陽岳寺のお施餓鬼は、今週の土曜日です。

2013/05/15 14:15
鴨長明は方丈記に、「崇徳院(しゅとくいん)の時代、山はくづれて河をうずめ、海は山となって、陸地を襲い、陸地はさけて泥水がわきいで、岩は割れて谷をうずめた。

都の建物は一つとして壊れなかったものはない。

塵や灰が立ちのぼりて」と、灰燼(かいじん)に帰したことが記されています。

そして暴風雨に飢饉と、多くの命が失われました。

足利幕府の時代より、京都の鴨川の桟敷では、地元の人々により河原施餓鬼が、五山の寺では幕府主催の五山施餓鬼がとりおこなわれました。

そして江戸では、本所回向院、千住小塚原で、明暦の大火、飢饉による死者を弔うため幕府によるお施餓鬼が執り行われたと記録されています。

各寺々も合わせてお施餓鬼を執り行っていたのでしょうが、一般に知れわたるには、各家々の方々が、お施餓鬼に参加するようになってです。

しかし今でも、九州のお寺は、普通の法事に、お施餓鬼をすると聞いています。

過去飢饉や戦争、大風や大雨、地震と津波、大火事と多くの有縁無縁の亡くなった方々の命の上に、今の私たちの命は頂いているという自覚が、先ずはその命を弔うことで、家族の命を偲ぶということだと思います。

陽岳寺のお施餓鬼は、年一回のお施餓鬼ですが、そのようにありたいと思うのです。

そして、いただいた命の、多くの人の悲しみを生きる力に転ずる事が、何よりの供養なのだから・・・



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