今の私ではない!

2012/07/21 14:21
もうずっと以前のことだったが、彼は、「あと三ヶ月です」と、医師から末期の癌と宣告されたことがあった。
「手術も処置も手遅れだ」と言われたのだった。
余りにも突然のことだったので、彼は、どうしても信じられなかった。
数日経って、私は、彼からその話を聞いた。

もし…………たら。

そして二ヶ月経った頃だ。自宅で療養する老いた彼は、「死が迫っていると自ら思う」と妻に話した。
末期の癌と宣告した医師は、彼を診察して、「それほど持たない」と言った。
当然の如く彼は、考えた。今の私を逃れるすべを。
そして至った。

もし…………たら。

もし自分が……あの若々しい時代に戻れたら、……でも、その時は、今の私ではない。
癌に犯される少し以前に戻ることができたら……それも、今の私ではない。
何かよい薬ができたら、新しい治療法が発見されたら……それも、今の私ではない。

それは、今の私が突き付けられた問いであると。
そして、彼が変わり始めた。

彼は言った。
「私の意識と癌との関係の狭間ばかりが見えて、今の私を見るのが恐かった」と。
すると、私が消えて、妻が愛おしく、愛おしく、今は感謝に絶えないと。



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