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終の棲家は決まったが、いつなのかは決まっていない。



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外相辞任にみる疑問?
外相の献金問題で、あらためて知ったことは、在日の人たちは政治献金できないことだった。
普通に暮らす日本人も、こうした政治献金ができる自由を普段考えもしないはずだ。
お寺や教会、NPOとか助け合い、赤十字に災害のための献金、多くの献金がある中で、なぜその献金が……
国を変えて暮らしたことのない身には解らないけれど、血とか先祖とかは、自分で決めたものではない。
そのことが良いこともあれば、悪いこともある。
生活の中で、ふとしたことが思い出させて、あらためて事実を知る。
思い出して、きっと悲しいことのほうが多いのではと、思いを巡らすが、憤りをおぼえることも多いはずだ。
在日の人たちにとっても、こうした法律で現実に差別されているからこそ、そして自ら差別する。
日本に暮らす在日の人たちは、何百万人いるのか知らないけれど、きっと、この件で古傷がウズウズと痛んだのではないかと思うのだ。
祖国とは何なのかと思わせることでもある。でも、在日の人たちにとって、もはや祖国に暮らすことはできない人たちでもあるのではないだろうか?
政治劇のドタバタで、浮かび上がる矛盾だとも思う。
マスコミや評論家、政治家の記事より、何よりも深く重い言葉は、あの焼き肉屋さんの老婦人の言葉だった。
普通の人の庶民の言葉だ。そこに裏や表もないと思う。
外相が、小さいときから知っていて、幼くして父親を失った外相が、一生懸命に活きている姿を見つめていた彼女だった。
そんな彼が外相にまでも登りつめている姿を見るにつけ、彼女は嬉しかったに相違ない。
そこに政治だとか、倫理や道徳などなかったと思う。彼女には、幾ばくの資金を提供することのできる、ささやかな生活があったのだろう。
彼女は「自分が悪かった。知らなかった。すまないことをした。とんでもないことになってしまった」と、老いの身には辛いことだ。
外相の言葉より、マスコミが描く言葉より、何よりも、彼女の言葉は重いと思うのだが……

在日という言葉を、普通に暮らす者にとって、使用をひかえたいものだ。
なぜなら、在日という人はいないからだ。
人の本性は無心だ。

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