父親

2016/03/01 15:26
親のことなど普段は考えたりしないものの、突如として考えなければならないことに遭遇するときがあります。独立、結婚、親の突然の死と。

それだけではなく、子供にとっては、成長の過程に親を思い描いて必要とする、その都度その都度その場所で、親のイメージを意識して、浮かんでは消えてと繰り返しているものです。

私にとっても、親は、もう亡くなってはいるものの、自分の成長の過程に今も生きているといえます。

ただ私の意識は、懐かしく両親をいたわり慈しみ、思い描く母の姿父の姿に、あのときの私と両親とのかかわった記憶に今も生きています。

あたりまえと思えば、当たり前なのですが、子供にとって親の居場所は、その時その場所によって大きく変わり、事実が意味となることで、全く変わってしまうのです。

もうじき、私の年令も両親が他界した年令に追いつくかもしれません。

結局、私がその時になってみなければ分からないことですが、世界や環境の変化において生きる人間にとっては、どんなことがあっても「私を産んで育ててくれた。生かしてくれた」、有り難うの気持ちだけは忘れてはならないことと戒めています。

どんなことがあってもです。

親の法事は、子供の務めですし、ひるがえって子供のためなのです。そのとき幸福であっても不孝であってもです。

さて、親は、子供の胸の内はよく分からないものと、はっきりと言います。それは自分のことも知りようがないと感づいているからです。

親という意識の中には、自分・親が死ぬまで子供という存在を、所有しているという観念が隠されていることに、なかなか気づかないのです。

成長期の子供は、「自分のことを分かって欲しい」と思うものであり、親は「お前のためを想って、考えているから」と伝えるものです。

しかも親を意識しなければ、「ほっといて欲しいし、自由にさせて欲しい」と、無視することもあるでしょう。

そんな家庭では、何となくそれが分かっている場所なのでしょう。

「お前のことは誰よりも分かっている。なぜならお前は、俺の子供だからだ」と。ところが、子供が痛いと怪我をすれば、悲しめば、親は自分(親)を忘れて子供の痛み、悲しみとなれる存在なのです。

これは親の居場所の特権です。

ところが親はそんな存在であることをわからないものです。

そのことに気づけば親の中で、親という居場所なくなるのに、親のカラを飛び出して、子供含んで自分の存在はあるという、子供の行為すべてが実は親自身の姿であるのに、それを理想としたり、願いとしたり、親という居場所が持つ所有という意味がでてきます。

親にとって、子供は無二、二つと無い存在です。ただそれだけ。

なぜなら子供とは親の根拠だからです。しかも親の根拠は、親にないところに親は居るのです。

幾度となく、親の葬儀の導師を勤め、子ども達から幾度も聞いた「頑固だった」という言葉の多さに気づきました。

そう、「頑固さ」とは家庭の中の父親の居場所のような気がします。

死は、存在の仕方が変わることですが、どのみち存在の仕方が変わるなら、変わる前に、頑固さという居場所の正体を明らめてもよいのでは。

家庭って、本当はみな違う意見を持っているのに、その違いをそれぞれが容認している場所でもあるようです。

その特色は、違いが分かっていてもその違いを攻撃したり非難したりしない場所として、有ってないような、無いようでいて有る、矛盾した場所のような気もするのです。

だから家族のコミュニケーションも、無いようであって、有るようでない。家族それぞれ別々の方向に向かう起点なのか、これも矛盾している場所。落ち着くと言えば落ち着くし、ひょっとして渾沌とした場所なのでしょう。

「親の頑固さ」、それが親という現実の居場所から親という意味を発信する電波源のようです。子供は独立すれば、それぞれの家庭を持って、夫になり妻になり、子供ができれば親となります。そして子供の独立した、新しい家庭という居場所が中心となってみれば、今までの親からの居場所から離れてゆきます。ところが、親の居場所には、子供の痕跡がすでに消えかかっているにもかかわらず、今もあり続けるのです。

生きる人間の根拠は、仕事や才能、名誉に趣味、年令や体力、病気や様々な欲や思いによります。年を取って醜いのは、現実は年とは関係なく、他人を、また他の機能する組織をおとしめたり、非難したり、疎外することによって自己評価を高くしようと本能的にする性質を持っているものです。

自分が可愛いと。思わせている自分は、誰でしょうか。

これも存在の根拠のようです。たいしたことはないのに、思い込みだから、見せかけでも価値あるもの意味あるものと、思わせているのはだれでしょうか。

世間ですか、生きるすべですか、全部自分です。

ところがその自分の深いところから、そんなものは無いに等しいのですが、一瞬一瞬と反応し、発信する意識のたわむれ、現象に面と向かう私という者は誰という問いかけ、その行為こそが仏教であり、臨済の教えとしての人間に課せられた問題でした。

子供から見れば、父親とは、先に進み歩む父の歩いてきた事実こそが、大切なことです。

それは、現実という移りかわる世界に、身を置いて次々と揺り動く父親の姿は、確かな存在ではなく、本来は、現実を切り開いて進む困難に、苦悩する顔を持つはずです。

その確かな存在ではない父親を、確かな存在とするために、どうしても、父親のつくる背中が必要なのだとも考えてみました。顔はないと。

仕事に追われて、土日も働いている姿は、家庭にての姿は、子どもにとって、父親の記憶とは、母親と違って不確かなものです。

家庭を支えるという意味では、父の姿は見えにくく、家庭がそこに在るという事実こそ父を表現するものです。家庭にとっては見えにくいのが現実です。

考えてみれば、妻や子ども達から働かされて働いていたという認識は、いつしか会社でも動かされて動き、動いて動かされる、そこには喜びも生き甲斐いという意味が生じます。

活かされて活きるも、活きながら活かされるも、動かされて動くも同じ内容です。

赤ちゃん誕生から祝福され教えられて歩かされていたと思っていたら、いつしか自分が歩いていたという意味になります。

その自分の歩みは、自己以外の他者によって歩かされて歩く。

俺が家族を養っていたと思っていたら、いつの間にか、俺が家族から妻から養われていたという気づきです。

養うことは自分自身を養う意味となり、家族に広がります。そして広がっていたと思っていたら、自分に広がって返ってくるわけです。



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