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鎌倉の円覚寺に弓の道場を開いた、須原耕雲和尚は、「どうすれば心に響く弓を射ることができるだろうか」と問い続けた人です。

心に響く弓を射ることの答は、弓引き力のみなもと、丹田を知ること。その丹田の実態は、謙虚さであり、すなおな真心であり、力のいれ所とか、ツボの急所は枝葉(えだは)のことであると記されておりました。

 その和尚は、それ以来、眉間にある上と丹田に、謙虚な、すなおな真心をはめ込んで、稽古をしたと言います。

 「なんの的でも、その的に、願いを込め、祈りを込めて成りきったときに、響きが生まれ、響き合うのです。これを残る心と書いて、残心と言うそうです。祈りを込めてザルで水を汲むという努力を、平気でやれる時が訪れたとき、歳月が重なって丸くなり、おもしろくて、ありがたく、もったいなく、自分が的になってしまいますと言いました。」

 弓道の向こうにあるものは、自己の心の鍛錬であり、平時においての、謙虚さや、素直さという心の、自己実現だったのでしょうか。

道と言うものは、どんな道でも、人の帰するところとなり、安らぎなのでしょうか。揺らぐことのない落ち着きでしょうか。



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