今年で何年目になるのか?68年か。

2013/03/04 17:53
2月の末だった。深川四ヶ町の会合があった。

年間3回の会合であり、2月は四ヶ町で預かっている、冬木弁天での戦災慰霊法要の件であった。

とある識者から、「慰霊法要も、50年が過ぎて、後継をになう者も高齢者になって、いつまで続ければよいのだろうか。若い人も振り向かなくなり、ソロソロ辞めてもよいのではないか?宗教人としてどう思うか?一つ意見を聞きたいのだが?」と、私に名指しで、意見を求めた。

多分、今年で68年目になると思うのですが、いつまで続くのか、続くとしたらその意味を私に求めたのではないとかと察しました。

さて、私としては宗教人としての自覚はそれほどない。

お寺を預かるものの、頭をすり、寺守墓守として、掃除をして、お経を読んで、お檀家さんと親しく接し、ひたすら考えて、後継者を育て、あまった時間を地域の時間に費やすことをしているだけです。

私はこの寺の世代を継いでいますが、中継ぎの存在です。

さて、昭和20年8月15日をもって昭和の戦争は確かに終わりました。いまだに終戦という言葉を使っています。もっともネットでは敗戦という言葉が多いような……

連合国やアジアの国も、戦勝国というわりには、敗戦国と、日本の政府もマスコミもあまり言わない。

戦争の大義は、「米英二國ニ宣戰セル所以モ、亦實ニ帝國ノ自存ト、東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ、他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス」です。

8月15日、この詔勅がなかったら、次の原爆が落ち、内陸部まで焦土となり、それこそ一億玉砕となっていたかもしれない。

これより重い発言をした政府や軍部はいたのだろうか。

多くは東京裁判があると黙したのではなかったか。そして現場は資料を廃棄した。

今さらながら、この内容とかなり方向が違っていたのではないかと……この通りの物語なら戦争はなかった。

本当に終わっているとしたら、北方四島の帰属も、慰安婦問題も、南京の虐殺の検証も詳しいことはわからないが、何で苦しく引きずっているのでしょうか?

海外でも日本でも、子孫も含めて、その影響は今も続いている現実があります。

日本は終わっているというが、海外では終わっていないという。

推論として、多分ですよ、戦争の考察というか、綿密な計算もないし、政府も軍部も、ズルズルと戦争になっちゃったような?

そして思うようにならないから、当時の政権はたらい回しに代わって…………

せめてというか、英霊という名に祭り上げられてしまった。

だから、戦争は終わったというが、戦争は終わっていないのではないかと思ってしまう。

「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ」

「擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ、任重クシテ道遠キヲ念ヒ、總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ、道義ヲ篤クシ、志操ヲ鞏クシ、誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ、世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ」

「子ども達に語り伝え、日本という国に自信を持ち、重い責任であり道は遠いことでもあろうが、日本の未来に皆で協力して、志操をかたく、国のあるべき様をめざして、世界の進む方向に遅れ違わないようにと」語られた内容に、今沿っているのだろうか。

3月9日、深冬会四ケ町は冬木弁天で戦災殉難者慰霊法要を午後2時30分より厳修します。
趣旨に、その通りと思う方々がいたら、是非賛同して、参加してくださいましたら、四ヶ町の一人として嬉しく思います。
法要は30分ぐらいでしょうか。

慰霊法要ですが、不戦、非戦を後世に残す法要でもあると考えることはできないでしょうか。

そして地域の殉難者に対して語り継ぐこととしてです。

考えてみれば、どんな戦争も、大義はあるかもしれないが、結果としてただ積み上げたものを壊すだけのことです。

ただ命が散るだけです。

ただ無駄なエネルギーを捨てるだけです。

馬鹿馬鹿しいことに頭を費やすだけのことです。

ちっぽけな物語だけのことです。



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