何てこった! 昨日、8枚つづりの遺言のような手紙が舞い込んだ。

8日付の消印に、7日投函したことがわかる。

祟ってやるとの文面に、元宮司としては、何を神官として祈っていたのか?

諏訪神社に御柱を見て考えたことは、数年に一回あの御柱を神社に突き刺す祭礼により、荒ぶる祭神は、鎮守の森から外に出ることはないから、世は平安に保たれることです。

宮に祀られるお祭神は祀られることで神々となるが、神社のプログラムは、お祭りをすることで鎮まる。

氏子が祭礼に参加することは、そのプログラムを実行することだと。

町会の多くの行事も、氏子にとってはお祭りと一貫となっている。

和やかに過ごすことが、お祭神にとっては、鎮まりの起因と考えれば、祭神が怒りとなるためには、氏子がバラバラで荒ぶることは、神々が怒ることだからだ。

神社に祀られる神々の多くは、軍神もすさぶる神々ですが、でも氏子が無事に過ごすことが何よりも安らぎのはずです。

世が平和なれば、神々も喜びということです。

ついでに地獄に落ちるとは、神様の世界では地獄はないですよね!黄泉の国はあるけれどね!

地獄を語る人は、自分の心が地獄に落ちていることを語っていることではないでしょうか。

だから地獄でない世界を我々は生きなければならないのです!
2017.12.10 Sun l うつつ l top