ”と読んで洒落ていたのか、下町の季節感を”げげ”と読んで満喫していたのか、夏場に薄い着物か、浴衣を着ての立ち居振る舞いが思い起こされます。

修行道場の夏夏は、おおむね5月から7月、冬夏は11月から1月となる場合が多いのです。その期間の呼び名を、制中(せいちゅう)とまた呼びます。これは、制を結(むす)ぶ期間のさ中という意味でしょうか、すると、8月から9月に3月から4月は、制間(せいかん)と呼んでいます。

道場に入門する者は、5月から始まるといっても、すぐに一週間の大接心(おおぜっしん)が始まりますので、たとえば春なれば、4月1日前後までには入門しなければならないなじみませんのは道理です。入門していきなり、坐禅三昧にはならないからです。

しかし修行道場によりまして、一制が三ヶ月ではなく三ヶ月半のところもあります。そして、制間といっても、雲水をのんびりさせずに、坐禅と参禅を欠かさない道場があります。

私の息子は、長い制中と、制間に参禅と坐禅ありの道場に、昨年の三月、桜の花が咲く参道を歩いていったのです。




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