「年々歳々花あい似たり、歳々年々人同じからず」

悠久から眺めると無常はその中に収まり、無常から眺めると悠久もその中に収まります。

 子供の成長を見ていると、自分と同じようなことをしていると思うことがあります。危なっかしいと。しかし、男の子が二人いると、両方父親に似ることはないような気がいたします。似ていないと気になって気になって、これは、頼もしいことなのかとも思います。

しかし、よく考えてみると、そうではなくて、父親がもっと教えたいと思っても、心配したいと思っても、その機会が乏しいこともあると思ったのです。

「年々歳々花あい似たり、歳々年々人同じからず」と書きました。それを、「年々歳々花同じからず、歳々年々人あい似たり」と読み替えてみることを進めます。

 奥が深くなります。

2008.04.19 Sat l l コメント (0) トラックバック (0) l top

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