35年ぐらい経ったかな

2015/04/05 13:51
 振り返って見れば、住職になって35年ぐらいたつのではないか……

 副住職が3年半の雲水修行から帰ってきて、ようやく陽岳寺慣れたと思っていたら、今や、副住職の自覚のエンジンが、より回転した様子に、嬉しくもあり、あぶなっかしくもあり、たのもしくなってきた感もするのです。
 
 昨夜も、浅草のどこかに行き、座禅会用の座布を40ヶぐらいか持って出かけ、夜10時過ぎても帰ってこないのです。
 会場は、喫茶店だったり、神社だったり、会社だったり、請われればどこでも……というのか、どうも地域起こしのようなことまで。

 あるいは、本堂に若い人を中心に、ボランティア60人から70人集めて、5月増上寺の仏教フェステイバル「向源」のイベント説明会をするというし。

 私には考えられないのですが、お茶会、ヨガ、親子との対話集会、パソコンやテレビゲームではなく仏教をテーマにしたカードゲーム制作などなど。

 宗派や宗教を越えてのつながりというか、そういう時代に入っているということなのでしょうし、それに気がついたのでしょう。 

 宗派的に言えば、副住職は「転じられた自己が、転じるようになって」、最近は陽岳寺という枠の中のことより、外に出て活き活きとしていることが多いのです。あるいは、「随処に主となる」とも言えるかも知れない。

  実際には、随所に主となりは、副となり使い走りになり徒労となり友となり聞き役となり話してになりで、感情から言えば、意気が上がったり下がったり、自分を叱ったり、人の寂しさや苦しみに同化したりです。

 でも考えてみれば、自分を活かせる」時間を持てたことは、子供もいてお年寄りもいて、困った人もその困った人に自分の時間やお金を与えることができる人もいて、差別に喘いでいる人や様々な場所に、様々な基盤がある都会に自分を活かせられているともいえます。

 そんな彼を見ながら、何故か私は、ますます忙しくなって、もうメチャクチャ、一つの身体で、一つの頭で、幾通りの役回りとなっているのです。

 私が、住職となってしばらくだったと思います。親しいお婆さんから法事を依頼されたときです。
 そのお婆さんの放った言葉は、今でも私の心に突き刺さっています。

 「和尚さん、お経はサワリだけにしてくださいね!」と、「何分ぐらいですか?」と、「短ければ短いほどがよい」と。

 確かに、今の読経では、伝わらないし、心に響かない。
 せめて大勢で大きな声で、あるいは音楽のようにかなでるものなら印象が違うかも知れない。

 そんな何坪もない末寺の私に、答えてくれるところなどあるわけがない。

 そう知って、何とかしなければと35年がたち、どうにか、日本語ですべての法要ができるようになってきました。やすらぎや喜びを感じられ、シクシクと涙を流し、人に人生の受用と活きる力を法要で伝えられるようになったということです。場所も道具も、その時その場で、施主に合った法要をです……

 ただ言葉というのはお経と違って、語り手の心というのか、見方というのか、思いというのか、考え方というのか、意志が反映されます。これは言語の持つ特色だから仕方がないのですが、怖さもあります。



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