汝を許すとか、敵を許すとか言葉があります。

若し許すという心の言葉があったとしたら、仏教では、自分に向かって発する言葉になるのでしょう。

壁は、私の心にあるのですから。

しかも、もともと心には、そんなざわめきはあるはずがなく、対象とかかわって自分が創り上げたものです。

憎む、護るも、責めるも、対象にかかわって自分が創り上げたものです。

この現実にどう、対象とかかわって生きるか、他者をいたわり生きるか、それを考えましょう。
2014.06.22 Sun l つぶやき l コメント (0) トラックバック (0) l top

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