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碧巌録の第三則は、馬祖大師は唐の貞元4年2月4日にお亡くなりになられたのですが、この問答はその前日、2月3日のことであります。

役位の僧から、馬祖大師にご様態をうかがったときの話です。どんな病気だったのか記されていませんが、翌日に亡くなったことから、思わしくない状態だったのでしょうか?

役位は「いかがですか?」と、動揺し、心配して語りかけたのでしょうか。

馬祖大師は、それに対して「日面仏、月面仏」と答えたというのです。

禅宗では古来からの読み方は「にちめんぶつ、がちめんぶつ」とお読みするのですが、どうしてなのかはわかりません。

日面仏は、寿命一千八百歳の仏様で、月面仏の寿命は丸一日の仏様というのです。

もっとも日面仏は、何やら漢字から太陽を連想させると、何十億年何百億年となって、人の一生とはかけ離れています。

が、その太陽と同時に、一瞬を活きているとすれば、太陽と共にでしょうか、寿命は?

余命は、今だったら、医師より予告を告げられるのですが、今も、確かなことなどわからないのです、推測だけです。

しかも、自分の死については、経験したことがないので誰もわからない。見取った人のみが、寿命を計算できる。

「日面仏、月面仏」に説明をするのは、いらないかもしれません。

理屈から言えば、時は、今から今です。今しかないとも、今という無限に生きていれば、そんな長短はないわけです。そこに引っかかっては、長短にしばられる。

またこうも言えます。時は今から今ですので、一瞬という今に死に、今に生き返る。現実には、そこまで徹して生きることは難しいでしょうが、寿命を長短で計ったり、意味の大小で決めることはできないはずです。

「日面仏、月面仏」は、「今日かも知れない、明日かも知れない」と。「日々是れ好日」もよいでしょうし、「日々新た」でもよいのです。

毎日毎日、一瞬一瞬経験をしたこともない日が、一瞬が誕生しているわけですからね。

命は、捨てるのでもない、執るのでもない、細かいもなく荒っぽいもない。馬祖大師は、調子がよいときも、悪いときも、それはそれで生きている活動の真っ只中です。

「病の時は病になりきるがよろしく。死ぬる時は死ぬるばかりです」と、ただ今を生きるだけです。

馬祖大師は、この日面仏月面仏の境地を手に入れるのに、二十年の辛苦をしたという。

こうした心境とは、新たな不安におおわれるけれども不安ではない。恐くもない。

その実例の歌が、「捨て果てて身はなきものと思えども、雪の降る夜は寒くこそあれ」と。寒いけれども寒くないのだ。実地にわからないとわからない。

「我がものと思えば軽し傘の雪」、この傘につもる雪の重みに腕はきしむけれども、自己自身の身と思えば重くはない。

こんな体験に気づいてみると、馬祖大師の不安もまた、今の自己を現すものであり、その自己に良しとなるのでしょう。

だから、「日面仏、月面仏」と響いてきます。

馬祖大師の臨終に対し、「知るものは泣き、知らないものは泣かない」という。

普段から思うことは、昆虫も魚も獣達も、その環境によって合わせて生きているのに、人間だけがどうして、ひとり生きようとするのか。

生命力とは、何なのだろうか?

ただ冷暖自知するのみで、すごい人だと。
2017.11.05 Sun l l top