「衆生病むがゆえに、我もまた病む」
副住職の師である横田南嶺老師は、「人を愛する心ゆえに、人の病む、迷う、苦しむ姿を知り、深く理解したがゆえに、釈尊の心を病ませました。

ここから、仏教は誕生したと言えるでしょう」と言いました。

 また「愛の考えは、釈尊以前に、すでにあったのだと思います。すでにあったけれども、愛することで、不幸なことが数多くあった。

その愛のなかみの数多くを、消去法で消して残ったところに、慈悲という愛が輝いていたと考えてみました」と話されました。

 縁起から見ると、衆生としての全体の一と、衆生を構成する諸々の人の多という関係の中に釈尊が自ら飛び込んでいく姿を想像します。

衆生の病み苦しむ姿に接し、我も衆生となって、全体が病み苦しむことから解放されぬまで、我もまた病みつづけるとです。

何か、この竜巻の災害で、震災でもそうでしたが、居ても経っても居られないボランティアの姿を想像いたします。
2012.05.14 Mon l こころ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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