無常の風にさらされて

2012/02/13 13:01
普通、我々の日常は無常の風にさらされている。

その無常の風にさらされながらも、無常の風を利用したり、流されながらも、本当に偶然なことだが、何とか生きているといえないだろうか?

ドアーがピンポンと鳴り、男が訪れた。
「何か食べるものはないでしょうか?少しでいいんですが、お盛り物でも少し分けて下さい」とその男は言った。
「ただし、堅いものだけは勘弁して下さい。歯がこうなっています」と、男は、口を開けた。

「外に出て下さい、そこで待ったいて下さい」と私は言い。マスクを数枚と、バナナと食べ物を探し、レジ袋に入れて彼に渡した。

男は「有り難うございました。助かります」と。
そして私は、少しばかりの小銭を渡した。

男は、思いがけないと思ったのだろうか、「誰にでも、こうしていただけるのでしょうか?」と。

私は、「いいえ、誰にもあげません。貴方だからです」と返事をした。

男は、「何か外回りの掃除でもしましょうか?」と。

私は、「いいから、身体を休めて下さい」と。

男は出ていった。

もし、顔を赤くして、息を酒臭く、汚くどろどろの着ているものを身につけていたら、断ったかもしれない。
男は、何処か洗濯した着るものを身につけていた。

昨日、北海道で若い姉妹が部屋で孤独死をしている姿で発見されたニュースを見ていた。三度、福祉事務所を訪れ生活保護の申請をしたという。
係は、「まだ大丈夫そう」と判断して、手持ち資金や、保護費を支払うことをしなかったという。
何ヶ月後か、障害者の姉(?)と、仕事を転々として職に就けなかった妹(?)が、二人で孤独死をしているのを発見された。
北海道のアパートで、ガスを止められ、寒かっただろうと思う。

もし姉妹が、誰でもいいから、「私たちを助けて!」と、形振(なりふ)り構わず叫んでいたら、彼女たちは助けっていたかもしれない。
頑張ろうと、仕事を探して、辞めたのか、辞めさせられたのかわからないが、心を折れないように、重たい心に絶えられなかったかもしれない。
考えてみれば、今の時代、よくあることかもしれない。

それにつけ、あの男の生きる姿は、すがすがしさすら感じられた。
男は、老齢といえる年齢ではなかった。サンダルはすり減ってはいたが……
ズボンも、裾を何回か折り曲げていた。
理由を聞く必要はなかった。

無常の風にさらされながらも日常を、平常に生きるように思えたから不思議だ。
恥じらいもなく、何故か、堂々としていたのだ。
無常の風にさらされながらも日常を、たくましく生きて続けて欲しいと願った。



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