無影樹下(むようじゅか)の合同船(ごうどうせん)

2016/01/29 14:53
一休禅師の歌に、「世の中は乗合船の仮住まい、よしあしともに名所旧跡」とあります。

普段の生活で仮住まいという発想は現代人にとって持つことを意識するだろうか?

江戸という街は、しばしば大きな火事があり、長屋に住む庶民は、風向きを気にして、火の見やぐらの早鐘がなると、着の身着のまま、他に持てるだけの荷物をぶら下げて逃げたという。

大八車など庶民が持っているはずもなく、身一つ、リュックサックもなく、持てるものはそう多くなかったはずです。大店(おおだな)の商人だけが藏を所有していた。

そんな時代に生きた庶民の暮らしは、なんと身軽だったものか。きっと価値観も生き方も大きく今とは違っていたことでしょう。どうせ燃えてしまうモノばかりなら、人と人との繋がりによって生きる意味を見いださなければ、生きて行けなかった時代だからです。

長屋の文化から見えてくる仮住まいは、自然と生きるということも仮住まいだったのかも知れない。だから命の (い)かしかたを大切に思っていたとも言えるのではないか。

江戸の時代よりさかのぼった一休禅師の時代には、今の時代から見れば、庶民の暮らしは、もっと恵まれていなかったのでしょう。

仮住まいとしてしか生きる方法のない人間にとって、名所旧跡とは、乗合船の中での一日一日の出来事、心の思いも、生活変化も、人と人との繋がりにしても、くずれゆくもの変わりゆくものとして、身体に染みついていたとも考えられます。

そして乗合船を、江戸市中や地域、長屋、それに今・ここという私と考えてみれば、なんと溌剌として力強く生きる江戸庶民の一人一人が浮かび上がってきます。良し悪し共に今生きている私の自覚なのでしょう。そんな江戸っ子の精神の至たところが粋(いき)なのでしょうが、粋とは、欠けるところがない、まじりけがない、だからまったし(完全)なのですが、お腹(なか)の中にまた心カラッポという意味なのでしょう。

うわさ話が大好きで、おっちょこちょいで、突っ走ったり転んだり、それでいてケロッとして名所旧跡の心・お腹カラッポの中だからこそ、人情にあつく、事情に通じ動作が自然にそなわっているという仮住まいの精神と考えられないでしょうか。

こんなことを書くと江戸時代の話しだ、関係ないと思うかも知れない。禅は哲学的など不可解だと思われがちですが、人間の行為に落としこんでみれば難しいことはないのです。

「他人の心配ばかりせずに、自分のことをもっと考えろ」と、昔言われたことがありましたが、自分の心配はせずに他人の心配ができることに、こんな幸せなことはない。

いろいろな人が集まって、みんなでワイワイ、イベントやボランティア、ワークショップ、勉強したり習い事など、創ってみたりこわしたり、食べたり飲んだり、そして後を引かない。 自分の心配は次から次へと止めどなくつながって限りがない。

その点、「あんなに苦労しているのに、あんな目にあったのに、あんなひどい仕打ちを受けたのに、あの人と接していると、なぜか元気になる。一生懸命に生きる姿と、笑顔に、自分がなぜか救われる」。こんな人に出合ったことはないだろうか。

無影樹(むようじゅ)下(か)とは、禅の語録にある言葉です。夏の真っ盛り、熱いと思うのは、我々の思いで、木々にはそんな思いはない。太陽が大空の真上に上がってみれば、影がない。その影を人間の思いや悩みなど(現象)と見て、その影がないことを象徴として、無我とか無心、あるいは自己の本来の姿と無影樹下と表現したものです。

 カショウ菩薩がお釈迦樣に言いました。「夜、真っ暗になってみると樹木に、その影はない」。
お釈迦樣は言いました。「おまえよ、暗やみとなって樹木に影がないというのではない。それは、私たちの眼で見えるものではない。
よいかな皆よ、如来もまた同じだ。
その性質とか有り様は、常に有ると思って、これは変わらないものであると、思っている。
智慧の眼がなければ、見ることが難しいものだ。闇のなかで、樹木の影を見ざるように」と。(『大涅槃経』巻三、長寿品)<

あんなに苦労したのに苦労と思っていない。あんな目にあったのに後が見えない。あんなひどいキズを負ったのに、キズがない。

無心は本来の自分の心だから、その心に跡を残すことはない。本来自我はない。

影は現象、日があって影があるが、その現象はやがては消えるし、本来は誰もが無影樹だ。無影樹とは自己、私だ。

平成27年の暮れ、いよいよ陽岳寺に新たな合同船でもある合同供養塔が建造されました。

この船の船主は、久遠の世界から地上に現れるという弥勒菩薩と、脇をかためる日光菩薩と月光菩薩を迎えて水先案内人としました。

世界は広いと思っていたら、今は何と狭く感じる。狭くなればなるほど生きづらく、衝突も多い。この合同船に乗り合わせる人たちの心は、もはや私はない。無限大から極小まで、水先案内たちとともに旅に出るのだ。

人の意識の向かう対象に心がある。亡くなった人の心は分からないものの、でもその心は家族の思う心そのもの。

そこに、親しいものの姿が、心があるという今の残された人の事実こそ、今の自分を成り立たせていることを考えるのです。

無影樹下の合同船でもある合同供養塔内に受け入れる場所には、数に限りがあります。



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