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思い出そうとすれば、最近なのだろうなあ?

カラダと記憶に対して、意識が戸惑っている感覚がある。

老いというよりは、耄碌しだしたカラダと、記憶を呼び出そうとする意識とのズレだ。幸に、パソコン内にかなりのデーターがあり、今でも蓄積中なのだ。

何を言いたいのかというと、人間の季節感としては、これが老いというものなのか?と感じさせる意識だ。

背中が痒くなったと感じれば、それが冬だった。春の食べものが苦いとかエグイと感じれば、春だったのだ。

湿度がカラッとして、陽の光が温かく感じてウキウキ感じれば初夏だった。

それが、最近は、昼食をすぎると、やたら眠くなって、隣をうかがえば妻もウトウト、二人してウトウトだ。

でも良いこともある。

朝は今頃なら、5時にはパッチリと目が覚める。そこから掃除に小一時間、朝のお経は以前だったら、30分から40分だったものが、1時間とか1時間半はへっちゃらだ。
最近は、和訳した金剛経や心経、他には信心銘、宝鏡三昧、証道歌、参同契なども読み始めて、声だけは衰えるというより、腹式呼吸で太いハッキリとした音声がでるから不思議だ。

さらに昔読んだ、西田幾多郎の善の研究や場所的論理と宗教などが、ようやくわかってきたような気がするのだ。

何が何だか、なあ?
2018.06.04 Mon l つぶやき l コメント (0) トラックバック (0) l top

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