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喪を生きる
母が亡くなって来年は13回忌だ。父は27回忌になる。

父も母も、私の日常に、なくてはならない人として、よく思いの中に登場する。

そんな登場の仕方に、喪(も)と呼ぶようにして、26年が経った。

その登場の仕方の喪は、母が亡くなってから、かなり頻繁に訪れるようになった。

そんな訪れる父や母への思いを、喪として、見えない喪服とした。

「いつ着たのか、いつ脱いだのかわかならい、巡る年月となって潤して欲しい」とみずからに望み、言い換えた。

裸の王様の故事を、喪服としたのだった。

裸の王様の見えない服は、恥ずかしかっただろうが、訪れる喪は、一生にわたって巡る年月となって欲しいと望んだのだった。

失った悲しみや寂しさ、遺(のこ)された、それを喪失感というのかどうでもよいが、回復とか立ち直りとか思いもしない。

あるがままだ。自分が生きる上でオアシスでもある。

人は最愛の人を失ったとき、得てして孤独となる。その孤独さの表現は人の数ほどに無数だ。

人の数ほどに無数で、当たり前のことだ。それでいいと思う。


その当たり前のことが、当たり前でない人がいた。

50半ばの長男を亡くした男親だ。その男親は、妻と別居しながら亡くしていた。

私には、長男を亡くすことがどんなに耐えられないことか?も、遭遇したことはないのでわからない。

三回忌の法事であった。

嫁さんに聞いた。「親父さんはどうしたの?」

途惑いながら長男の奥さんが話した。「行きたくない」ですって。

彼女の口から言葉がドット出た。

だが、親父のその気持ちは、息子を亡くした親として解るような気がしていた。

でも嫁さんや、子ども達にとってはずっと現実的で、もっと苦しかった。その苦しさの中、明るく、励まし合っていた。

そういえば、13ヶ月の余命と宣告されて、最後は、胃がんが腹膜から大腸に転移して人工肛門になって、長男は亡くなったが、最後まで、親父は「いやだ」と言って病院にも行かなかった。

父親の心も頑なで、溶けない心だ。

その長男の末期に、嫁さんは長男を呼び戻そうと語りかけていた。

最後の最後に、「質問ばかりして、ご免なさい」と、謝ったという。

長男の視線が朦朧となったとき、「ねえ見える、私の目が見える」とのぞき込んだという。

すると、長男は笑みを浮かべた。

それが最後だった。

夫の最後まで尽くした彼女は、今も夫の喪を、何よりも大切にしている。

だからこそ、父に出席してもらいたっかのだ、三回忌に……

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