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終の棲家は決まったが、いつなのかは決まっていない。



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謹賀新年
昨年30日に葬儀があり、本年は4日より通夜がはじまります。

昨年の正月も同じようなものですが、大晦日に訃報を頂き、遺族と話して、故人を思い出し考えて通夜葬儀の内容をずっと考えています。

もう30年以上前になるのだろうか。修行から帰ってきて、しばらくはサラリーマンをして残業残業の毎日でした。
今でも思い出します。暫くぶりにお会いした修行道場の老師は、「岳さん、顔が変わったね……」と。

それ以上は言わなかったもの自分でもわかります。人相が変わったと……

お寺では住職が老いて、老夫婦が毎日のお勤めを果たしていました。

そろそろ潮時と、サラリーマンを辞めました。

生活は変わって、人が私を見る目も、形が変わったこともあり、視線が刺さります。

もちろん刺さらせるのは私なのですが、その刺さった矢を抜こうと考えたことが、法要の現代語化(私は日本語化)でした。

すでに20年は超えています。

昨年末の葬儀にも、翌大晦日に施主よりお礼の電話があり「娘が、あんな葬儀初めてでした。感動しました」、「有り難うございました」の言葉でした。

法要のそのたびに、お礼を頂きます。

そのたびに、責任を課せられます。重たくです。

この法要を私たちにもと、とある葬儀社からの依頼もありました。少しならお手伝いできますと応えたのが昨年の正月でした。

この1年の忙しかったこと。おまけに、一昨年の9月に私の町の町会長が亡くなり、無理やり町会長についてしまいました。

これも責任です。しかもその責任は後継者を大勢作らなければなりませんし、町会自身の内容も変化して行きます。

そして今年の正月、お寺には「山中暦日なし」という言葉がありますが、まさしく暦日なしです。

少しでも時間があれば、連日、夜遅くまで本を読み、考え、記録して、備えなければ現実の言葉の鋭さ、感動を生めないからです。

でも喜んでもらえれば、そして、何よりもゆだねて安心してもらえれば嬉しいと思っています。

結ぶことは結ばれることですが、同時に、結ぶことにおいてお互いが独立とした関係に分離しなければ意味を持ちません。

滋賀県の嘉田知事は「小異を捨てて大同につく」ことを疑問に思い、「小異を捨てないで大同につくこともあるのではないですか」とハナされました。

小異を大切にすることは、その小異の個の一人一人が大同を考えて、小異のあり方を模索しなければまとまりません。

お寺も同じです。地域も同じ、国も同じです。

その模索するのは人です。そのことを思って、今年も一人一人を考えてまいります。

忙しいことですが……


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