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定年

 春の彼岸に、団塊世代の定年が間近に迫ってというより、もうすでに、真っ盛りという思いを新たにしました。定年して何しているのですに、「読書と酒です」という人がいた。晴耕雨読は知っているが、酒かと!

 また、「もうじき定年でしょう?」と言うと、「来年です」と答が返ってくる。「どうするの?」と聞くと、「遊びます。もう嫌で嫌で」という。

 そういえば、私もこの4月で59歳になりますから、来年は定年の世代です。そんなことを考えると、身体が疲れて、午後になると眠くなってしまうから、不思議だ。自信がなくなってしまう。それでも何とか頑張らないといけない。

 お寺に住んでみると、どこの和尚も定年はなく、人生の終末の長さと同じだと気がつく。世に言われる自由業というカテゴリーに入っている人たちも定年はない。ものには寿命というものがあるが、その寿命と授かった役割が等しいのだ。考えてみると、誰が定年などという制度を作ってしまったのか、もったいない。

世に、リサイクルという言葉があるが、それは使命が終わったということではなく、再生して、次の使命として使おうということだ。人間自身の身体はリサイクルできないが、人生に定年がないように、知識や経験、生き方は、リサイクルできるはずだ。

今思うのだが、どうも制度として、定年制度があること自体が不自然な気がする。例の官僚の天下り制度(?)にしてもである。有能の仕事をする人は、それなりの報酬を得ればよいことだけのことではないか。それなりの報酬が個人の有能さと無縁に保たれていることが不自然な制度なのだ。ここにも制度破綻が起きているのだろうか?



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