お施餓鬼が終わって

2013/05/19 10:17
お施餓鬼が終わり、片付けが終わらないうちに、副住職は、4時半前、お通夜に出かけていった。

多分、1時間前には代々幡の火葬場に着いているはずだ。

このお通夜は、6時半からの通夜にして頂いた。

翌日には、すでに法事が入っています。今日中に、明日の法事の準備をある程度しなければならない。

そして、今朝は、掃除に、ゴミの処理、お塔婆と、用事は多い。

副住職は、9時10分に寺を出て、葬儀に向かった。

1時間前には到着する。

遅れてはならないことだし、万が一、電車や交通事情などでも、遅れることはできないからだ。

一年に何回も、遺族より速く到着することがある。そうしたとき、一人祭壇に向かって見つめる時間を大切にしている。

副住職の嫁は、「どうして、そんなに早く出て行くのか、先行きに就いていけるか心配」という。

でも、お寺の勤めとは、実は、訃報を聞いたときから始まっている。

お施餓鬼は、終わったときから始まる。

当年度のお施餓鬼の内容と、過去の内容を比べながら、、翌年の内容を考え始める。

そして1年間という時間の、法事の内容が大きく変わっていることを考えると、そのまとめでもあるから。

だから、翌年の内容は、目前に迫ってこなければ、作ることができない。

それは、時代が少しずつ変化して、その時代に合わせているため。

しかも、普遍的な内容は、人が生きている時代の、その都度の時間の流れの中の、足元からにじみ出るから。

毎年のことだが、昨年と今年の内容は大きく変わっていた。

この一年の内容として、不思議なことだが出来上がる。自分の力では絶対に無理だ。

後押しして頂ける、お施餓鬼に参加して支えて頂いた方々あってのことだと、出来上がった内容につくづく思う。

その作業は、苦痛だが、出来上がってみると、嬉しい。

毎年のお施餓鬼は、和尚としての立ち位置を試している。



Comment Post

Name:
Subject:
Mail:
URL:

Pass:
Secret:管理者にだけ表示を許可する

Trackback

Trackback URL:
 Home