落書きに

2013/11/09 15:26
今どんな気持ち?とフェイスブックは聞いてくる。それに対して「憤慨、何てことを!罰当たりとは言わないけれど、大馬鹿者の犯人を捜せ!」と。 平成25年11月9日(土)朝、落書きを発見した。 深川一丁目交差点は、事故が多く、何とか事故を減らせないかと、交差点に接する塀の壁は白く塗ることで交通事故は激減しているのです。 その壁を落書きするとは、自分のことしか頭が回らない、自分の中に戒めを持たないことを表現するものです。 最低とは言わないけれど、自分の中に、「嘘をついてはいけない、盗んではいけない、深酒に犯されるな、欲望の虜となるな、そして人を傷つけ殺してはいけない」という持戒を持ち続けることで、人は、人と人との暮らしの中に、自由を生きることが出来ると思っています。 そしてこの数少ない戒めを一つに集約すれば、『人が人として生きてゆくことの中で、自分に対して、いつも素直であり続けたい』と言うことが、この五つの戒めを網羅しているのではないかと思うようになりました。  これは、他人はこれに反することはあっても、自分は非難し、中傷し、貪らない、害しないという決意であり、これこそが人の行為の、自立への拠り所です。  拠り所の基本は、苦しみ、囚われを無くそうとする努力であり、言い換えれば、自由を欲する者こそ、自らを律するものを持たなければならないのでしょう。  戒めは、自由への讃歌とも言えるものです。人と人との縁起を慈愛に満ちて育てることが、自己を見つめ、考えることを、自己において強要します。戒とは、始めであり、拠り所であるともいえるのです。  人が社会で、理解できないことを学ぶことも、その行為も、そのことによって、社会・法則・ことわりの道を模索することとすれば、今、生きている場所や生きる方向を考える糧です。そこで、いつも自分に対して正直であり続けたいと思うことは、人の本心ではないでしょうか。  ですが、そうは思っても、現実はそのとおりには行かないものです。でも、「いつも正直であり続けたい」と、このことに関してなら、自分に優しく、厳しくと、人は悔い改めることができるはずだと思っています。 この落書きは、塗装店に依頼して消すことを依頼しました。 落書きをした本人へのお説教です。
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