大光明

2008/04/09 13:30

朝、卒塔婆の裏を禪林句集(ぜんりんくしゅう)の7字から拾って書いている。この頃は、筆が進まず、ひたすら書き続けないと50本の卒塔婆の山はできない。

しかし、この頃は、書き損じが山とはならないけれど、ある。そういうときは、必ずといってよいほどに、何か妄想を描いているのです。

拈(ねん)じ来たれば瓦礫(がれき)も是(こ)れ黄金

書きながらも、頭の中で、何かが遊ぶというのか、うまい言葉だ。

先日、大量生産しているキノコ農家が、キノコのヘタが大量に出て、処分に困っているニュースがあり。農協と企業が共同で、固形燃料にして、灯油の燃料のかわりに重宝しているというニュースだった。

誰かが、大量に積み上がったキノコのヘタの産業廃棄物をながめては、「どうにかならないものか」と考える。とっさに、燃料としてどうかと思いつく。

拈(ねん)じ来たれば瓦礫(がれき)も是(こ)れ黄金

この句は、九峰禅師の作で、

身心を放下して弊箒(へいそう)のごとし、

拈(ねん)じ来たれば瓦礫(がれき)も是(こ)れ黄金、

驀然(ばくぜん)として一下(いっか)に打得著(たとくじゃく)、

大地山河(せんが)一法沈む。

と香厳禅師の悟りの契機、竹に瓦礫が、カチーンとあたって、即座に、悟りを得たという古事は古来有名なことです。

もっとも、身心を放下して、これは、リサイクルの場合や研究開発の場合では、ひたすら考えてと言うことでしょうか、そこに、光明が差す。地球の未来はこうした一つ一つの積み重ねの努力によって、救われて行くということでしょう。

拈(ねん)じ来たれば瓦礫(がれき)も是(こ)れ黄金

千金の値のする言葉です。




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